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一生薬を飲み続けなくてもいい時代が来るかもしれない!?
完全治癒を目指して慢性骨髄性白血病の最新治療

監修:永井 正 自治医科大学内科学講座血液学部門准教授
取材・文:町口 充
発行:2011年5月
更新:2013年4月

  

永井正さん
自治医科大学
内科学講座血液学部門 准教授の
永井正さん

分子標的薬グリベックの登場で治療成績が劇的によくなった慢性骨髄性白血病。
最近では、スプリセル、タシグナといった新しい薬剤が出てきて、完全治癒を目指すことが新たな目標になっています。

グリベックの登場で一変

[慢性骨髄性白血病とは?]
図:慢性骨髄性白血病とは?

永井 正:白血病・悪性リンパ腫がわかる本(法研)より

血液が作られる骨髄の中で、血液細胞の元になる造血幹細胞が腫瘍化して、異常な血液細胞が作られるようになるのが慢性骨髄性白血病です。この病気の治療を大きく変えたのが、2001年から日本で使えるようになった分子標的薬のグリベック()。自治医科大学内科学講座血液学部門准教授の永井正さんはこう語ります。

「私が血液内科に入ったころは、慢性骨髄性白血病は"死"を意識せざるをえない病気でした。それがグリベックのおかげで、文字通り慢性の病気、すなわち"亡くならない病気"に変わっています」

慢性骨髄性白血病は慢性期、移行期、急性期に分けられます。多くは慢性期で見つかりますが、何も治療しないでいると3~5年の慢性期のあと、移行期(6~9カ月)を経て、急性転化といって急性期に進展します。急性期になると治療成績は極めて悪くなります。

したがって、何とか急性期にならないように、慢性期の段階で食い止めるのが重要。そこに効果を発揮しているのがグリベックです。

グリベック=一般名イマチニブ

グリベックが働く仕組み

[イマチニブが働く仕組み]

図:イマチニブが働く仕組み

ATPがBCR/ABLタンパクのポケットに入ると、基質タンパクが活性化され、慢性骨髄性白血病細胞の増殖シグナルをどんどん出すようになり、細胞は増え続けることになる。イマチニブは、先回りしてBCR/ABLタンパクのポケットに入って結合し、ATPが入るのを邪魔して増殖シグナルを送れなくする

なぜグリベックが有効か。慢性骨髄性白血病のメカニズムを知れば理解できます。

人間には1~22番の常染色体が各2本ずつ(計44本)と2本の性染色体が存在しています。このうち9番染色体と22番染色体が途中で切断され、それぞれ相手方の染色体と結合してフィラデルフィア染色体という特殊な染色体が作られます。この結果、新たに形成されるBCR/ABLと呼ばれる融合遺伝子が慢性骨髄性白血病の原因であることがわかっています。しかし、フィラデルフィア染色体が作られる原因は不明です。

BCR/ABL遺伝子ができると細胞の中にBCR/ABLタンパクが作られます。このタンパクには2つのポケットがあり、1つのポケットにはATPというエネルギーの元になる物質が、もう1つのポケットには基質タンパクと呼ばれるものがそれぞれ入り込んで結合します。

ATPがポケットに入ると、基質タンパクが活性化され、慢性骨髄性白血病細胞の増殖シグナルをどんどん出すようになり、細胞は増え続けることになります。

グリベックは、先回りしてBCR/ABLタンパクのポケットに入って結合し、ATPが入るのを邪魔してしまいます。そうなると基質タンパクは活性化されず、増殖シグナルを送ることができなくなります。

治療効果の判定基準クリアが重要

[慢性骨髄性白血病に対するイマチニブの効果]
図:慢性骨髄性白血病に対するイマチニブの効果

国際多施設共同試験(IRIS試験)の成績から
(Stephen O’Brien 他. 第50回米国血液学会2008)

実際の治療効果はどうなっているのでしょうか。

慢性骨髄性白血病では次のような治療効果の判定基準があり、これをどこまでクリアできるかが重要です。

治療を始めて最初にクリアすべき基準は「血液学的完全寛解」です。血液検査で調べて、白血球や血小板などの数値が下がったり、未成熟な細胞がなくなるなど、一見すると正常に戻った状態です。

第2段階では、骨髄検査で正常な細胞と白血病の細胞がどれぐらいの比率になっているかを調べます。20個の細胞のフィラデルフィア染色体陽性率を調べ、陽性率が35パーセント以下なら「細胞遺伝学的部分寛解」、陽性の細胞が1個も見つからなくなる、つまり陽性率ゼロパーセントなら「細胞遺伝学的完全寛解」と判定します。

さらに「分子遺伝学的効果」というのがあり、これは遺伝子レベルで評価するもの。最初に病気を発症したときのBCR/ABL遺伝子の量を100パーセントとして、0.1パーセント以下なら「分子遺伝学的寛解かい」、0.0032パーセント以下であれば「分子遺伝学的完全寛解」となります。なお、「分子遺伝学的完全寛解」については、現時点ではまだ定義が完全には定まっていません。

グリベックの国内市販後調査の成績を見ると、グリベックをちゃんと飲んでさえいれば、21カ月ぐらいの時点で、細胞遺伝学的完全寛解の人が9割近くいます。グリベックが登場する以前の標準治療であるインターフェロンを使った治療では、細胞遺伝学的完全寛解は5~20パーセントほどにすぎませんでしたから、「これは驚異的な数字です」と永井さん。同様に、ほぼ7年間の経過を見た海外の臨床試験では、慢性期のまま急性転化を起こさずにご健在の方が90数パーセントという結果が得られています。

グリベックが効かなくなる問題

[イマチニブが効かなくなってくる仕組み]

図:イマチニブが効かなくなってくる仕組み

イマチニブを服用している患者さんの中には、遺伝子の変異によってBCR/ABLタンパクのポケットの構造が変化してしまう人がいる。そうすると、イマチニブが結合できなくなり、ATPだけがどんどん入り込んで増殖シグナルを送るようになってしまう

しかし、グリベックには課題があることも明らかになっています。1つは、副作用がひどくてグリベックを飲むことができない「不耐容」の問題です。

「グリベックの副作用は多岐に及び、胃腸障害とか発疹、筋肉の痛みといったものもけっこうあります。自覚症状のない副作用もあり、血小板値が下がりすぎた、白血球数が下がりすぎた、などの理由で十分な量が飲めないケースもあります」

その結果、薬を飲むのを諦めざるをえない人が、約8パーセントいたという臨床試験の成績も出ています。

しっかりと決められた量を飲んでも効果が不十分という例も少なくありません。これは、服用を続けるうちに、がん細胞がグリベックに抵抗性を持つようになり、次第に効かなくなる場合(薬剤耐性)と最初から効かない場合とがあります。

「欧米では約15パーセントの方が薬剤耐性といわれています。日本国内の成績でも、不耐容ないし薬剤耐性の人は20数パーセントといわれています。つまり、グリベックの恩恵にあずかれる人は8割以内にとどまることになり、この方々をいかにレスキューするかが問題です」

なぜ耐性ができるかというと、約半数の人にみられるのがBCR/ABLタンパクのポケットの構造変化です。BCR/ABLタンパクのポケットにグリベックが入れなくなり、ATPだけがどんどん入り込んで増殖シグナルを送るようになるのです。このような構造変化を起こすさまざまな遺伝子の変異が見つかっています。


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