小児がんの“心のサポーター”チャイルド・ライフ・スペシャリストの姿勢
「子どもたちを真ん中に置いた医療」黒子に徹して闘病生活を支える

取材・文:常蔭純一
撮影:板橋雄一
発行:2008年12月
更新:2013年4月

  
チャイルド・ライフ・スペシャリストの藤井あけみさん

静岡がんセンターの小児科は、規模的には小さいが、「子どもたちを真ん中に置いた医療」をきちんと行っている病院だ。これができているのには理由がある。
黒子に徹して子どもたちの闘病生活を支えているチャイルド・ライフ・スペシャリストと呼ばれる存在がいるからだ。 今回は、このスペシャリストにスポットを当てて、ルポする。


ボク、検査いやだなあ

写真:静岡がんセンター小児科

静岡がんセンターの4階東側に設置されている造血幹細胞移植病棟は、その名称から推測されるように血液がん専門の病棟である。治療の過程で患者さんの免疫機能が極端に低下することもあるため、人の出入りには厳重な感染予防対策が講じられている。二重に設けられたドアの間で面会者本人の体調チェックを行い、不要な荷物をロッカーに入れた後、石鹸での手洗い、さらに消毒剤を手に塗布し、ようやく入棟が可能となる。

20歳までの子どものがんを対象とした小児科は、この病棟の一角に設置されている。

感染予防の厳重さは、当然ながら、小児科病棟に入院している、免疫機能が不十分な子どもたちへの配慮である。

もっとも、小児科のプレイルームに足を踏み入れると、出入り口の重苦しさとはうらはら、どこか春の陽だまりを彷彿させるのどかな空気が漂っていた。部屋の片側には一般家庭のリビングルームに置かれているような低いテーブルにソファセットが置かれ、テレビに接続されたゲーム機もセットされている。

ある日、小児科を訪ねると、そのプレイルームで、子どもたちと大人たちがトランプ遊びに興じていた。

「ぼく、もうあと3枚しか残ってないよ」

「じゃ、もうすぐあがりだね」

1人の女性がどこかはにかんだような笑顔で、子どもたちと「ババ抜き」を楽しんでいる。その目が一転、真剣なまなざしになった。女の子が看護師から検査の準備が整ったと告げられたときだ。男の子のほうが「ボク、検査いやだなあ。前の病院のこと思い出すよ」と口にしたのだ。

「どうして検査が嫌なのかなあ」

女性はすかさず男の子に問いかける。「うん。あのときは痛かったからなあ……」と男の子は、前の病院での体験をポツリポツリと話し始めた。

そうして自らの体験を話すことで、心なしか、最初は強ばっていた男の子の表情が緩んでいくように見えた。

子どもの闘病を支える「心のサポーター」

チャイルド・ライフ・スペシャリストの青木睦恵さん

ぬいぐるみで遊んでいるうちに、いつしか子どもたちに「病気に向かう心」が育まれていく。チャイルド・ライフ・スペシャリストの青木睦恵さん

青木睦恵さん――。チャイルド・ライフ・スペシャリスト。耳慣れない職名だが、病気に向かい合う子どもたちの気持ちを支え励ます、いわば「心のサポーター」といえる。

アメリカ、カナダでは、すでに小児医療に不可欠の存在となっているが、日本では、独立した職種としてはまだまだ認められておらず、この仕事についている人たちはようやく20人を数える程度だ。青木さん自身もアメリカの大学で資格取得後、4年前から静岡がんセンターでこの仕事についている。

その意味では青木さんはパイオニアの1人。しかし、仕事について語る青木さんの表情に気負いはまったく感じられない。

「私が目立つ存在であってはいけないと思っています。治療の真ん中にいるのはあくまでも患者である子どもたち。私はその子どもたちや子どもたちの治療、看護に取り組む医師や看護師を支える縁の下の力持ちであり続けたい。実際、そういわれると嬉しく感じます」

仕事の拠点はプレイルーム

では、なかなか誰も気づくことのない小児科の縁の下で、青木さんはどのように病気と闘う子どもたちの気持ちを支え続けているのだろうか――。

静岡がんセンター小児科の1日は、午前8時30分から行われるミーティングによってスタートする。

日本のがん専門病院で小児科を設置しているところは国立がん研究センター中央病院など、ごく少数に過ぎない。

静岡がんセンター小児科病棟のベッド数は9床。ここに入院している子どもたちの多くは脳腫瘍、肉腫などのがん患者だ。

小児科医の石田裕二さん

素晴らしいパスがあるから的確な治療の方向性が浮かび上がる。小児科医の石田裕二さん

「率直に言って当センターの小児科に余力はほとんどない。そこで血液がんについては近隣のこども病院にお任せしているのが実情です。また当病院は陽子線治療と小児科を併設している数少ない施設なので、陽子線治療を受けるために入院する子どもたちも少なくありません」

と話すのは、たった1人で子どもたちの治療を引き受けている小児科医の石田裕二さんだ。

朝のミーティングでは、この石田さんをはじめ、その日の担当看護師、それに青木さんが定例メンバーとして顔を揃える。

青木さんはそのミーティングで、検査、診療など入院中の子どもたちのその日の予定を確認し、スタッフ全員でその日の行動について調整したうえでルームに足を運ぶ。

しばらくすると、入院中の子どもたちが母親や家族とともにルームに姿を現す。

「プレイルームにいるときは、子どもや家族が声をかけやすいようにのんびり見えるようにしています」

こうして、たおやかに青木さんの1日が滑り出していく――。

感情をストレートに表出する子どもたち

もっとも現実の仕事は、とても「たおやか」などと表現できるものではない。

子どもに対する治療やケアはそれ自体が大人に対するそれとはまったく様相を異にしている。当たり前のことだが、誰にとっても治療とはいえ、痛い思いはしたくない。子どもたちの中には、痛みを伴う処置やそのことに対して、不安を感じると感情をストレートに表出し、泣き、叫び、むずかる子もいる。そのため採血ひとつをとってみても、さまざまなサポートが必要になる。ましてや診断に関わるような検査、一定の時間、同一体位で行われる治療となると、気持ちの準備や体の状態を整えるのも難作業だ。

看護師長の藤井縁さん

子どもたちから医療のあり方を学ぶことも。看護師長の藤井縁さん

「MRIによる検査や陽子線治療では、わずかな体の動きで、検査や治療がうまくいかなかったり危険が伴うことがあります。場合によっては薬剤を用いて眠りについてもらいますが、決して好ましいことではありません。そこで医師、看護師、青木さんたちが、それぞれの子どもにあった説明を行い、子ども自身に治療に参加してもらえるように努力しています」

と、話すのは病棟師長で看護スタッフを束ねる看護師長の藤井縁さんだ。

とはいえ、子どもたちには理屈や言葉のテクニックが通用しないのも事実だ。藤井さんには以前、在籍していた病院で小児科に配属間もない頃、子どもに対する向き合い方について考えさせられた経験がある。

「担当していた3歳の女の子に、決められた時間通りに薬を飲んでもらおうとしたところ、待って欲しいといわれた。多少の時間のずれは大きな問題ではないので、了解したところ、『時間通りにちゃんと薬を飲んで、悪いところを治そうね、と言って欲しかった』とたしなめられたのです」

この1件で藤井さんは、子どもたちが自らをサポートするスタッフの姿勢を敏感に感じ取ることを学んだという。

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