これまでの知見から見えてきた対応策 がん治療中のコロナ感染症
日本で初めて新型コロナウイルス(COVID-19)が確認されて、もうすぐ2年。今なお世界中を震撼し続けるコロナウイルスは、増殖の過程で変異を繰り返し、各国でデルタ株が猛威を振るっている。
まだまだわからないことの多いウイルス。しかし、医療者を含め、誰もが全くの手探りだった2020年当初に比べると、少しずつわかってきたこともある。その中でも、とくに、がん治療中の患者さんが知っておきたい新型コロナウイルスに関する知識と最新知見について、順天堂大学大学院腫瘍内科教授の加藤俊介さんに話を聞いた。
感染予防には、やはりマスク!
この2年弱、多くの人が新型コロナウイルス(COVID-19)感染に脅威を感じ、できる限りの対策を講じながら過ごしてきた。
今夏(2021年)、日本で猛威を振るったデルタ株は、飛沫感染だけでなく、空気中を漂うエアロゾル感染も引き起こすと報じられ、重症化率が高いとされる基礎疾患を持つ方々は、さらに不安に駆られただろう。がん患者さんも例外ではない。
一方、ウイルスの出現から2年近くの時を経て、当初は何もわからず手探りだった状況に、少しずつ変化が見えている。
「コロナ禍でがん治療を受けるとき、どのようなことを知っておいたらよいかなど、少しずつわかってきていることもあります」と順天堂大学大学院腫瘍内科教授の加藤俊介さんは話す。
まず、がん患者であることで、新型コロナウイルスに感染しやすくなるかというと、そんなことはないようだ。
「基礎疾患のない若い人でも予防対策をしっかりしなければ感染します。がんを持っているからといって、ことさらに感染しやすいわけではなく、しっかり対策していれば大差はないと思われます」
もちろん、感染しないに越したことはない。ただ、がんだからといって感染リスクが格段に上がるわけでなく、誰もが感染リスクを持っていると考えて、正しい対策を講じることが重要。では、何が効果的な感染予防策なのだろうか。
「現状では、やはりマスクだと思います。不織布マスクを隙間なくしっかりつけること。逆に言えば、人と相対している状況でマスクを外すことは、たとえ短い時間であってもウイルスを吸い込むリスクが高いと考えたほうがいいでしょう」
血液がんの重症化リスク
重症化については、まず心血管疾患、糖尿病、高血圧などの基礎疾患を持つ人は、持たない人に比べて、コロナ感染した場合の重症化率が高いことがわかっている。がんも基礎疾患の1つと位置付けられるが、実は、心血管疾患や糖尿病ほど重症化率は高くない(図1)。
ただし、「同じがんでも、固形がんか、造血器腫瘍(血液がん)かで話が多少違っているようです」と加藤さんは指摘する。
「血液がんは、免疫を司っている血液細胞そのものががん化しているので、その時点で正常な免疫細胞が減っています。ですから、血液がんに関してだけは、コロナ感染による重症化リスクを少し上げていると捉えたほうがよいでしょう。さらに、治療中は抗がん薬を投与して白血球を叩き、骨髄機能を抑えるので、さらにリスクが高まる可能性があります」
血液がんでは、抗がん薬治療を行うことで、がん化した白血球はもちろん、残っている少ない正常な白血球も叩いてしまうため、免疫力が下がってしまうのだ。とはいえ、治療の内容によって骨髄抑制の程度は変化するので、リスクは一様ではないそうだ。
早期がんが1つあるだけならリスクは上がらない
では、固形がんについてはどうだろうか?
固形がんといっても、例えば早期がんが1つあるだけなのか、進行がんで複数の転移を起こしているのかなど、個々のケースによって違いがある。
「一般に早期がんと進行がんでは、重症化リスクは異なることが報告されています」と加藤さん。固形がんで重症化リスクが高くなるのは、ステージが進んでいる場合だという。
「ステージが進んであちこちに転移を起こす段階になると、臓器機能が落ちて体力そのものも低下しています。そうなると、いったん感染するとそれに対応する体力がなくて重症化しやすくなります」
治療法によって重症化リスクに違いは?
がん治療にはさまざまな治療法があるが、受けている治療法によってコロナ感染症の重症化に違いは出るのだろうか?
「2020年6月に、がん治療中に新型コロナウイルスに感染した800人の患者さんの追跡データがイギリスで報告されました。それによると、化学療法、ホルモン療法、分子標的薬治療、免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法、放射線治療を受けていたいずれの患者さんも、死亡リスクに差異はなかったという結果でした」(図2)
細胞障害性抗がん薬を投与する化学療法は白血球を叩いて減らしてしまうため、重症化リスクを高めると思いがちだ。だからこの報告を聞くと、化学療法と同等に他の治療法も重症化リスクを高めてしまうということか……と捉えそうになる。ところが、どうやらそれが勘違いのようだ。
「抗がん薬投与をしていたからといって、ことさらに重症化リスクが上がったかというと、そうではなかったのです。もっと言うと、化学療法も他の治療法も、治療をしていない人に比べて重症化リスクが高まったという結果には至りませんでした。この結果には、私たち医療者も正直、少し驚いたのです」と語った上で、加藤さんは「ただ、これはあくまでも統計データ上の結果です」と付け加えた。
抗がん薬投与をする患者さんはそれぞれ、がん以外にもさまざまな因子を持っている。そもそも、がん患者さんには高齢者が多く、中には高血圧や糖尿病を合併している方も少なくない。また、小さいがんで手術のみの患者さんもいれば、複数転移して薬物療法中の人もいる。そうしたがん患者さんをすべて一括りにした大きな統計データ上では、「抗がん薬投与による化学療法が、他の治療法よりも重症化リスクを高める結果にはならなかった」ということだ。しかも、いずれの治療を行っていても、治療を行わないより重症化しやすくなるとの結果も出なかった、というわけだ。
この結果から言えることは、「がん治療を行ったからといって、ことさらに重症化リスクが上がるわけではない」ということ。さらに、いずれのがん治療を受けても、新型コロナ感染症の重症化リスクにさして差異はない、ということだ。
重要なのは患者さんそれぞれのリスク因子
それを踏まえた上で大切なのは、やはり患者さんそれぞれの状態とリスク因子だろう。
高齢者であること、高血圧、糖尿病といった他の基礎疾患を持っていること、複数転移の進行がんであることは、どれも重症化リスクの因子。がん治療を受けるか受けないかではなく、さらにはどの治療を受けるかでもなく、そうしたリスク因子を持っていることが重症化リスクを高めると考えたほうがよさそうだ。
ただ、化学療法も重症化リスクにさほど影響しないと述べたところではあるが、これには少し追加しなければならないことがある。
「一口に抗がん薬治療といっても、白血球を強く叩く抗がん薬もあれば、白血球にはさほど影響しない抗がん薬もあります。それらを一括りに〝抗がん薬治療〟とまとめてしまうのも実は無理があるのです。白血球をゼロにするほど強く叩く抗がん薬治療をしたら、それはやはり重症化リスクを高めます」
それが前述の血液がんに対する抗がん薬治療ということだ。悪性リンパ腫や白血病の化学療法は、大量の抗がん薬を併用して白血球を根こそぎ叩く。それが目的の治療なので、これに関してはやはり重症化リスクに影響することは頭に置いておこう。
化学療法を受けたら、どの時期をとくに気をつけるか
さらに化学療法については、「細胞障害性抗がん薬を投与すると一般的には2週間後ぐらいに最も白血球が減って骨髄抑制が起きるのだが、そのタイミングでの新型コロナ感染症による死亡リスクが高まった」とする報告が、2020年に中国から出されたとのこと。
「2020年の早い時期のデータなので調査対象人数も多くなく、信頼性がどれほどかは定かではありませんが、理論的には理にかなう結果だと思います」と加藤さん。この結果を踏まえるならば、骨髄抑制が最も強く出る抗がん薬投与後2週間後あたりは、とくに感染リスクを高める行動は控えるなど、計画的な対策をとることもできそうだ。
「骨髄抑制が強く出るタイミングについても、薬剤によって多少違いがあるので、化学療法を受けるときは、その抗がん薬の骨髄抑制が最大になるタイミングについても主治医にあらかじめ確認しておくとよいと思います」