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渡辺亨チームが医療サポートする:乳がん骨転移編

取材・文:林義人
発行:2005年8月
更新:2019年7月

  

サポート医師・渡辺亨
サポート医師・渡辺亨
医療法人圭友会
浜松オンコロジーセンター長

わたなべ とおる
1955年生まれ。
80年、北海道大学医学部卒業。
同大学第1内科、国立がん研究センター中央病院腫瘍内科、米国テネシー州、ヴァンダービルト大学内科フェローなどを経て、90年、国立がん研究センター中央病院内科医長。
2003年、山王メディカルプラザ・オンコロジーセンター長、国際医療福祉大学教授。
現在、医療法人圭友会 浜松オンコロジーセンター長。
腫瘍内科学、がん治療の臨床試験の体制と方法論、腫瘍内分泌学、腫瘍増殖因子をターゲットにした治療開発を研究。日本乳癌学会理事

12年前の手術で「治った」と思っていた乳がんに、骨転移の疑い

 村山佳代子さんの経過
1992年
6月
D総合病院で1期乳がん発見。乳房全摘術とリンパ節郭清を受ける
1994年
8月
術後補助療法のタモキシフェン服用を終了
2004年
6月
腰痛を自覚
7月 5日 腰痛治療のため接骨院へ
21日 整形外科を受診。MRI検査を勧められる
28日 D総合病院整形外科でMRI検査の結果、骨転移と診断。放射線治療を勧められる

12年前に乳がんの手術を受けた小学校教員の村山佳代子さん(52)に、腰痛が起こった。

接骨院で施術を受けたが一向に改善しない。「骨粗鬆症」の疑いが出て、整形外科医院を受診するが、やはり原因は不明のまま。

そんなとき、かつて一緒に入院していた女性から「骨転移ではないか」と指摘された。はたして――。

接骨院ではよくならなかった腰痛

写真:接骨院看板

2004年7月、千葉県に住む小学校教員の村山佳代子さん(52)は前月から自覚し始めていた腰痛*1)の悪化に苦しむようになっていた。年に何度か腰痛を感じることはあったが、今度はこれまでとは様子が違って痛みが強く、しつこく続く。5年生のクラスを担任しているが、体育の授業はとても実技指導などできる状態ではなく、他の教師に代わってもらうことにした。が、そのうち立っているのもつらくなり、椅子に腰を掛けたまま授業をすることになっていく。

「きっと長い年月立ちっぱなしで仕事を続けてきたせいだわ」

同僚の教師たちの中にも腰痛に苦しむ人は少なくない。おまけに、身長153センチ、体重64キロという肥満体型の佳代子さんは、「腰に負担がかかっていたのだろう」と考えている。また「更年期障害も重なっているかもしれない」とも思っていた。

そんな中で佳代子さんは、以前夫の雅直さんが腰痛や五十肩の治療のために通っていたことのある近所の接骨院を訪ねてみることにした。自分で足を運んでみると、接骨院の待合室は70、80代の高齢の人たちのサロンのようになっている。

「私はまだまだ若いつもりなのに、あんなお年寄りたちと同じ悩みを持つなんて」

佳代子さんはちょっと悲しい思いをしたが、1日おきに通院し湿布や電気マッサージの施術を受けると、腰の痛みはいくらか軽減したような気がした。が、それも長くは続かず、夏休み前に佳代子さんの腰痛はまた悪化してきた。痛みはむしろ通院前より強くなったようで、安静にしていても治まることがない。

「私もいろいろな患者さんを診ていますが、どうもこれはただの腰痛ではありませんね。おそらく骨粗鬆症ではないかと思います。整形外科に診てもらったどうでしょうか?」

明日から夏休みという日になって、接骨院の院長はあまりに佳代子さんの腰痛の訴えが続くことに業を煮やしてこう言い出した。ちょうど佳代子さんのほうも、もう接骨院の治療には限界を感じていたところだ。

その日佳代子さんは、整形外科に通うために高校生の長女舞さんに頼んで、杖を買ってきてもらった。もうまともに歩くことも苦痛になっていて、接骨院に通っていた高齢者たちと同じように、自分も杖に頼るしかないと判断したのだ。

それって骨転移じゃないの?

夏休みに入った1日目、佳代子さんは朝からの猛暑の中を杖をつきながらN整形外科医院を訪れた。ちゃんと歩けば家から5分もかからずにいける距離だが、10数分かかってようやくたどりつくという始末だった。この整形外科医院は、現在大学生の長男が子どもの頃から骨折などで通院していたことがあり、佳代子さんはN院長と顔なじみだった。

「腰痛が続いていて、一向によくなりません。骨粗鬆症ではないかといわれたので」

佳代子さんが事情に話すと、N院長はすぐに「まず腰のレントゲン写真を撮りましょう」と準備にかかった。

「第2、第3腰椎の形が少し崩れています。こういうのを圧迫骨折と呼びます。確かに骨粗鬆症も考えなければいけませんが、他の骨は異常がないので、骨粗鬆症とは別の原因を考えなければならないと思います」

撮影が終わって診察室でレントゲン画像を見ながら、N院長はこう説明した。

「別の原因ですか?」

N院長はそれが何かとは言わず、こう話したのである。

MRI*2)で詳しく調べる必要があります。D総合病院の整形外科を紹介しますから」

こうして佳代子さんは、N院長の書いてくれた紹介状と借りたレントゲン画像を携えて、タクシーを拾うとそのままD総合病院へ向かう。まだ午前10時半である。

「腰が痛いのですね。骨粗鬆症かどうかということですか……」

D総合病院整形外科では、佳代子さんからことの顛末を聞きながらこう話した。

「それではMRI検査の予約をしておきましょうね。来週改めてお越しください」

こうしてこの日は、痛み止めのためにNSAIDsという消炎鎮痛剤が処方されただけだったのである。

[代表的なNSAIDs]

商品名 一般名 常用量(1日)
ハイペン エトドラク 400mg
モービック メロキシカム 10~15mg
レリフェン ナブメトン 800mg
ロキソニン ロキソプロフェン
ナトリウム
180mg
ナイキサン ナプロキセン 600mg
ボルタレン ジクロフェバク
ナトリウム
75~100mg
クリノリル スリンダク 300mg
ポンタール メフェナム酸 500~750mg
ロピオン フルルビプロフェン
アキセチル
1回50mg

ちょうどその夜のことである。佳代子さんのもとに1本の電話がかかる。相手は、1995年に佳代子さんが、D総合病院消化器外科で乳がんの手術で入院していたとき、2週間ほど相部屋で一緒だった杉村啓子さんだった。

「まあ、しばらくねえ。お元気?」

「ほんとにご無沙汰。もう12年も経っているから私は大丈夫よ。そういえば村山さんもまったく同じだわね。10年生存を突破したから、お互いにもう安心ね(*3乳がんの10年生存)」

「ほんと、よかったわね。でも、今私は、ひどい腰痛が続いていてね。これさえなければ本当に快適なんだけど」 「えっ、腰痛? そういえばあのとき同じ部屋にいた黒田さんに去年電話してみたのよ。やっぱり腰痛がひどいって言っていたわ。それであとで聞いてみたら、乳がんの骨転移が見つかったんですって(*4がんの骨転移)」

「骨転移?」

「そうなの。胸や背中や腰の骨に乳がんが転移していたんですって。とっても驚いたらしいけれど、そんなことがあるらしいのよ。もしかしたら村山さんの腰痛も骨転移じゃないの?」

「えーっ、まさか。手術から12年も経っているし、術後補助療法*5)のお薬を2年間も飲んでいるし……。O先生も『もう大丈夫』と言っていたし……」

「だって、それは黒田さんだって同じことでしょ。彼女も10年以上経っていたのよ」

「乳がんはすっかり治ったものと思っていたわ。今まで腰痛ががんと関係があるかもしれないなんて、考えもしなかった。本当にそんなことがあるのかしら……」

骨転移には放射線治療を

痛み止めのおかげで腰痛が治まってくるなか、佳代子さんがD総合病院でMRI検査を受ける日が訪れた。杉村啓子さんと電話で話した日から佳代子さんは、この日が待ち遠しいような、やって来ないで欲しいような複雑な思いが続いている。まるで合格発表を待つ受験生のように、「早く『骨転移などではありません』と言って欲しい」

という気持ちと、「『骨転移だ』と言われたらどうしよう」という気持ちとの間で押しつぶされそうだった。

MRI検査は約40分で終わり、佳代子さんは整形外科の診察室に通される。医師は画像を示しながら言った。

「村山さんは以前乳がんの手術をしていますね。変形のある第1、2腰椎はどうも骨粗鬆症ではなく、乳がんの骨転移の可能性が高いです(*6骨粗鬆症と骨転移の区別)」

佳代子さんには、受け入れたくない告知だった。

「でも、外科の先生から『もう手術して10年経ったから大丈夫』って言われていたんですけど……。どうしたらいいでしょうか?」

「乳がんの問題と思われるので、乳腺外科のF先生の外来に行ってください」

こうして、佳代子さんはそのまま乳腺外科*7)に回ることになったのである。12年前に佳代子さんが手術を受けた消化器外科のO医師はすでに定年退職しており、D総合病院には2年前に乳腺外科が設けられ、専門医を迎えていた。

佳代子さんが診察室に入ると、いかにも真面目そうな表情のK医長はカルテに目を通しているところだった。そして、開口一番こう言ったのである。

「乳がんの骨転移なので、放射線照射が必要ですね(*8骨転移への放射線治療)。来週から放射線科で治療を受けてください」


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