乳腺全摘でも皮膚を残し、乳房を再建することができる
早期なら内視鏡手術で乳房は原型に近い形で残せる
川崎医科大
乳腺甲状腺外科講師の
中島一毅さん
乳房を残すなら美しく残そうと12~13年前、日本で開発されたのが「鏡視下乳房手術」だ。05年からこの手術を導入、現在まで約100例の実績があり、手術したことがほとんどわからないほどきれいに乳房を残すケースも多数手がけた、川崎医科大学乳腺甲状腺外科講師の中島一毅さんに「鏡視下乳房手術」の実際とその適応についてお話を伺った。
「トップレスで温泉に入れる」を目指して美容目的で開発された術式
乳がんの手術で乳房を失ったり、傷が残ってしまうダメージは、女性にとってことのほか深刻だ。乳房を残す、それも変形がなく、手術跡も目立たないようにすることができれば、それにこしたことはない。
乳房を切らず、できるだけ傷を小さくすることを目的に考案されたのが、内視鏡を用いて行う「鏡視下乳房手術」だ。
「乳房を残すなら美しく残そうという、美容目的の術式です」と、川崎医科大学乳腺甲状腺外科講師の中島一毅さんは話す。
「乳がんは早期発見してエビデンス(科学的根拠)の高い治療を受けたら治ります。当科の場合、ステージ1の10年生存率は94パーセント、ステージ0なら100パーセントです。そういったことを考えると、丸ごと胸が切り取られるよりも、胸がある状態で治ったほうがいい。トップレスで温泉に入れますよ、ということで約12、13年前日本で開発されました」
手術のためにできる創は、内視鏡の挿入口である脇の下と乳輪の縁の2カ所である。乳輪は平滑筋という筋肉の境もあり、皮膚との色の境でもある。このほんの少しの段差を利用することで創を目立たなくすることができるという。
中島さんは05年からこの手術を導入。現在まで約100例で実施してきた。手術したことがほとんどわからないほどきれいに乳房を残すケースもあり、その成果は目を見張るものがある。
内視鏡手術は「本人の希望」と「がんの場所」が重要なポイント。
「端的にいうと、これは皮膚を残す手術です。ですので、がんが皮下脂肪の奥深くにとどまっているものが対象になります」と中島さんは内視鏡による手術の適応条件について話す。
乳房の皮膚の下には皮下脂肪があり、乳腺が乳頭を中心に張り巡らされるように広がっている。乳がんはその乳腺から発生する。
「がんが成長して大きくなって皮膚に近いところにあれば、がん細胞を取りきるために皮膚を切らなくてはなりません。乳房に潰瘍ができているような進行した人は、この手術の適応になりませんし、自分でさわってしこりに気づいたという段階では、がんが大きくなって皮膚に近いところにあるということですから、内視鏡での手術は難しいかもしれません。通常の温存手術が難しい症例でも、内視鏡下皮下乳腺全摘、一期的乳房再建という方法を行うことで皮膚に傷をつけることなく、温存手術と同じ状態で手術を終えることが可能です」
つまり、「がんの大きさ」というよりも、がんがどれだけ皮膚から遠くにあって、皮膚が安全に残せるかどうかがポイントということだ。これまでに中島さんが扱った例では、がんの最も大きいのでは30ミリであったが、「奥のほうにできたがんでも30~40ミリの大きさになれば当然皮膚に接近しますので、がんは小さければ小さいほど内視鏡手術が適応になる確率が高くなる」という。
また、この術式を選択するかどうかは「本人の希望」が鍵になる。
「がんが残ってしまう恐れがあるけれど乳房を傷つけたくない」のか「がんが残る恐れがあるなら普通に乳房を切除する」のか、考え方は人それぞれ。個人の価値観、患者自身の希望によると中島さんは強調する。中島さんも適応例すべてを内視鏡でするわけではない。適応があり、さらに希望があれば、という条件下で行っている。美しさにはとくにこだわらないという人には内視鏡で行う必要はないので、通常の手術を行うという。
「ですから、ポイントは皮膚が残せること、患者さんが望んでいることの2点です。がんを切って取るのですから、予後については通常の手術と同じで、当科では最長観察期間5年で局所再発は1例のみです」
乳房円状切除術
乳房切除術
乳房扇状切除術
鏡視下乳房温存術
鏡視下皮下乳腺全摘術
内視鏡による乳がん手術の手順
内視鏡による手術の手順としては、(1)センチネルリンパ節生検、(2)大胸筋の筋膜をはがす、(3)乳頭の裏側にがんがないか調べる、(4)がんのある乳腺を切除、という順だ。
まず脇の下を2センチほど切り、内視鏡を入れる。センチネルリンパ節を取り出して、乳がん細胞の転移がないかどうかを調べる。この検査をセンチネルリンパ節生検という。
センチネルリンパ節とは、がん細胞がリンパ管を通してはじめに流れ着くリンパ節のことで、乳がんの場合、脇の下にあることが多い。
次に大胸筋の表面を覆う筋膜をすべてはがす。筋膜をきれいにはがしてしまうことで、がん細胞を残さないようにするのだ。
そして、乳輪と皮膚との境界にあたる、乳輪の縁の部分を3分の1周ほど切開し、内視鏡を入れて乳頭の裏を切り取り(乳頭断端)、がんがないか調べる。ここにがんがあれば乳頭を切除しなくてはならない。
その後、がんの部分を含めた乳腺を周りの組織ごと切り取り、脇の下か乳輪の縁か、どちらか切り口が大きいほうから取り出す。この中身は柔らかいので、数センチの切り口から引っ張って取り出すことができるが、切除する部分が大きい場合は、少し皮膚を切って切り口を広げるか、中身を切り刻んで取り出すこともある。
「切り刻んで取り出すと、標本がばらばらになって病理検査での評価が難しくなってしまうのでこれは避けたい。切り刻まずに取り出すには切り口を大きくする必要がありますが、それには乳輪よりも脇の下のほうが目立たないので、私は主に脇の下から取り出すようにしています」
乳腺の1部分を切除する手術の予定でも、手術中に行う病理診断でがんが広がっていることが判明したら、乳腺の全部を切り取る全摘術に変えることができるのも、内視鏡による手術の大きな特徴だ。
「通常の手術では、切る場所を変えたり切開部分を延長しなくてはならず、見た目の美しさが大きく損なわれますが、内視鏡による手術では、温存手術でも全摘術でも同じ切開創から行うので、新たに創をつくらずに術式を変更できます」
術前
術後 3.7年
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