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副作用を抑えて化学療法の効果を最大限に引き出す
食道がんは術前化学療法で全身の微小転移を制御する

監修:矢野雅彦 大阪府立成人病センター消化器外科主任部長
取材・文:柄川昭彦
発行:2010年11月
更新:2019年7月

  
矢野雅彦さん
大阪府立成人病センター
消化器外科主任部長の
矢野雅彦さん

リンパ節転移が起こりやすい食道がんでは、手術前に化学療法を行う術前化学療法が標準治療となっている。
これにより、全身の微小転移を制御することで、生存率も高くなるという。
新しい多剤併用療法が模索されたり、副作用対策が工夫されたりと、着実に進歩を遂げている術前化学療法の最新情報を追ってみた。

リンパ節転移がある場合の標準的な治療法

食道がんは、リンパ節に転移しやすいがんとして知られている。大阪府立成人病センターの矢野雅彦さんによれば、胃がんや大腸がんと比べても、はるかに転移が起こりやすいそうだ。

「胃がんや大腸がんの場合、粘膜上皮で発生したがんが、その下の層である粘膜下層まで増殖しても、リンパ節転移は10人に1~2人くらいにしか起きません。ところが、食道がんで粘膜下層に達している場合、4~5割の人にリンパ節転移が起きていると考えていいでしょう」

そのため、手術が適応となる患者さんでも、手術だけで治すのはなかなか難しい。きれいに切除できたようでも、メスの及ばないところにごく小さな転移(全身性微小転移)があり、そこから再発してくることがあるからだ。こうした再発を防ぐために、手術と化学療法を組み合わせた治療が行われるようになった。

図1に示したのは、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)が行った〈手術単独群〉と〈手術+術後化学療法群〉の治療成績を比較した臨床試験のデータである。リンパ節転移がないと、両群の成績にはほとんど差がない。ところが、リンパ節転移がある場合には、手術だけより化学療法を加えたほうが治療成績がよかった。この結果が発表されて以降、術後の病理検査でリンパ節転移がある場合には、術後に化学療法を加えるのが標準治療となってきた。

[図1 手術に化学療法を組み合わせた治療の効果]
図1 手術に化学療法を組み合わせた治療の効果

P値=偶然差が出る確率 J Clin Oncol 2003

術後より術前のほうが生存率が向上する

手術後に化学療法を行う術後化学療法と、手術前に行う術前化学療法では、どちらが優れているかも同じくJCOGによって調べられている。この比較試験の結果を表したのが図2である。〈術後化学療法群〉に比べ、〈術前化学療法群〉のほうが高い生存率を示している。

[図2 術前化学療法と術後化学療法の効果]
図2 術前化学療法と術後化学療法の効果

2008年 ASCO

「どうして術前化学療法のほうがいいのか、はっきりしたことはわかっていません。1つの理由として、手術を受けると体力が低下するため、術後化学療法は完遂するのが難しいからではないかと考えられています。手術前なら元気なので、ほとんどの人が最後まで行えます」

もう1つ、この臨床試験は、厳密に言うと公平な比較になっていないという。〈術前群〉に振り分けられた人は全員が化学療法を受けているが、〈術後群〉に振り分けられた人は、必ずしも全員ではなく、手術でリンパ節転移が見つかった人だけが化学療法を受けている。リンパ節転移がない場合、化学療法を加えても効果がないことが明らかになっているための配慮なのだ。それにより、〈術前群〉にはリンパ節転移のない人も含まれている可能性があり、それが治療成績にも影響しているかもしれないのである。

厳密に言えば、議論の余地のある臨床試験データなのだが、この試験結果により、現在、食道がんの補助化学療法は術後より術前にやったほうがいい、と考えられるようになっている。

新しい多剤併用療法が模索されている

食道がんの術前化学療法で使われる抗がん剤は、5-FU(一般名フルオロウラシル)とシスプラチン(商品名ブリプラチンなど)が中心で、この2剤併用療法(FP療法)が標準治療となっている。前に紹介した臨床試験でも、術前や術後の化学療法にはこの2剤が使われていた。

大阪府立成人病センターでは、FP療法にアドリアシン(一般名アドリアマイシン)を加えた3剤併用療法(FAP療法)を行っている。3剤併用にすることで、よく効く人の割合が増える感触があるという。

「新しい流れとしては、アドリアシンの代わりにタキソテール(一般名ドセタキセル)を組み合わせた3剤併用療法(DCF療法)が注目されています。最近、タキソテールが食道がんの治療薬としても承認されたため、より強力な抗がん剤を組み合わせることで、これまで以上の効果が期待できるのではないかと考えられているのです」 現在は、手術できない進行再発食道がんを対象に、DCF療法の臨床試験が行われている段階だという。試験結果によっては、将来、この3剤併用療法が術前化学療法として行われるようになる可能性もあるそうだ。

1コース治療後に効果を評価する

術前化学療法は、FP療法でもFAP療法でも、2コース行うのが標準となっている。ただ、1コース終了した時点で、画像検査で化学療法の効果を評価し、2コース目を行うかどうか検討する。

「化学療法を行っても、効かない人が2~3割はいます。そのような場合には、2コース目を行わずに手術します。効果のない化学療法を行っている間に、がんが進行してしまうことも考えられるので、無駄な時間を費やさずに手術を行ったほうがいいからです」

1コース目で効果があったと評価された人は、2コース目も行った後、手術となる。効果を評価するための画像検査は、CTよりもPET()のほうが診断能力の点で優れているという。

「抗がん剤や放射線で治療したがん組織は、ボリュームが変わらないのに、細胞が死んでいることがあります。このような場合、CTだとがん組織があるのと同じような画像になりますが、細胞の代謝活動をとらえて画像化するPETでは、細胞がどれだけ死んだかがはっきりとわかります」

術前化学療法が効いたかどうかは、手術をした患者さんの予後()に大きくかかわっている。術前化学療法の結果が、CR(完全奏効)あるいはPR(部分奏効)だった〈効いた人群〉と、NC(不変)あるいはPD(進行)だった〈効かなかった人群〉で、手術後の生存率を比較したデータがある。図3のグラフがそれで、〈効いた人群〉は〈効かなかった人群〉に比べ、明らかに高い生存率を示している。

[図3 術前化学療法が効いた人と効かなかった人の予後比較]
図3 術前化学療法が効いた人と効かなかった人の予後比較

「術前化学療法が効かなかった人は、目に見えない微小転移が残っている可能性があります。そのため、手術しても再発する可能性が高いのです」

つまり、術前化学療法が効かなかった場合、手術を受けてもあまりよい結果は得られないことになる。そこで問題になるのが、それでも手術を受けるのか、ということだ。

このような患者さんに対しては、手術をしても予後がよくないことが、きちんと説明されている。しかし、低いながら治る可能性があるし、手術を超えるよい治療法もないため、術前化学療法が効かなかった人でも、ほとんどが手術を選択しているという。

PET=陽電子放射断層撮影
予後=今後の病状の医学的な見通し


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