それぞれの治療法のメリット、デメリットを理解し、自分に合った治療を
食道がんの治療をどう選ぶ? キーワードは「治療の組み合わせ」
国立がん研究センター東病院
臨床開発センター長兼
消化管内科長の
大津敦さん
虎の門病院
消化器外科部長の
宇田川晴司さん
2010年、小澤征爾さんと桑田佳祐さんが相次いで食道がんにかかったことを公表し、世間の注目が集まった。
食道がんは治療が難しく複雑で、ときには患者さん自身が治療法を選択しなければならない場合もある。
食道がん治療の最新動向と治療法を選択するときのポイントを解説する。
相次ぐ著名人の食道がん罹患の公表
2010年1月、指揮者の小澤征爾さんが、食道がんが見つかったことを公表した。さらに8月には歌手の桑田佳祐さんも食道がんの手術を受けたことを明らかにし、にわかに食道がんに対する世間の注目が集まった。8月1日、復帰記者会見に現れた小澤さんは元気な様子を見せた一方、食道の全摘手術を受けて15キロもやせたという体からは治療が大変なものだったことが画面を通して伝わってきた。
リンパ節に転移しやすく、治療が難しいとして知られる食道がん。治療法は、内視鏡治療、開胸や胸腔鏡・腹腔鏡による外科手術、抗がん剤による化学療法、放射線療法、それらの組み合わせなど多岐にわたる。前述の2人は手術という治療法を採ったが、食道がんには手術が1番適しているのだろうか。
国立がん研究センター東病院臨床開発センター長兼消化管内科長の大津敦さんはこう話す。
「ステージ(*)にもよりますが、食道がんの治療法の基本は手術であることは昔から変わっていません。ただ、今の食道がんの治療法は非常に複雑になっており、手術だけとか化学放射線療法だけということではなく、いろいろな治療法を組み合わせることが王道です。手術するにしても、手術前に抗がん剤治療を行う術前化学療法と手術の組み合わせという形が標準です」
*ステージ=病期。症状の進行度を表す。文中の「ステージ」はTNM第6版による
手術か化学放射線療法か? 注目を集めた臨床試験結果
もちろんステージによって治療法は違う。0、1期だと、がんの深さが浅ければ内視鏡的粘膜切除術、深ければ手術単独か化学放射線療法が選択される。
2、3期が1番複雑である。標準治療である術前化学療法+手術のほか、化学放射線療法をして、もしがんが残った場合にはサルベージ(救済)手術をする、残存や再発が食道の浅い部分に限られるならば、内視鏡的粘膜切除術や、レーザーを照射してがんを壊死させるPDT(光線力学的療法)を行うなどいろいろなパターンがある。
隣接臓器への直接浸潤(*)のある病変や4期の病変では、手術だけでは根治は難しいので化学放射線療法が治療の中心となることが多くなり、遠隔臓器転移のある4期病変には化学療法が治療の中心となる。
1番治療法が複雑である2、3期の治療法について興味深いデータがある。さまざまな臨床試験を行っている日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)の食道がんグループが、2、3期の患者さんを対象に、術前と術後に化学療法をした比較試験を2000~07年に行った。その結果、術後化学療法グループの5年生存率が38パーセントだったのに対し、術前化学療法グループは60パーセントと大きく差が開いたのだ。それまでは手術+術後化学療法が標準治療だったが、この試験結果を受けて術前化学療法+手術が標準治療となった。一方、同時期に行われた根治的化学放射線療法の臨床試験の結果、5年生存率は約40パーセントだった。
つまり、術前化学療法>術後化学療法=化学放射線療法という図式となったのである。これら2つの試験はそれぞれ独立したものなので、科学的に厳密にいえば比較すべきではない。しかし、切除可能な2、3期の食道がん対照という適格条件がたまたまほぼ同じだったため、術前化学療法+手術と根治的化学放射線療法の差が予想以上に開いた結果に注目が集まった。
「この結果を受けて、手術の有用性が見直され、多くの施設で手術が取り入れられるようになったのだと思います。しかし、気をつけていただきたいのは、手術自体が進歩したわけではなく、術前と術後の化学療法を比較して抗がん剤の効果の差が出たに過ぎないということです。この差の理由は、術後だと手術により体力が落ちていて抗がん剤治療ができない人が多いのに比べて、術前ならほとんどの人ができるためと考えられます」(大津さん)
*浸潤=がん細胞が周辺の細胞にしみこむように広がっていくこと
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