晩期障害には正面から向き合い、医療と心で克服する
何より大切なのは命。過度に障害を恐れるな

監修:細谷亮太 聖路加国際病院副院長・小児総合医療センター長
取材・文:常蔭純一
発行:2006年8月
更新:2013年4月

  
細谷亮太さん 聖路加国際病院副院長
小児総合医療センター長の
細谷亮太さん

小児がんは、かつては「不治の病」と考えられていた。しかし、近年は医療技術の進展にともない、治癒率は飛躍的に向上した。だが、治癒率の向上は、時として多種多様の晩期障害の発症をもたらす。この晩期障害が現実に立ちはだかったら、治療は、そして家族はどう対処すればよいのか。聖路加国際病院の副院長で小児総合医療センター長の細谷亮太さんに、小児がんの現状と障害克服へのステップ、今後の見通しを取材した。


切実な術後の障害のリスク

東京近郊のベッドタウンに暮らすTさんは、今春、ある女子大に入学したばかりの18歳。もっとも、その若さにもかかわらず、肌はかさかさと乾き、髪にもつやがない。さらに恋愛願望がもっとも高まる年頃なのに、異性にもまったく興味を示すことがなかった。

原因はTさんが以前に患った病気にあった。Tさんは中学3年生のときに急性小児白血病を経験している。そのときに受けた抗がん剤治療の影響で内分泌機能に異常が起こり、子宮が萎縮、女性ホルモンの分泌が極端に低下していたのである。小児がんにレア・ケースとして見られる晩期障害の1例である。

「小児がんは大人のがんに比べると、ずっと治癒率は高いし、ほとんどの場合は治療した後も何の問題もなく暮らせます。しかし数パーセント程度の確率ですが、なかには治療が原因でさまざまな障害が残ったり、また治療が原因で2次がんが発生するケースも出てきます。しかし現在では医療技術が進歩しており、仮に障害が残ったとしても克服できる場合も多いものです」

こう語るのは、Tさんのケースを紹介してくれた聖路加国際病院の副院長で小児総合医療センター長でもある細谷亮太さんである。

もっとも患者であるこどもたちや両親にとってみれば、晩期障害の危険が切実な問題であることは言を待たないだろう。じっさいに晩期障害とはどんなものなのか。この障害はどのように克服されつつあるのだろうか。そのことにふれる前に、まずは小児がんという病気について概括しておこう。

大人とは異なるがんの発生機序

[小児がんの種類と頻度]
図:小児がんの種類と頻度

(大阪府がん登録より、0~14歳、男女計、1981~1689年、「がん看護」2003年1・2月号より)

小児がんとは、15歳以下のこどもに起こるがんを指しており、発症率は1万人に1人程度といわれている。大人のがんの発症率の数百分の1という程度である。

そのなかで、もっとも多いのは白血病や悪性リンパ腫など血液のがんで、全体の40パーセント前後を占めており、その後に20パーセント前後の脳腫瘍が続く。もちろん数はそう多くないが、大人のがんと同じように内臓や骨、筋肉にもがんができるケースもある。

しかし、がんが生じる部分は大人のそれとはまったく様相を異にしている。

「大人の場合は、内臓などにできるがんの90パーセント以上は表面の上皮から腫瘍が広がっていきます。一方、こどものがんでは逆に90パーセント以上が組織の深い部分に生じる肉腫と呼ばれる悪性腫瘍です。また、こどものがんでは、まだ特定の器官に分化していない細胞にがんが生じる場合もあり、この場合には○○芽細胞腫と呼ばれています」

かつては、こうした小児がんは「不治の病」と考えられており、現実に多くのこどもたちががんで命を落としていた。しかし1970年代を境に状況は大きく変化している。

「その頃から最初はアメリカで、こどものがんにも抗がん剤や放射線による積極的な治療が行われるようになり、治癒率が画期的に向上したのです。こどもたちは大人とは比較にならないほど強い免疫力を持っており、回復力にも富んでいるために集中的な治療が可能です。そうすることで、現在では治癒率は80パーセント近くにまで達しているのです。大人のがんは抗がん剤や放射線を用いても手遅れになりがちですが、こどもの場合には大半のがんを治すことができるのです」(細谷さん)

もっとも、そうして集中的な治療を行うことが、時として治療後の障害発生につながることがあるのも事実だ。そうした観点からみると小児がんの治癒率の向上と、晩期障害の発症は治療技術向上によってもたらされた光と影といえるかもしれない。

[小児がんは「治る病気」になってきた]

図:無病生存率
図:全生存率
1962年から1997年に、セント・ジュード小児調査病院において、2,255人の急性リンパ性白血病の子供たちに行った治療研究の追跡調査をもとに年代順に比較したグラフ。治療成績がこの30年で、非常に上がっていることに注目(ニューイングランドジャーナルオブメディスン誌)

多様そのものの晩期障害

では、じっさいに晩期障害とはどのようなものなのか。

こどものがんの場合にも、大人のそれと同じように外科手術、抗がん剤治療、そして放射線治療が主要な治療として用いられる。それらのすべてにさまざまな晩期障害が生じる危険がともなっている。

たとえば抗がん剤治療では、不妊などの内分泌障害、さらに心機能の低下などの心毒性の他に神経毒性の危険があることも知られている。具体的にはアルキル化剤でエンドキサンという薬には、男子の精細胞に異常を起こすことが確認されており、アントラサイクリン系の抗がん剤を用いた場合には、心機能に悪影響がもたらされることが知られている。

一方、放射線治療では、頭蓋に放射線を照射した場合には、中枢神経に異常が起こり、知的な側面で問題が生じたり、てんかん、運動障害、マヒなどが残ることもあり、脳の白質と呼ばれる部分に異変が生じる白質脳症という病気が起こることもある。細谷さんも参加しているTCCSG(東京小児がん研究グループ)では、小児がんを患った後、長期生存している人たち497人を対象とした調査を行っているが、男子の6.2パーセント、女子の6パーセントにさまざまな神経系の障害が残っているという。

また頭蓋、骨髄に対する放射線治療では、内分泌機能に異常が起こり、成長ホルモンや性ホルモンの分泌が極端に低下して、低身長、不妊などの問題が起こることも考えられる。

これら以外でも骨肉腫の場合には手術によって、体の一部の切断を余儀なくされることもあるし、幹細胞移植によってGVHD(移植片対宿主病)という免疫拒絶反応が起こることもある。また放射線や抗がん剤の影響で、後になって2次がんが起こる危険もないわけではない。

このように、ひとことで晩期障害といっても、多様このうえない。次頁の表はTCCSGが、これまでに報告された晩期障害についての文献をまとめたものだが、小児白血病という病気ひとつをみても、これだけの障害が想定されるのだ。

また、こうした身体面の障害とは別に心の障害が残ることもある。細谷さんはその1例として、こんなケースを紹介してくれた。

その男性は、現在ではすでに成年に達しているが、4歳のときに小児白血病を患い、治療の一環として、中枢神経予防の注射を脊髄に打たれ続けた。その治療の過酷さが心的外傷につながっているという。

「医療スタッフが心理的なサポートを行わなかったうえに、母親の対応も冷淡そのものだった。職業面でのキャリアが台無しになったと、こどもにあたっていたらしい。そうした周囲の対応の拙劣さで、そのこどもは精神的にズタズタに傷つけられ、治療経験がトラウマになってしまった。成人になってからも背中に触れられるだけで、パニックに陥るようになったのです。何年もカウンセリングを続けて、ようやく症状が軽減化の兆しを見せはじめています」

抗がん剤や放射線といった治療手段だけではない。ときには治療を進めるうえでの、人と人との関係も障害につながる危険をはらんでいるわけだ。

[小児がんが疑われる症状](小児がん発見のきっかけから調べたもの)

おなかが大きい。しこりがある(神経芽細胞腫、腎芽腫、リンパ腫、肝臓のがん:肝芽腫、卵黄などの悪性奇形腫:卵黄嚢がん)
おなか以外のからだの部分にある大小のしこり(リンパ腫、白血病、横紋筋肉腫、尾仙部奇形腫、睾丸腫瘍など)
眼球突出や顔の変形(神経芽細胞腫、白血病、横紋筋肉腫、リンパ腫)
朝の吐気を伴う頭痛(脳腫瘍)
ころびやすい、走れない、腰痛、しびれなどの神経症状(脳・神経腫瘍、神経芽細胞腫)
骨や関節の痛みやはれ(白血病、神経芽細胞腫、骨肉腫)
不明の発熱、なかなか治らないかぜ(白血病、神経芽細胞腫、リンパ腫)
鼻血や皮膚の紫斑などの出血傾向(白血病、神経芽細胞腫)
疲れやすさ、すぐれない皮膚の色、体重の減少(白血病、神経芽細胞腫など)
眼球の奥が光ってみえる、白っぽい目、斜視(網膜芽細胞腫)
血尿(腎芽腫)、血性のおりもの(腟横紋筋肉腫)
性早熟、にきび、多毛、男性化、肥満(副腎皮質がん、胚細胞性腫瘍、その他の脳腫瘍)
しつこい便秘(後腹膜腫瘍)や下痢(特殊な神経芽細胞腫)
胸部×線検査での異常の影や胸水(リンパ腫、悪性奇形腫がんの転移)
病的骨折、腸閉塞や虫垂炎の緊急手術をしたあと(骨腫瘍、リンパ腫)
「がん看護」2003年1・2月号より

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