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渡辺亨チームが医療サポートする:腎臓がん編

取材・文:林義人
発行:2007年1月
更新:2019年7月

  

サポート医師・篠原信雄
サポート医師・篠原信雄
北海道大学大学院
腎泌尿器外科助教授

しのはら のぶお
1984年北海道大学医学部医学科卒業、同泌尿器科講座・研修医に。
1985年苫小牧市立総合病院泌尿器科、
87稚内市立病院泌尿器科勤務、
89年アメリカ合衆国ミシガン大学泌尿器科 Visiting researcher、92年同助手、99年同講師、05年より現職

血尿で異変が発覚。専門病院で「腎臓がん」と確定診断

 山田陽一さんの経過
2003年
3月10日
血尿に気づき内科クリニックで超音波検査を受ける。右腎臓上部に影発見
3月14日 大病院泌尿器科で「腎臓がん」と診断。要手術

会社員の山田陽一(55歳)さんは、ある朝、目覚めとともに血尿に気づき、近くの内科クリニックを受診。エコーによる検査で右腎臓上部に影が見つかり、血尿も確定的だった。

直ちに紹介された専門病院でCTやMRIなど様々な検査を受けた結果、担当医は腎臓がんを告げる。

腎臓がんは抗がん剤や放射線が効きにくいと言われるが、果たしてこの先、山田さんはどんな治療を受けていくのだろうか。

血尿で受診すると「がんの疑い」を指摘

2003年、55歳の会社員山田陽一さんは、3歳年下の妻・貴子さんとともに北海道のK市に住んでいた。すぐ隣の家に公務員の27歳の長男・肇さんと同い年の妻・久美さん、2歳の長女・真美ちゃんが住んでいる。

山田さんは30代で禁煙したが、飲酒の習慣は若い頃からあり、毎日、日本酒2合程度の晩酌をたしなんでいる。身長172センチ体重75キロでやや太めだが、ゴルフや山登り、ハイキングなどで日ごろは比較的よく体を動かしているほうだった。

3月10日朝7時頃、尿意を催して目覚めた山田さんは、すぐにトイレに駆け込む。何気なく便器をのぞき込んだとき、ハッと息をのんだ。そこが薄い赤色に染まっていたのだ。

「血尿じゃないかな。これはまずいぞ」

トイレを出るとすぐに朝食を準備中の貴子さんに「血尿らしい」と報告をした。

「まあ、大変。どうしたのかしら?」

貴子さんは大きな声を上げる。あまりに驚いた様子なので、山田さんのほうがあわてた。

「いや、まあ、体調がちょっと悪いだけだろ。今日は会社で会議があるから行けないけど、時間ができたら植田先生のところに寄るから」

山田さんはそう言って、かかりつけ医の名前を挙げたが、貴子さんが納得しない。

「だめ、だめ。今日行かなければ。もし悪い病気だったら、どうするのよ?」

山田さんはその声に気圧される。貴子さんはその場で隣家の長男に、「朝、仕事に行くとき、父さんを植田内科まで車に乗せていって」と電話をした。山田さんは「会社に遅れることを電話するしかなさそうだ」と諦めると、まずテーブルの上の朝ごはんをかき込んでから出かける仕度をする。

「お久しぶりですね。どうなさいましたか?」

植田内科を訪れると、植田幸一院長は顔なじみの山田さんににこやかな表情で聞く。

「今朝小便をしたら、血らしいものが混じっていましてね。ほかに具合が悪いわけではないのでたいしたことはないと思いますが、うちのがどうしても『すぐに植田先生に診てもらえ』というもので」

写真:腹部エコーのモニター画像
腹部エコーのモニター画像

「そうですか。お顔を見るとお元気そうに思えますけどね。ただ、やっぱり心配なのは腎臓や膀胱、前立腺のがんですね(*1血尿の原因)。とにかくエコーで見てみましょう」

山田さんはお腹を出して診察台に横になるようにうながされる。すぐに腹部にプローブ(探触子)が当てられ、モニターに画像が映し出された。植田院長の声がする。

「膀胱は何ともないようですね」

が、プローブがちょっと上のほうに動かされたとき、こう指摘されたのだ。

「おや、右側の腎臓の上のほうに何かあやしい影が見えますよ(*2腹部超音波検査でわかること)」

エコーの検査のあと、医師は「では、ちょっとおしっこを採ってきてください」と山田さんに紙コップを渡した。すぐに採尿してくると、医師はそれを顕微鏡でのぞいて話した。

「ああ、やっぱり尿に血が混じっているようですね。これはがんの専門病院へ行ってもらったほうがよさそうだな」

がん専門病院で腎臓がんと確定診断

右腎臓の上部に影があることを指摘された3日後の3月13日、山田さんは植田院長から渡された紹介状と超音波画像を持ってがん専門の公立S病院を訪れた。山田さんは、「がんではないことがわかるように」と、祈るような思いで泌尿器科外来の待合室で30分ほど待つと声がする。

「山田さん、どうぞ」

診察室に入ると、中には40代半ばくらいで山田さんと同じような体型の医師がにこやかな表情を浮かべて待っている。

「大内と申します。どうぞお掛けください」

医師に促されて山田さんは腰を下ろした。

「早速ですが、植田内科さんから送られてきた画像を見ると、やはり腎臓がんを疑わなければなりません。精査する必要がありますね(*3腎臓がんとは)」

山田さんは、「やっぱり!」と縮み上がりたくなる思いである。

「ちょっと背中をさわってよろしいですか?」

医師は山田さんに椅子を回転させて背中を向けるよう促し、そこをちょっと押してみる。

「痛くはないですか?」

「いえ、とくに痛みは感じませんが」

さらに、医師は山田さんの自覚症状についていろいろと問診をした(*4腎臓がんの症状)。そして、このあともCTやMRIなど様々な検査が続いたのである。

翌14日、山田さんは再びS病院泌尿器科を訪れる。前日大内医師から「明日検査の結果をお伝えしますから、できればご家族と一緒にお越しください」と伝えられており、貴子さんを伴っていた。日ごろ口うるさい貴子さんも、待合室では山田さんと同じように神妙な顔つきで押し黙っている。

名前を呼ばれて診察室に入ると前日と同じように大内医師は、柔和な表情で待っていた。山田さんの後ろに続く貴子さんを見て医師は挨拶をする。

「ああ、奥さんですね? こんにちは」

「あ、先生、よろしくお願いいたします」

貴子さんも深々と頭を下げる。

山田さんが腰を掛けるまもなく、医師は机のわきのシャーカステンの前に下がっている画像を示しながら、こう話した。

「CT検査でもほぼ右の腎臓ががんであることは間違いと診断できます。手術が必要ですね(*5腎臓がんの診断)」

右側の腎臓の摘出を勧められる

[腎臓がんのリスクファクター]

    はっきりしているリスク

  • 喫煙
  • 肥満(とくに女性)

「どうして私は、そんながんにかかってしまったのでしょうか? タバコもずっと前にやめたし、酒もそれほど大酒を飲んでいるわけではありません。食べ物の好き嫌いもそんなにないし……(*6腎臓がんのリスクファクター)」

がんを告知された山田さんは、大内医師にすがるように聞いた。自分ががんになったという事実をどうしても受け入れたくない気持ちがあったのだ。

「そうですねえ。腎臓がんの原因については、いろいろな可能性が考えられていますが、正確なことはまったくわかっていません。それにもうがんになってしまったわけですから、原因を考えても仕方ないですね。ここではどう治療を進めるかということが大切でしょう」

少し落ち着きを取り戻した山田さんは、「確かにおっしゃる通りですね」とうなずいた。

「先生、やっぱり手術は必要なのですか? 切らないで治すというわけにはいきませんか? 今は抗がん剤とか放射線とか、いろいろな治療法があるのではないのですか?」

貴子さんがわきから聞いた。それに対しても、大内医師はとくに不愉快そうな様子を見せることもなくていねいに答える。

「腎臓がんはほかの臓器のがんとはいろいろ違っているところがあって、抗がん剤や放射線の効きにくいがんなのです。現在のところは、がんを手術で摘出するというのが最も確実な治療法です。ほかにも一部の病院で、冷凍療法やラジオ波焼灼療法という特殊な治療法をしている病院もありますが、手術に勝る治療成績は認められていません(*7腎臓がんの治療法選択肢)。それから、腎臓がんは比較的ゆっくり進行するがんが多いので、もしがんが1センチくらいなどの小さなものだったら、すぐには手術しないで観察するという手もあります。ところが、山田さんのがんは画像から判断すると5~6センチ以上はありそうなので、やはり右側の腎臓を摘出する手術が必要だと思います(*8凍結療法とラジオ波焼灼療法)」

「でも、先生、手術して確かに命が助かるものなのでしょうか。がんの手術をしても結局すぐに再発して死んでしまう人もいますが……」

山田さんは、つい先ごろ、胃がんで亡くなったかつての同級生のことが頭に浮かんだのだ。その友人はがんとわかってから、わずか半年の命だった。

「山田さんの場合、画像では他臓器への転移はなさそうなので、手術は再発を予防する上で確実に意味があると思います。もちろん手術をしてみて転移が見つかる場合もあるし、すでに目には見えない転移をしていて、いずれがんが出てくる可能性もありますが、腎臓がんの場合、それでも原発の病巣を切除しておくことは、進行を抑える上で意味があると考えられているのです。(*9腎臓がんの原発巣手術の意味)」

山田さんは医師の熱心な話し方を聞いているうちに、少しずつ手術を受け入れる気持ちになっていった。医師はさらに続ける。

「3週間後の4月5日に病室が空く予定ですから、できれば今日入院の予約をされることをお薦めします」


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