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骨転移の治療で患者のQOLを改善する
「骨の健康」に視点をおいた新しい乳がん治療の時代へ

監修:渡辺亨 浜松オンコロジーセンター長
取材・文:林義人
発行:2006年2月
更新:2013年4月

  
渡辺亨さん
浜松オンコロジーセンター長の
渡辺亨さん

乳がんの骨転移の治療薬として、ビスフォスフォネート製剤のアレディア(一般名パミドロン酸二ナトリウム)が定番化している。

臨床試験で好成績が示され、またすでに欧米では標準となっている治療法が普及したことで、骨転移の症状に苦しむ日本の患者は大きな福音を得た。

腫瘍内科の第一人者である浜松オンコロジーセンター長の渡辺亨さんは、「ビスフォスフォネートの登場で、『骨の健康』に視点をおいた乳がん治療を考えるべき時代が到来した」と語る。

乳がんの8~9割に骨転移

乳がん治療は、手術、放射線照射、薬物療法を駆使した総力戦である。その結果、年間約4万人が発症する中で、約7割の患者は、10年以上、再発しないで生存するようになった。しかし、裏をかえせば、約3割の患者は、初期治療後、10年以内に転移、再発をきたす。また、10年を過ぎても毎年、1パーセント程度の患者が転移再発する。

乳がんは、前立腺がん、肺がんと並び、骨に転移することが多い。初発の転移では3割が骨で、全経過を通じると8~9割に骨転移が認められる。骨に次いで多いのが、肺と肝臓への転移だ。渡辺さんが話す。

「骨転移を起こしても、最初は症状は全くないのですが、骨転移は、比較的、ゆっくりと増悪し、骨を溶かしながら進行するため、痛みや、弱くなった部位が骨折をおこすため、患者のQOL(生活の質)は著しく低下します。昔から、腫瘍内科医にとって、骨転移をいかにコントロールするかが悩みの種でした」

絶えず生まれ変わっている骨

骨は、殻のように厚さ2~3ミリの「皮質」と、内部は、キッチンのスポンジのように、穴がたくさんあいたような「海綿質」からできている。海綿質は、骨梁が網の目のように張り巡らされていて、その中に、血液細胞を作る骨髄という組織がある。

また、骨に栄養を運ぶための血管がたくさん通っている。骨自体の構成成分は、コラーゲン繊維が緻密に絡まり合ったような「骨マトリックス」に、リン酸カルシウムが沈着して、弾力性を持ちながら強固な構造を備えている。建物でいえば、骨マトリックスは鉄筋、リン酸カルシウムはコンクリートに喩えることができる。

骨には、造骨細胞と破骨細胞がある。造骨細胞は、次から次へと骨マトリックスをつくり、そこにリン酸カルシウムを沈着させ、新しい骨を作る。一方、破骨細胞は、古くなった骨を片っ端から、溶かして、血中にリン酸カルシウムや、コラーゲン繊維の分解産物を放出する。骨は石のように変化しないように見えるが、じつは1カ月ぐらいで、構成成分がそっくり入れ替わるほど代謝の激しい臓器だ。このように、骨は、絶えず少しずつ生まれ変わっているのである。

なぜ骨に転移する?

では、なぜ乳がん細胞が骨に転移するのだろうか。

「乳がんの骨転移は、目に見えない微小ながん細胞が、血液の流れに乗って運ばれて骨髄のある海綿質や骨皮質にたどりつくことから始まります」と、渡辺さんは次のように解説する。

「骨の中には、増殖因子とよばれる細胞を増殖させる因子が豊富に含まれています。破骨細胞は、この増殖因子を骨から取り出して、がん細胞を増殖させます。ただ、がん細胞だけでは骨を壊すことはできませんが、がん細胞から、分泌されるサイトカイン(細胞が分泌する生理活性物質)が破骨細胞を刺激し骨を溶かし、骨を壊してがん細胞が骨に定着するためのスペースをつくりだしていると考えられています」

骨皮質の表面の骨膜には、痛みを伝える知覚神経が分布しているため、骨皮質に転移が及ぶと、激しい痛みがおきる。乳がん患者で骨転移が起こりやすいのは脊椎(背骨)、骨盤、股関節などの身体の中心部にある骨が多い。

大腿骨や、上腕骨などの「長幹骨」では、皮質が転移で侵されると、病的骨折を起こす。とくに、大腿骨頸部は、病的骨折の頻度が高い。また、腰椎、胸椎などでは、転移により圧迫骨折を起こす。骨折の起こり方によっては、後方にある脊髄を圧迫し、脊髄横断性麻痺を起こし、下半身不随になる場合もある。

前立腺がんなどでは骨が硬くなる「骨形成性転移」というタイプの変性をもたらすのに対して、肺がんや乳がんなどでは骨が溶ける「骨溶解性転移」という変性をもたらすことが多い。

[骨転移をおこしやすいがん]

原発臓器 転移の内容
乳がん 80%
溶骨性転移(骨が溶ける)
いずれも骨吸収の増加
前立腺がん 80%
造骨性転移(骨が硬くなる)
その他 肺がん 甲状腺がん 腎がん 多発性骨髄腫

骨折や疼痛の他に、骨転移では、骨髄の造血機能が侵されるために、貧血状態になることも多い。さらに、骨の成分が血液中に溶け出して高カルシウム血症が起きる。その症状は、悪心・嘔吐、便秘、お腹がはる、便秘、口の乾き、さらに意識障害などを示すこともある。

「私が研修医だった80年代初め、骨転移の患者さんの3分の1は寝たきり状態でした。当時は骨転移の治療薬もなく、モルヒネ剤を積極的に使うという考え方も普及していないために痛み治療も不十分で、膝を抱え込んだきり動けない患者さんも少なくなかったのです。こんな患者さんは、我々も、毎日回診するのもつらかったですね」

[骨転移に伴う諸問題]

  • 高カルシウム血症
    骨のカルシウムが血液中に溶け出すことで、頻尿、吐き気、嘔吐、便秘、脱力感、うつ状態などを生じる。カルシウムの溶出を止めれば、血中カルシウム濃度は下がって、症状が消失する。
  • 痛み
    体を動かしたり、転移巣に体重をかけた際に激しく痛む。モルヒネなどの鎮痛薬で、ある程度は痛みを抑えることが可能。
  • 骨折
    溶骨性骨転移で脆くなった骨が、体重や運動でつぶれる、もしくは折れる。脊髄でこれが生じると、神経が圧迫されて手足などに麻痺を生じる。

骨シンチとレントゲンの組み合わせで診断

[骨転移が示された骨シンチグラフ]
骨転移が示された骨シンチグラフ

骨転移の症状は、腰痛などとして現れることが多い。そのため、患者は最初整形外科や接骨医、鍼灸師などを受診することがよくある。こうしたところを受診したとき、原因が突き止められないまま、湿布や電気刺激、マッサージなどの対症療法が施されるということもある。とくに、乳がんの初期治療から20年も経って、再発した場合、「まさか骨転移が」という思いから、しばしば対応が遅れることになる。

閉経後の女性では、しばしば骨粗鬆症を伴い、腰痛や背部痛などを訴える。骨転移の症状と区別がつかないこともあるので、要注意だ。乳がん治療の経験のある女性は、術後何年たっても、骨転移の可能性を頭の片隅に置いておく必要があり、単なる腰痛と片づけず、がん専門病院で検査を受けることが必要だろう。

骨転移の検査で、もっとも高感度に病気の広がりを見つけることができるのは骨シンチグラフィだ。微量の放射性物質を含む検査薬を注射し、放射線を感知するガンマカメラで撮影する。検査薬は骨の代謝や反応が盛んなところに集まって黒く映し出されるので、骨転移があれば比較的早い時期にとらえられる。

ただし、関節炎や骨髄炎などの骨の炎症や骨折などもとらえてしまうので、それらと骨転移を鑑別するため、MRIなど他の検査結果と組み合わせて最終診断することになる。

「最近単純レントゲン撮影はおろそかにされていますが、溶解による骨構築状態を見立てるために有力です。骨溶解は骨の成分である骨塩量の4割も溶け出さないと見つからないので、感度は悪いのですが、逆にこれでとらえられれば、骨溶解はまず間違いありません。ですから、骨シンチと単純レントゲン撮影の組み合わせは、骨転移を診断するために効果的です」

一方、乳がんの骨転移は、骨代謝マーカーICTP(1型コラーゲンC端テロペプチド)というものでとらえられることもある。破骨細胞で骨が壊されるときや造骨細胞で骨が造られるときに、骨の主要成分である1型コラーゲンが分解され血液や尿に出てくる物質だ。ただし、これも骨転移以外の病気や、長期間寝たきりで骨が弱っているときなども反応することがあるため、これだけでは骨転移を評価できない。やはり画像検査などを組み合わせて総合的に診断する必要がある。


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