非扁平上皮がん患者さんに対する維持療法 進行肺がんに新たな選択肢をもたらした維持療法
進行した肺がんではこれまで、導入治療(1次治療)で抗がん薬の併用化学療法や化学放射線療法を終えると次の手が少なかった。しかし、最近は導入療法で腫瘍サイズの縮小や症状の改善がみられた患者さんを対象に、引き続き維持療法が行われるようになり、生存期間の延長などが認められている。
高齢者が多く、腺がんが60%以上
最近の厚生連高岡病院での肺がん患者数推移をみると全体に増加しているが、年齢別で増えているのは主に75歳以上の高齢者で、80代後半、90代も増加傾向にあるという。
また、肺がんは顕微鏡でどのような細胞から成り立っているか(組織型)によって治療方針や効果などが異なる。まず、比較的小さな細胞から構成される
「小細胞肺がん」と、その他の組織型を一括りにした「非小細胞肺がん」の2種類に分けて治療を考える。肺がんの約85%は非小細胞肺がんである。
非小細胞肺がんは、「扁平上皮がん」、「腺がん」、「大細胞がん」等からなる(表1)。
同院総合的がん診療センター長・腫瘍内科部長の柴田和彦さんによると、同院での組織型別件数では腺がんが増加しており、全体の約6割を占めている。一方、喫煙との関連が深いとされる小細胞がんや扁平上皮がんは、以前より減少傾向にある。
Ⅳ期は組織型とEGFR遺伝子変異で治療法を選択
肺がんの大部分を占める非小細胞肺がんの治療は、がんの進行段階の指標である病期や組織型によって異なっている。
早期段階のⅠ、Ⅱ期はまず手術でがんを切除し、切り取った組織を調べ、それ以降の治療方針を立てる。
次に病状がより進んでいるⅢA期またはⅢB期で、とくに両肺の中間(縦隔)にあるリンパ節が腫れている場合は、そこまでがんが及んでいる可能性があるので、抗がん薬による化学療法と放射線療法を同時に行う化学放射線療法が標準治療となっている。
75歳以下では、シスプラチン*とTS-1の併用療法に、75歳以上の高齢者では、連続20日間のカルボプラチン*の注射に、それぞれ連続30回の放射線療法を同時に併用して行う治療法の成績が良かったという報告があるため、同院ではこの方法を行っている。
最後に転移があるⅣ期の患者さんは、組織型が扁平上皮がんなのか、それ以外なのか、また、がん組織にEGFR遺伝子変異があるかないかで治療法が異なる。
扁平上皮がんはアリムタ*、アバスチン*、イレッサ*が基本的に使えないので、それ以外の抗がん薬が選択される。
比較的若い患者さんの場合は、シスプラチンとジェムザール*の併用療法を行う。やや高齢の患者さんはカルボプラチンと比較的新しい薬のアブラキサン*の併用が選択される。80歳以上の高齢者は通常、タキソテール*やジェムザールなどの単剤治療を行う。
次に扁平上皮がん以外のがんでEGFR遺伝子変異があれば、ほとんどの場合、導入治療にはイレッサもしくはタルセバ*が使われる。
一方、EGFR遺伝子変異がない場合の化学療法は、プラチナ製剤*とアリムタの併用が標準で、大血管へのがんの浸潤、大きな空洞を伴うがん、以前に喀血したことがある、血栓症があるなど、使えない理由がなければアバスチンを追加する。
ただし、高齢者の場合は扁平上皮がんと同様の治療を行うが、単剤治療の場合はアリムタを使うことが多い。
*シスプラチン=商品名ランダ/ブリプラチン *カルボプラチン=商品名パラプラチン *EGFR遺伝子=EGFRは上皮成長因子受容体の略。この受容体は上皮成長因子(EGF)と結合することで細胞の増殖や成長を調節しており、この遺伝子に変異があるとEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(TKI:イレッサなど)が効きやすいことがわかっている *アリムタ=一般名ペメトレキセド *アバスチン=一般名ベバシズマブ *イレッサ=一般名ゲフィチニブ *ジェムザール=一般名ゲムシタビン
*タルセバ=一般名エルロチニブ *アブラキサン=アルブミン懸濁液型パクリタキセル(通常のパクリタキセルがアルコール溶解性なのに比べ、水溶性なので薬剤調製が簡便)
*タキソテール=一般名ドセタキセル *プラチナ製剤=白金を主成分とする抗がん薬で、シスプラチンやカルボプラチンなど語尾にプラチンと付くものは全てこの仲間
副作用がマイルドなアリムタ維持療法
肺がんの分野では、この数年で維持療法というものが注目されるようになった。
これは最初の導入療法が終了した時点で、がんの進行がみられなかった患者さんに対し、その状態をなるべく長く保ち、進行や転移をできるだけ遅らせるために行われる治療である。
肺がんの中でも最も多い腺がんを中心とする非扁平上皮がんでは、アリムタの単独またはアバスチンとの併用が一般的で、通常はがんの進行が起こるまで行われる。
柴田さんによれば、アリムタという薬は単独使用した場合、自覚症状としての副作用が軽微で、極端な血液毒性*が出ることも少ない。したがって、導入治療である程度の副作用を経験した患者さんでも、維持療法を勧めやすいという。
海外で行われたPARAMOUNT(図2)や日本で実施されたJACAL(図3)という臨床試験では、アリムタによる維持療法が、がん以外の全ての疾患による死亡までを含めた全生存期間(OS)や、病勢の進行がない状態での生存期間である「無増悪生存期間(PFS)」を改善することが示されている。
同院では現在、全ての肺がん患者さんで維持療法を行っているわけではなく、導入療法が終了した時点でがんの進行がなく、なおかつ患者さんの全身状態(PS)が比較的維持されていて、患者さんも治療に対する意欲がある場合に勧めている。
また、どこまで続けるかに関しては、必ずしも病勢進行(PD)まで続けるべきものではなく、患者さんと相談しながら中止時期を決めているが、維持療法開始後2年以上経っても良好な状態を保っている患者さんもいる(画像4)。
*血液毒性=白血球、好中球、血小板の減少と貧血などを指す
主な副作用はむくみやだるさ
アリムタ単独またはアバスチン併用維持療法による副作用には個人差がある。
アリムタ単剤維持療法の場合、問題となるのは、頻度は多くないもののむくみ(浮腫)で、それ以外には徐々に進む貧血やだるさなどがある。むくみに対しては通常、利尿薬が投与される。むくみで維持療法を中止する患者さんは非常に少ない。
また、アリムタの単独投与で腎機能低下が起こることはほとんどないが、アバスチンを併用すると尿中のタンパク量が徐々に増して、維持療法を中止することもあるそうだ。
柴田さんは肺がん維持療法について「現時点で標準治療になりつつある」としながらも、全ての患者さんに行わなくてはならない治療ではなく、患者さんとの話し合いを十分した上で、実施するかどうかを決めるべきとの意見である。
将来の職場復帰に向けて資格取得の勉強中!
富山県高岡市在住の佐藤さん(仮名)は37歳で喫煙歴有り。製造業関係の会社で総務課の事務をしている。家族構成は両親と妹の4人暮らし。2年前に肺がんと診断され、1年余りは仕事を続けながら治療を受けていたが、数カ月前に後輩への業務引き継ぎが終わった時点でしばらく休職することにした。現在、アリムタによる維持療法中で体調も良く、自動車を運転して時々家族旅行にも出かけられるくらい元気だ。
健診で肺の異常を指摘される
佐藤さんが肺がんと診断されるきっかけになったのは、2011年6月に受けた会社の定期健診での胸部レントゲン(X線)検査。
「技師さんに風邪をひいていますかとか、咳は良く出ますかなど、今まで聞かれたことがなかった質問を受けました」
その2~3日後に精密検査を受けるようにとの通知が来て、近くの総合病院でCT検査、厚生連高岡病院で1泊の気管支内視鏡による肺組織検査(生検)を、さらに画像診断センターにてPET検査を受け、Ⅳ期の肺がんと診断され、副腎への転移も見つかり、担当医から厚生連高岡病院の柴田和彦さんを紹介された。
副作用は初期の食欲低下、便秘など軽度
佐藤さんの導入療法はパラプラチン、アリムタ、アバスチンの3剤併用6コースで、終了後はアリムタとアバスチンの2剤による3週に1回の維持療法に切り替えて現在に至っている。最初は不安だったというが、3剤併用による導入療法もそれほど副作用はきつくなかったという。
「最初はちょっと食欲が落ちるのと便秘になる。それにしゃっくりが出るくらいで、ドラマのように毛が抜けるとか吐き気などは全くありませんでした」
ただ、アリムタ、アバスチンの2剤でしばらく維持療法を行っていたが、最近「タンパク尿」が出るようになり、アバスチンのみを休薬して、タンパク尿が減るのを待って再開した。
「現在、肺の腫瘍はCTでも非常に小さくなっていて、レントゲンでは影がペチャンコになっています」
導入療法、維持療法とも、高額医療費制度を使うことで前者は、8万円程度(最初の3カ月)、後者は、4万4,400円ほどかかった。
最後に、同じ病気で苦しむ患者さんたちへのアドバイスを伺うと「私は会社の定期健診で病気が見つかったわけですが、その前年には何も徴候がなかった。たった1年でⅣ期まで進んでしまったわけです。ですから、毎年の健康診断は必ずきちんと受けたほうがよいと思います」
さらに、健康時にがん保険等に入る際には、最近では外来治療が増えているので、通院治療をカバーできるものを選択するこしたことはないと話した。
最近の佐藤さんは、自ら会社へ休職願を出し、仕事へ復帰した際に活かせる資格取得のため勉強中である。
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