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抗がん薬の副作用対策 より強度の高い治療も選択肢に

乳がん化学療法による発熱性好中球減少を防ぐ新薬

監修●上野貴史 板橋中央総合病院外科医師
取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2015年4月
更新:2016年8月

  

「医師も患者さんもよく考え G-CSF製剤を適切に使用する必要があります」と話す上野さん

抗がん薬を投与する際に、副作用として起こりうる好中球減少による発熱症状を対象とした新薬が承認された。より強い抗がん薬を使えるようになると期待する関係者も多いが、適応には慎重を期すべきとする意見もある。

作用時間の延長で より効果的な新薬登場

図1 発熱性好中球減少症(FN)発症に関するリスク因子

NCCN ver 1.2012 Myeloid Growth Factors

化学療法では、がん細胞だけではなく、細胞分裂が活発な骨髄や内臓粘膜など正常な細胞も攻撃されてしまう。その結果、副作用が生じるのだが、血液中の好中球の減少もその1つ。

好中球とは、白血球の45~70%ほどを占め、急性細菌感染症や真菌感染症から体を守る役割がある。この体を守る好中球が減ってしまうと、感染症のリスクが急激に高まる。中でも、発熱を伴う状態を発熱性好中球減少症(FN)といい、最悪の場合、死亡に至るケースもある。とくに表1のような患者さんはリスクが高い。

そのFNのリスクを低減させる新しい持続型G-CSF製剤「ジーラスタ」が日本で2014年11月に発売開始された。適応は乳がんだけでなく、消化器がんや泌尿器がんなどまで幅広い。

G-CSF製剤とは、遺伝子組み換え技術によって生産されるタンパク質製剤で、好中球の分化増殖を促進する。好中球が減っている状況を回復させるというわけだ。抗がん薬とともに支持療法薬として投与される。

FNリスクを減らすことで抗がん薬の投与量や投与スケジュールの調整が可能になり、より効果的ながん治療につながるとされる。G-CSF製剤としてはこれまでグランがあったが、それが進化した薬だ。

ジーラスタはG-CSFの1つであるフィルグラスチムに水溶性高分子のポリエチレングリコールを結合(PEG化)させたもの。PEG化したタンパク質は体内での分解が抑制されたり体外への排泄が減少したりするので、より長時間血液中に残存させることができ、作用時間の延長につなげられる。

乳がんの治療に詳しい板橋中央総合病院外科の上野貴史さんは、「米国では2002年に認可され、欧米ではずっと使われてきました。ようやく日本でも認可されたという感じです」と述べる。

従来品のグランは連日の皮下注射が必要だが、ジーラスタは抗がん薬投与終了の24時間以降に1回の皮下注射でグランを1週間程度連日投与したのと同等の効果があるとされている。PEG化されているため、体内で長く効くからだ。

ジーラスタ=一般名ペグフィルグラスチム(遺伝子組換え)注射液 グラン=一般名フィルグラスチム

予防的な投与には線引きが必要

上野さんはG-CSFの投与時期について説明する。

「G-CSFは、1次予防、2次予防、治療的投与という3つの使い方があります。日本ではこれまで、FNが発症したときに治療的に使用することがほとんどでした。発熱があっても、抗菌薬の投与だけで十分なことも多いのですが、患者さんのリスクが高かったり、全身状態(PS)が悪い場合などに使用を考慮する、という使用法でした。予防的な投与が少なかったのは、従来品のグランは、毎日病院に来て注射を受け続けなければならないことが非現実的だったことも大きな理由です。1回の注射で済む持続性のあるジーラスタが発売されたので、予防的投与がこれから可能になったといえます」

一方で、上野さんは警鐘も鳴らす。

「予防というのはとても魅力的なのですが、高価な薬剤(10万6,660円)なので過剰使用すると患者さんの負担はもちろん、国としての医療費が増大してしまいます。線引きが大切です」

レジメンで決まる適応の可否

まず、FNの定義から見てみよう。これは、世界各国により多少のバラつきがある(表2)。日本の診療ガイドラインでは、「腋窩体温が37.5度以上で、好中球数(ANC)が血液1μℓ(マイクロリットル)あたり500未満、または1,000未満で48時間以内に500未満を予測できる状態」と定義されている。

表2 主なガイドラインにおける発熱性好中球減少症の定義

ANC=好中球数

そして、ジーラスタの資料には「1次予防投与とは、抗がん薬治療の1コース目からFNを予防する目的で好中球減少や発熱を確認することなく投与すること」と記されている。つまり、FNを起こすかどうかわからない患者さんに投与するということなので、その適応をどのように決めるかが「線引き」ということになる。診療ガイドラインでは次のように定めている(図3)。

図3 G-CSF製剤の1次予防投与の評価

一般社団法人 日本癌治療学会編 G-CSF適正使用ガイドライン2013年版(金原出版)

推奨グレードA:FN発症率が20%以上のレジメンを使用する時

推奨グレードB:FN 発症率が10~20%のレジメンを使用する時、FN発症または重症化のリスクが高いと考えられる因子を持つ患者では考慮

推奨グレードD:FN発症率が10%未満のレジメンを使用する時には推奨されない

「問題となるのはFN発症率の値が報告者によって、かなり異なることがあることです。一般的にはそのレジメンが認可されることになった代表的なフェーズ3試験の値を参考にしますが、厳密に調べるほど、当然FN発症率は上がってきます。現在日本でもよく行われているTC(タキソテール+エンドキサン)というレジメンがありますが、このレジメンの有意性を証明した USoncologyという試験ではFN発症率は4.9%と報告されていました。ところが、ジーラスタの認可を得るため日本で同じレジメンでFN発症率を厳密に調べると69%に発現していることがわかりました。ここまで報告に差があることもあり、発症率といっても、どの報告から引用したかまでチェックする必要があります。

このように報告により幅はありますが、レジメンごとに大体何%くらいのFNリスクがあるかというデータがあります。乳がん治療では稀ですが、FNが原因で敗血症のため治療死することもあり得ます。FNリスクが20%以上ある薬なら予防的に使ったほうがいいという解釈です」

タキソテール=一般名ドセタキセル エンドキサン=一般名シクロホスファミド

ドーズ・デンス(dose-dense)療法、TAC療法に活路

上野さんは、適応の慎重さを強調しながら、予防的投与が本来の治療にも好影響を与えると指摘する。

「がんを治療するにあたっての強いレジメンを使うことが可能になります。まず、米国では標準治療の1つとして確立しているドーズ・デンス療法です。これは抗がん薬の投与期間を狭める(例えば3週間から2週間)ことで、がん細胞に薬に対する耐性ができる前に、一気に叩くという方法です。

また、TAC療法(タキソテール+アドリアシン+エンドキサン)はFN発症リスクが40%もあってこれまで使いにくかったのですが、ハイリスクで適応のある患者さんには、選択できるようになるだろうと思われます。これらのレジメンは臨床試験で、通常のレジメンより好成績が報告されています」

治療効果を期待しての投与に関しては、ガイドラインでも触れられており、「化学療法の強度を増強する目的での1次予防的投与」について、次のように記載している。

推奨グレードA:G-CSFの併用を前提に治療強度を増強したレジメンで、生存期間の延長が示されている場合に推奨

推奨グレードB:治癒もしくは生存期間の延長を目的とする化学療法において治療強度が低下すると予後が不良になることが示されている場合に推奨

推奨グレードC2:症状緩和を目的とする化学療法では推奨されない

アドリアシン=一般名塩酸ドキソルビシン

早期乳がんでは2次予防投与も考慮

G-CSFの2番目の適応である2次予防投与はどのように定められているのだろうか。ガイドラインによると、抗がん薬治療において前コースでFNが生じた場合などに、次のコースで予防的に投与することを2次予防と呼ぶ。FNが発症した場合、原則は次コースの薬剤投与量を減少させたり投与スケジュールを検討したりすることだが、早期乳がんなどでは抗がん薬の減量やスケジュール変更は治癒率を考えたときに望ましくなく、そのようなケースで2次予防投与が考慮される。

「私は、通常の乳がんレジメンの場合、感染すると危険な特別な患者さん以外では、1次予防投与でなく、2次予防投与で対処できると思います。乳がん患者さんの場合、状態のよい人ならFNが起きても重症化することはまずありませんが、2次予防投与で、より安全に予定通りのレジメンで治療できます」と上野さんは解説を加えた。

3番目の治療目的での投与はガイドラインでは「推奨されない」とされている。

予防は大切、でも適切な使用も大切 上野貴史さん 板橋中央総合病院外科医師

日本は安全・安心に敏感な国です。がん治療の副作用を予防できる薬剤が保険で使えるとなると、投与を望む方も多いと思います。しかし、予防というのは効果の判定が難しく、発症がなければそれでいいのですが、それがどれだけ薬剤のおかげかとなると、証明が困難です。

ガイドラインでは「FN発症率20%以上のレジメンを使う場合に推奨」という1つの線引きがありますが、この数字があいまいなこともあり、1次予防投与使用が増大することも考えられます。

現在では1回の投与で10万円ほどかかります。患者さんの負担は3割で、ほかの治療費と合わせた高額療養費制度を考えると負担上限額を超えた次元で投与されることもありますが、国としての医療費負担は増大します。また病院としては、投与することが利益につながるため予防という旗印の下、本来なら必要のない患者さんにまで過剰投与する恐れもあります。適応をしっかりと判断することが大切だと思います。

治療選択の幅が広がったのは大きな前進

これまでも、乳がん領域でのFNはありました。しかし、発症してからでも従来の薬によって数日で回復し、がんの治療に戻れるのが普通でした。FNのため、だいたい20~30人に1人が入院するというイメージです。これには、「安全第一」の日本では、FNの発症リスクが高い薬剤の投与認可量が、標準より低く設定されてきたという歴史も影響しています。

がんの治療という面から、抗がん薬の投与期間を短縮する方法や、TACのような強い治療法を選択するといったことが可能になるのは大きなことです。しかし、これらのレジメンの適応例についてはまだ議論があり、安易に治療の強度を上げるのではなく、本当に必要な症例を選択する必要があります。

G-CSFは、医師も患者さんもよく考えて適切に使用すればこそ、有効な薬剤だと思います。

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