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良好な利便性を有し、2.7カ月という時を延長した
手術不能・再発乳がん患者さんに新たな希望!日本発の新薬登場

監修:佐伯俊昭 埼玉医科大学国際医療センター副院長 包括的がんセンター長乳腺腫瘍科教授・診療科長
取材・文:柄川昭彦
発行:2011年7月
更新:2013年4月

  
佐伯俊昭さん
「QOLを維持しながら
生存期間を延長した新薬に
期待がかかる」と話す
佐伯俊昭さん

再発・転移乳がんに新たな希望の光がさした。日本で開発された抗がん剤が2011年4月に新たに承認されたのだ。
良好な利便性を有するだけでなく、生存期間を延長するという、この新薬の効果に期待がかかる。

日本生まれの抗がん剤が日米欧で認可された

[図1 日本で開発された新しい抗がん剤「エリブリン」]
図1 日本で開発された新しい抗がん剤「エリブリン」

*クロイソカイメン=壺状、扇状、杯状などのさまざまな形態をもつ海綿動物の1つ。黒いスポンジの姿で、岩に 付着している

乳がんの新しい治療薬が登場した。ハラヴェン()という抗がん剤で、日本の企業が生み出し(図1)、国内と海外で臨床試験を進め、乳がん患者さんの生存期間を改善した期待の新薬である。

2010年3月に、日本、アメリカ、ヨーロッパで同時に申請。同年11月にアメリカで、3月にヨーロッパで承認され、4月に日本でも承認された。

従来、抗がん剤は外国生まれが多く、海外で先に承認されることが多い。日本で開発された新薬でも、海外で先に承認された後、何年も遅れて日本で承認されることがある。

しかしハラヴェンは日本の企業が発明し、日本で独自に開発を進めてきただけに、ドラッグ・ラグ()が生じなかった。

ハラヴェンは日本では「手術不能または再発乳がん」に対する治療薬として認可されている。つまり、手術後の再発予防などには使うことができないわけだ。この点について、埼玉医科大学国際医療センターの佐伯俊昭さんは、次のように語っている。

「現在までに結果が出ている臨床試験によって、ハラヴェンは『手術不能または再発乳がん』の治療薬として生存期間の改善という素晴らしい効果が認められています。その結果に従った適応症()になっているのですね。個人的な期待ですが、この臨床試験で証明されたのは、ハラヴェンの持つ能力の一部に過ぎない可能性があります。今後、再発予防などの新たな効果が確認され、幅広く使えるようになることが期待されています」

ハラヴェン=一般名エリブリン
ドラッグ・ラグ=日本と欧米との新薬承認の時間差、あるいは、海外で新薬が先行販売され、国内では販売されていない状態
適応症=健康保険などが使用でき、薬の効果が適正に認められる病態

QOLを維持しながらの延命が治療の目的

乳がんは小さくても、性格がとくに悪いタイプの場合は全身に転移していることもある。つまり全身病とも考えられている。

「腫瘍が5ミリ程度の小ささでも、乳がんは全身に転移している可能性があります。もちろん、こうした転移はあまりにも小さく、CT(コンピュータ断層撮影)、あるいはPET-CTなどの画像検査で発見することはできません。たとえ手術で乳がんを完全に取り除いても、微小な転移が残っていれば、手術後にそれが増殖を続け、検査で発見される大きさまでに成長すると再発したと確認されるのです」

乳がんが局所()に留まっている場合には、比較的早期と考えて基本的には手術がまず行われる。具体的には、0~2A期である。そして、手術後に再発の可能性が高いと考えられる場合、微小な転移を攻撃するための化学療法や放射線療法が加えられる。

[図2 エリブリンの適応]
図2 エリブリンの適応

エリブリンは、手術不能、または再発乳がんで、アンスラサイクリン系、タキサン系抗がん剤による治療を行って増悪・再発した場合に適応になる

一方、遠くの臓器やリンパ節への転移が明らかな4期では、治癒を目指した手術は行われない。また、乳がんが皮膚や胸壁に浸潤している3B期、鎖骨上のリンパ節に転移している3C期でも、基本的には最初から手術は行われないことが多い。

「3B、3C期では、初回治療で抗がん剤がよく効き、乳房、胸壁などの病巣が沈静化し、治癒がある程度期待できる状態になって手術を行うことが標準的と考えられています。しかし、初回の化学療法がうまくいかなければ、治癒を目的とした手術を行うことが困難となります」

以上のように、初回治療として手術をすることが困難、あるいは手術を行うことが適正でない乳がんをまとめて「手術不能乳がん」と考えられている。

また、初期治療として、手術、放射線、補助化学療法()が無事に終了し、明らかな転移が認められない状態まで1度は回復したものの、その後に皮膚、リンパ節、内臓などに再発が見つかったケースが「再発乳がん」である。ハラヴェンの適応症である「手術不能または再発乳がん」とは、この両者を合わせたものだ(図2)。

「手術ができない乳がんでも、医師は本来なら治すことを目的に治療をしないといけません。しかし、現実には手術不能乳がんや再発乳がんの場合、治る人はごくわずかしかいません。そこで、希望を捨てずに治すことを目的に治療を行うのですが、現在の治療薬では治らない確率が高いことを意識しておかないと、『治癒』を大義名分に掲げた無謀な治療は危険です。やみくもに患者さんの体を傷つける治療、あるいは最初から治ることを諦めて、標準的でない治療()を行うことはさらに不幸な結果をもたらします。では何を目標にして治療を進めるかというと、がんが消えなくても、まずは患者さんに長生きをしていただくこと、それもできるだけQOLを維持した時間を過ごしていただくことが目標であり、その延長にわずかかもしれないが治る期待を抱くことです。これを共通の目標として、医療者と患者さん、家族の方々と共に治療を行うことではないでしょうか」

新薬の登場により、乳がん患者さんの生存期間はどんどん延びている。また、QOLを低下させないことも要求されている。

局所=乳房内や近くのリンパ節
補助化学療法=手術前後に行われる抗がん剤、ホルモン剤などの再発予防のための化学療法
標準的ではない治療=効果が確立されていない免疫療法など

ハラヴェン単剤で生存期間が2.7カ月延長

ハラヴェンが乳がん治療薬として認可されたのは、海外や国内で臨床試験が行われ、その有用性が確認されたからである。その効果を証明した臨床試験について解説してもらった。

試験に参加したのは、進行・再発乳がん患者さんで、アンスラサイクリン系抗がん剤()およびタキサン系抗がん剤()を含む抗がん剤治療をすでに受けている患者さんであった。

「乳がん治療におけるアンスラサイクリン系とタキサン系は、まさにゴールデンスタンダードです。これらの標準治療を受けた後、進行もしくは再発した患者さんが治療対象になります」

患者さんは、ハラヴェンで治療する群と主治医の先生がその患者さんに最適であると判断した治療()を受ける群に分けられた。

この2群の全生存期間()は、主治医選択治療群が10.5カ月、ハラヴェン群が13.2カ月だった(図3)。つまり、主治医が最適と考える治療に比べ、ハラヴェンによる治療は、全生存期間の中央値()を2.7カ月延長したのである。すでに多くの化学療法を受けた乳がんの患者さんに対し、単剤で生存期間を延長させたのは、ハラヴェンが初めてである。

[図3 エリブリン単剤で生存期間が延長することがわかった(EMBRACE試験)]
図3 エリブリン単剤で生存期間が延長することがわかった(EMBRACE試験)

出典 : CortesJ et al:Lancet2011;377:914-923
エリブリン群と主治医選択治療群では、エリブリン群で生存期間が約2.7カ月延長した

「生存期間2.7カ月の改善がどういった意味を持つかは、人によって違います。ただ、多くの患者さんに接していると、1カ月後の息子の結婚式まで生きられるだろうか、と尋ねられたこともあります。貴重な2.7カ月の間に、患者さんにとって幸せな時間を過ごせる可能性があり、大変意義深いと思います」

さらに延長した生存期間が、QOLの保たれた日々であれば申し分ない。問題となるのは、QOLに大きな影響を及ぶす副作用と利便性の問題である。

アンスラサイクリン系抗がん剤=アドリアシン(一般名ドキソルビシン)、ファルモルビシン(一般名エピルビシン)など
タキサン系抗がん剤=タキソール(一般名パクリタキセル)、タキソテール(一般名ドセタキセル)など
ハラヴェン以外の治療薬は、ナベルビン(一般名ビノレルビン)、ジェムザール(一般名ゲムシタビン)、ゼローダ(一般名カペシタビン)、タキソール、アドリアシン、タキソテールなどの抗がん剤が使われた
全生存期間=がんと共存しながらも患者さんが生きていた期間
全生存期間の中央値=半分の人が亡くなるまでの期間


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