アバスチンの適応拡大が、進行・再発乳がん治療にもたらす意義とは?
症状を抑え、QOLを高く保つ再発乳がん治療の基本を目指す
乳がん治療の専門家である
中村清吾さん
アバスチンを用いた乳がん治療は、乳がんの進行を抑える期間をこれまでの2倍に延長した。
そのアバスチンが、トリプルネガティブ乳がんや、ホルモン剤が効かなくなったホルモン陽性乳がんへの新たな治療法として、2011年9月にわが国で保険適応となった。
進行・再発乳がんの治療の基本はより良い状態をより長く
乳がんの薬物治療は、大きく2つに分けられる。1つは、手術後に行われる、再発防止のための治療。もう1つは、進行して手術できない場合や、手術後に再発してしまった場合の治療である。
ここでは、後者の進行・再発乳がんに対する薬物療法、とくにアバスチン(*)を使用した最新治療を紹介する。
進行・再発乳がんの治療の目標について、昭和大学医学部乳腺外科教授の中村清吾さんは、次のように説明してくれた。
「進行・再発乳がんの場合、完全な治癒はなかなか望めません。症状が現れるのを遅らせたり、症状の悪化を防いだりしながら、QOL(生活の質)を高め、より良い状態をより長く保つことが、治療目標となります」
乳がん治療は、ホルモン療法が効くかどうか、抗HER2療法が効くかどうかなどによって数種のタイプに分類され、それぞれの治療指針が整備されている。
進行・再発乳がんについては、例えばホルモン療法が効くタイプの乳がんなら、できる限りホルモン療法を続け、それが効かなくなったり、ホルモン療法では、がんの勢いをコントロールできなくなったときには、即効性を重視して化学療法(抗がん剤治療)に移行する。
また、ホルモン療法が効かないタイプの乳がんの場合は、最初から化学療法を始める。どちらの場合でも、できるか ぎり副作用を抑え、症状を長期間コントロールできる治療を心がける。
どのタイプの乳がんでも、「QOLを高めながら、より良い状態をより長く保つこと」が、共通する治療方針の根本的な考え方となっている。
*アバスチン=一般名ベバシズマブ
血管新生を阻害してがんの増殖を抑える
「アバスチンは、これまで乳がん治療に使われてきたホルモン剤や抗がん剤とは、まったく異なる作用をもっています。血管新生阻害剤といって、がんに栄養や酸素を送る血管ができないようにします。それにより、がんを兵糧攻めにする薬なのです」
がんは自らが増殖するために、多くの栄養や酸素を必要とする。そこでがんは、血管内皮増殖因子(VEGF(*))という指令物質を出し、近くの血管から、がん専用の血管を引き込む。血管から栄養と酸素が届くようになると、がんはさらに成長していくのだ。
アバスチンは、がんから放出されたVEGFを捕獲し、新しく血管ができるのをさまたげることで、がん細胞に栄養・酸素がいきわたらないようにしてがんの増殖を抑える。
また、アバスチンには血管の新生を抑えることに加え、がん細胞のまわりにある太い血管から、併用する抗がん剤ががんまで届きやすくなり、効き目が増すと考えられている。
*VEGF=vascular endothelial growth factor、血管内皮増殖因子
奏効率の向上と無増悪生存期間が延長することの意味
海外の試験では、化学療法を受けていない進行・再発乳がんの患者さんを対象に、従来の第1選択薬だったタキソール(*)単独療法とそれにアバスチンを加えた併用療法を比較している。
その結果、タキソール単独群に比べてアバスチン併用群のほうが無増悪生存期間が5.5カ月延びて11.3カ月だった。無増悪生存期間とは、がんの増殖が抑えられていた期間のこと。
また、がんの長径和が30%以上縮小した状態が1カ月以上続いた患者さんの割合を示す奏効率では、アバスチン併用群はタキソール単独群に比べて26.7%も高く、48.9%だった。
国内でも、タキソール+アバスチン併用療法の無増悪生存期間が12.9カ月、奏効率が73.5%という結果が出ている。
*タキソール=一般名パクリタキセル
つらい症状を取ってその人らしい生活ができる
無増悪生存期間の延長や、奏効率の向上には、どのような意義があるのだろうか。
「進行・再発乳がんの治療では、がんがさらに増悪することなく、その人らしい生活が長く続けられることが大切。例えば、疼痛コントロールの薬を飲まなくてはならなかったり、だるさや息切れが出たりすると、仕事や家事ができなくなる。症状の出ない時期ができるだけ長ければ、薬剤による効果が現れた後、普段の生活ができる時間が長くなって、QOLが高まるのです。無増悪生存期間の延長は、それだけ長くその人らしい生活が送れることを意味します」
さらに、奏効率が高い治療法は、どのような場合に役立つのだろうか。
「がんの転移で、だるさ、息切れ、痛みなどの症状が出てくることがあります。そんな症状を早く取り除くためには、奏効率の高い治療法が効果的です。がんを縮小させることで、症状が早く消える可能性があるからです。また、もともと症状のない患者さんでも、奏効率の高い治療法でがんを小さくすることにより、後々の症状が出るのを抑えることができます」
アバスチンを併用する際は、症状のない期間を延長し、症状が出たときにはそれを早く取り除くといったことが目標となる。
「奏効率が上がり、がんが小さくなったり、痛みが取れることで、患者さんの気持ちが前向きになることが、QOLの向上につながります。その後の治療を継続し自分らしい生活を保つためにも、最初にしっかりと症状を取ることは大切です」
アバスチンはこの点で、進行・再発乳がんの治療目標を実現する可能性がある。
ケモホリデーで生活を楽しめる投与法
タキソールは、進行・再発乳がんの治療では毎週(ウィークリー)投与される。週1回3週連続で点滴を受け、1週休み。それを繰り返していく。
「ウィークリー・タキソールは、進行・再発乳がんの第1選択薬として使われてきました。3週ごとに投与する方法もありますが、それよりも食欲低下や好中球減少などの副作用が少なく、効果は同程度か、それ以上が期待できるからです」
アバスチンは2週ごとの点滴なので、1週目と3週目に加える。
「進行・再発乳がんの治療は、長く続きます。ウィークリー・タキソールなら、アバスチンを加えた場合でも、4週目は休み。この〝ケモセラピー・ホリデー〟が入ることで、患者さんは、通院や副作用への気遣いから少し開放されて、自由な時間がつくれます。そこに旅行やさまざまな行事を組み込んで、生活を楽しむことができるのです」
この投与スケジュールは、患者さんがその人らしい人生を送るのにも役立っている。
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