進行再発がんのみならず、術後の再発予防にも用い、薬のタイプも種々出現
乳がんの最新分子標的治療
京都大学医学部付属病院
乳腺外科教授の
戸井雅和さん
乳がんの薬物療法は、分子標的薬の登場によって、飛躍的な効果を上げている。
しかし、その一方では、高度化・複雑化し、次第にブラックボックス化しつつある。
そうした新しい分子標的薬の時代にあって、患者さんはどう向き合えばいいのだろうか。
再発・転移性乳がん治療で注目を浴びた分子標的薬
乳がん治療は分子標的薬の臨床応用が進んでいる分野だ。まず、乳がん治療のなかで分子標的薬はどのような位置づけにあるのかをみておこう。
乳がんの治療は、初発の乳がん(原発性乳がん)と再発・転移した乳がんとでは大きく違っている。
初発の乳がんの場合、手術後に放射線療法や化学療法(抗がん剤治療)、ホルモン療法などの術後補助療法によって、再発・転移の危険を低くすることが大切だ。この術後補助療法で新たに分子標的薬のハーセプチン(一般名トラスツズマブ)が用いられるようになった。
一方、再発・転移した乳がんに対しては、薬物による治療が中心になる。抗がん剤やホルモン剤などでがんを小さくし、がんに伴う症状を抑えたり延命に期待をかけたりする。ハーセプチンはこの転移性乳がんの治療薬として登場した分子標的薬で、優れた効果をあげ、注目を集めた。
京都大学医学部付属病院乳腺外科教授の戸井雅和さんは、「今では再発してからの5年生存率は40パーセントを超えてきています。再発・転移した乳がんの予後を改善するのにハーセプチンは大きな役割を担ったといえるでしょう」と語る。
ハーセプチンの適応はHER2陽性の場合
がんの分子標的薬は、がん細胞に特徴的な分子をターゲットにして狙い撃つ。ハーセプチンが標的にするのは「HER2」というタンパク。がん細胞の表面にHER2が多く存在すれば、それだけがん細胞が増殖し、さらに転移していく。ハーセプチンはこのHER2と結合してがん細胞の増殖を抑えようとするものだ。
ハーセプチンの効果が期待でき、治療の対象になるのは、乳がん細胞にHER2が過剰に出ている「HER2陽性」の場合。HER2が陽性かどうかは「ハーセプテスト」という検査で確かめられる。HER2出現の程度は0、1+、2+、3+の4段階に分け、0と1+は陰性、3+が陽性と判定され、2+の場合はさらにFISH法というより精度の高いテストによって確認する。
0 | 細胞膜染色なし、または10%未満のがん細胞の腰に染色 |
1+ | 10%以上のがん細胞の腰に部分的染色 |
2+ | 10%以上のがん細胞の腰に弱~中等度の染色 |
3+ | 10%以上のがん細胞の腰に強度の全周染色 |
乳癌診療ガイドラインにも明記
HER2陽性の早期乳がん患者に対する、ハーセプチンを用いた術後補助療法の有効性は、01年から世界的な規模で行われている大規模な臨床試験(HERA試験と呼ばれる)で明らかになった。
この臨床試験では、手術前あるいは手術後に標準的な化学療法(必要な場合には放射線療法)を行い、ハーセプチンを(1)1年間投与(2)2年間投与(3)投与しない、という3つのグループに分けて経過をみた。23カ月間追跡したところ、ハーセプチンを投与したグループでは投与しなかったグループに比べて死亡のリスクが34パーセント、再発のリスクが36パーセント下がることがわかった。
このようなエビデンス(科学的根拠)を基に、日本国内でも07年6月、日本乳癌学会編『乳癌診療ガイドライン(1)薬物療法』の改訂にあたり、ハーセプチンについて「HER2陽性早期乳がんに対してトラスツズマブ投与は有効である』と新たに明記された。01年に転移性乳がんにのみ保険診療が認められていたハーセプチンは、08年3月から術後補助療法としても認可された。
実際の使用方法は、基本的にこのHERA試験に準じたものとなっている。
「ハーセプチンの使い方はまだ検討中です。単独で使うのがいいのか、抗がん剤や分子標的薬と併用するのがいいのか、投与期間はどのくらいがいいのか、手術前、手術後に使うのがいいのか、受容体の有無でどうすればいいのかなど、まだ不明な点も多く、今後の検討事項です」 と戸井さんは言う。
[ハーセプチンの効果(全生存率)]
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