赤星たみこの「がんの授業」

【第三十時限目】がんと迷信 間違いだらけのがん常識。正しい知識と認識を持つことが大切

監修●吉田和彦 東京慈恵会医科大学附属青戸病院副院長
構成●吉田燿子
発行:2006年5月
更新:2019年7月

  

赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト

1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。

最近はインターネットで手軽に情報が入手できることもあって、がんに対する正しい知識がかなり普及してきました。とはいうものの、がんにまつわる迷信にはいまだに根強いものがあります。

昔と比べると情報が普及したといっても、がんに対する不安や恐怖はなかなか消えない。不安は偏見を生み、迷信がはびこる温床となってしまうのです。

知人からこんな話を聞いたことがあります。家族の方が乳がんの手術を受けることになり、彼女は乳がんについて熱心に勉強したそうです。ところが、治療が終わった患者さんが帰宅して入浴し、その後にお風呂に入る段になって、一瞬「移らないよね?」という考えが彼女の脳裏をよぎったそうです。次の瞬間、「乳がんが移るなんて、そんなこと、あるわけないじゃーん!」とあわてて打ち消したそうですが……。

ひょっとすると、これって日本人の清潔意識のなせる技かもしれませんね。どんなに知識を集めても、だれしも多かれ少なかれ偏見ってあるもの。でも、その迷信が患者さんと周囲の人を遠ざけてしまうとしたら、これは問題です。その意味でも、がんという病気をきちんと理解することが大切だという気がするのです。

では、世間にはがんにまつわるどんな迷信が生き残っているのでしょうか? 今回は「がんと迷信」について考えてみたいと思います。

がんになると痩せる?

私が子宮がんの手術で卵巣を切除した後、更年期障害が出てブクブク太ってしまったことがあります。一念発起して食餌療法で痩せたのですが、すっきりと痩せた私を見て、皆「すわ、再発か!?」と思ったみたいなんですね。私の家へ取材に来た人たちが、そろいもそろって帰りがけに「赤星さん、お痩せになったようですが……」と暗い顔で夫にたずねるんですって。その言葉の陰には「再発ですか?」という疑問がついているんですよね。「がん=痩せる」というイメージってずいぶん根強いものだなあ、と実感しましたね。

私自身は、「がんで痩せるというのは迷信だ!」というのが持論でした。胃がんなどで胃を切除すれば少量しか食べられなくなるから、痩せることもあるでしょう。また、抗がん剤で吐き気に襲われ、食べられなくなることもあるかもしれない。でも、それはあくまで「食べられないから痩せる」のであって、がん細胞が栄養を搾取するわけではない……そう考えていたのです。

ところが専門医の先生にお聞きしたところ、必ずしもそうではないらしいのですね。

がんが進行すると、がん細胞は増殖するために栄養と酸素を必要とします。まずは食べたものから栄養分を横取りし、それでも足りなければ体内の組織から脂肪やタンパク質を搾取してしまいます。その結果、栄養失調が起こって大変に痩せてしまうケースがあるのですね。これを「悪液質」といいます。

とはいうものの、すべてのがんに悪液質が起こるわけではありません。たとえば食道がんでは悪液質が起こる可能性が高く、栄養をチューブなどで補給しても痩せることが多いそうです。ところが、乳がんや大腸がんでは悪液質が起こる割合は比較的少ない。

このように、がんで痩せる度合いはがん種によってもちがうし、個人差も大きいのが実態だといえます。

神経を使うと胃がんになる

よく「神経を酷使してストレスが溜まると胃がんになる」という話を聞きます。これって実際どうなのでしょうか?

たしかに「ストレスと発がんにはなんらかの関係がある」といわれていますが、ハッキリしたエビデンス(科学的根拠)はないのが実情です。

「でも、ストレスが溜まると免疫力が下がるっていうじゃない? がんと闘う力が弱るから、やっぱりがんになりやすいんじゃないの?」

うーん、それはたしかにそうなのですが……。ストレスがどのように遺伝子の突然変異を引き起こすのかは、よくわかっていないのです。ストレスが大きな原因だとすれば、戦争で生きるか死ぬかの恐怖にさらされた兵士などは皆がん患者になりそうなもの。でも、最前線の兵士に高い確率でがんが発症しているかといえば、そういうデータはないんだそうです。

「でも、神経を使うと胃がキューンと痛むけど?」

それそれ、そこが誤解しやすいところ。ストレスが胃炎や胃潰瘍を引き起こすことはあっても、それが即、胃がんにつながるわけではない。今は胃潰瘍と胃がんの因果関係は否定されているそうです。

もっとも、ハッキリしたエビデンスがないからといって、ストレスと発がんが無関係とはいえない。免疫力を高めるためにも、日頃からストレスをためないように心がけたいものです。

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