渡辺亨チームが医療サポートする:食道がん編
サポート医師・大津敦
国立がん研究センター東病院
内視鏡部長
おおつ あつし
1958年生まれ。
83年東北大学医学部卒業後、いわき市立総合磐城共立病院内科研修医。
86年国立がん研究センター内科レジデント。
89年いわき市立総合磐城共立病院消化器医長。
92年より国立がん研究センター東病院勤務。
02年より現職。
専門は消化器内視鏡・消化器腫瘍内科
胸のつかえに悪い予感を感じ、クリニックへ駆け込んだ
藤野憲一さんの経過 | |
2002年 5月20日 | のどのつかえを自覚する。 |
5月21日 | 近医での内視鏡検査で「食道がんの疑い」と指摘される。 |
酒もたばこも好きな藤野憲一さん(56)は、ビールを飲んでいるとき、つまみが胸につかえるのを覚えた。
近所のクリニックで内視鏡検査を受けたところ、モニターに茶色の壁の中に白っぽいものが浮いているのが見えた。
藤野さんの背中にすっと冷たいものが流れた……。
つまみが胸につかえるように感じた
東京都足立区在住の会社員、藤野憲一さん(仮名・56歳)は2002年5月20日、仕事帰りに同僚2人と一緒にビヤホールに立ち寄った。注文した中ジョッキがやって来て、「お疲れっ」と乾杯する。が、そのあとにテーブルに届いたから揚げをつまんだとき、「あれっ?」と今までにない感覚を覚えた。のみ込んだから揚げが、胸につまるような気がする。さらにポテトフライも、胸の真ん中あたりでつかえたような気がして、「ヒック」としゃっくりが出かかった。それをビールで流し込んだ。仲間たちが次々つまみの皿を平らげ、ジョッキを空にしてしまったのに、藤野さんはまだ1杯目のジョッキにビールが残っている。
「どうしたんですか、藤野さん? いつもよりペースが遅いですね」
「うん、何だか食うものがのどに詰まるような感じがするんだ」
いったんジョッキをテーブルにおくと、藤野さんはセブンスターに火をつけ一服吸う。普段ならみんなより飲むペースも早く健啖家ぶりを発揮する藤野さんがそんな調子なので、あとの2人はお互いに顔を見合わせた。
「確かに変だよな。藤野さんがこんなにペースが遅いなんて」
「ひょっとしてがん?(*1食道がん)」
「そういえば、酒飲みの愛煙家は食道がんにかかりやすいとか言うからな(*2食道がんのリスクファクター)」
もちろん2人とも本気でそんなことを思っているわけではない。身長172センチ、体重65キロの藤野さんは、顔の色つやもよく、見た目には元気いっぱいである。日頃は週に1、2度はスポーツジムに出かけて中年太りの予防に努めているし、休日はよくゴルフや山登りにも出かけている。成人病健診もわりとまじめに受けていた。
しかし、藤野さんは同僚の口から「食道がん」という言葉が出てきた途端に、それが気になって仕方がなくなった。食べ物がつかえるような違和感がますます強くなったようで、ジョッキ1杯分は何とか飲み干したが、次に注文したジョッキを半分くらいまでしか空けていない。
「今日は何だか乗れない気分だな。お先に失敬するよ」
藤野さんはテーブルの上に5000円札を置くと、席を立ってしまった。2人はあっけに取られたような顔をしていた。
帰宅すると、妻の美智子さんが夕食の仕度をしている。ビヤホールではあまり食べなかったので、藤野さんは少しお腹が空いていた。
「今日は晩酌はいらないから、すぐ飯にするよ」と言うと、美智子さんは、「まあ、珍しいこともあるものね」と返す。
が、藤野さんが一口味噌汁をすすると、胸骨の裏側が焼けるような感じがした。そして、ご飯を食べるとやはり胸につかえるような感覚を覚える(*3食道がんの症状)。
「この前、駅前に内視鏡クリニックができていたよな」
美智子さんにこう確認する。
「ええ、友愛クリニックでしょ。できてからまだ1カ月も経っていないわよ。どうしたの?」
「うん、ちょっと食べるものがのどにつかえるんだ。気のせいだと思うけれどね。今年は会社の定期健診も受けていないから、ちょっと明日検査してもらおうかと思ってね」
「やだわ。ちゃんと明日の朝寄って診てもらってよ」
茶色の壁に白っぽいものが……
5月21日、藤野さんは妻に「検査を受けるから朝食は要らない」と告げ、8時半に家を出た。そして、駅前の友愛クリニックを訪れ受付で、「予約なしで食道の内視鏡検査を受けられるか?(*4食道がんの検査)」と尋ねる。看護師が「朝食は摂られましたか?」と聞くので、藤野さんは「食べずに来ました」と答えた。「ちょっと院長に聞いてみますね」と奥の診察室に入った看護師は、まもなく戻って来て、「すぐ受けていただけます。保険証はお持ちですか?」と言う。
藤野さんは、「ではお願いします」と健康保険証を提示する。そして、「ちょっと会社に電話します」と言い、電話で会社に「午前中は休むから」と伝えた。
続いて看護師から、「では中へどうぞ」と診察室へ案内される。まだ30歳代と思われる院長のS医師は、いかにもまじめそうな人物だった。「どこか具合が悪いところがおありですか?」と丁寧な言葉で藤野さんに聞く。藤野さんは胸のつかえや熱いものを食べたときの刺激感などの自覚症状について報告し、「もしかしたら食道がんではないかと思って」と話した。
食道の内部を診る内視鏡
「食道がんはあまり自覚症状で見つかることはないのですが、ずいぶん繊細でいらっしゃるんですね。でも、ご自分の体に関心を持つのは大事なことです。内視鏡の検査をしましょう」
S医師はこう言う。そして、「これはのどの麻酔です。30秒ほど口の中に溜めておいてから呑み込んでください」と、のどに薬剤をスプレーした。まもなくのどの感覚がなくなると、医師はそれを確認し、「では、診察台へ」とうながす。藤野さんは仰向けに横たわった。
内視鏡が入れられるとき、胃の検査を受けたときのように「おえっ」となりそうになるが、すぐに落ち着いた。やがて藤野さんはモニターに食道が映し出され、カメラが奥へ進んで行くのを確認する。
藤野さんが何やら赤いものが見えたと思ったところでカメラは止まった。胸の食道壁に黒っぽい染色剤が吹きかけられるものが見えた。S医師が声をあげる。
「あっ、これがひっかかっているのかもしれませんね」
藤野さんがモニターを凝視すると、茶色に染まった壁に白っぽいものが浮き出ているのがわかった。「腫瘍かな?」と思うと藤野さんは背中にすっと汗が流れたように感じる。そして、そこに小さなハサミのようなものが届き、その腫瘍のようなものをつまんだ。一瞬胸の中で引っ張られるような感覚があったが、痛みはなくつまみとったあとに少々出血しているのが見えた。
「はい、終わりましたよ」
10分ほどの検査が終わり内視鏡が口から抜かれる。藤野さんは診察台から降りた。
「気になるところがあったので、組織を採取して顕微鏡検査をします」
藤野さんは「あー、さっき取ったやつだな」と思った。
「では来週月曜日に検査結果をお話しします。うちは7時までやっていますから会社の帰りにでもお寄りください」
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