上皮成長因子受容体遺伝子変異陽性の肺がん治療に期待の効果! 分子標的薬の適応拡大で肺がん治療はさらに一歩前進する
話す岸 一馬さん
個別化医療の流れの中、急速に進歩する肺がんの薬物治療。2013年6月から、分子標的薬の1つで上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬に分類されるタルセバが、上皮成長因子受容体遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんの1次治療に使えるようになった。進行再発肺がんの治療選択肢が1つ増えたことになる。その効果は、副作用は、どのように治療法を選べばいいのか、専門家に聞いた。
進行再発の肺がんには全身の治療が必要
がんの治療法は、手術、放射線療法、化学療法(薬物療法)が3本柱とされている。それは、肺がんの治療にも当てはまるという。虎の門病院の岸一馬さんは、次のように説明してくれた。
「この3つの治療法のうち、手術と放射線療法は局所療法です。局所療法とは、がんがある範囲にとどまっている場合に、それを取り除く治療法です。一方、抗がん薬を用いる薬物療法は全身療法です。がんが局所にとどまらず進行した患者さんや手術後に元の部位から離れて再発した患者さんは、血管やリンパ管を通って肺がんが転移している状態と考えられます。このような患者さんには、全身療法としての薬物療法が必要になるわけです」
現在、肺がんの薬物療法は急速に進歩しており、新しい治療法が次々と登場している。2013年のニュースは、分子標的薬の*タルセバが、上皮成長因子受容体(後述)遺伝子変異陽性非小細胞肺がんの1次治療で使用可能になったことである。従来は2次治療以降で使われていたが、6月からは1次治療でも使用できるようになっている。
*タルセバ=一般名:エルロチニブ
個別化治療が進み 遺伝子検査が行われる
肺がんの薬物療法は、個別化治療が進んでいる。同じ肺がんでも、遺伝子のタイプに応じて、最もふさわしい治療が行われるようになっているのだ。
「以前の肺がんの分類は、がん組織を顕微鏡で見て診断する組織型によるものだけでした。現在は、がん細胞の遺伝子の状態も調べ、その結果によって治療法を選択する時代になっています」
組織型による分類は、まず「小細胞肺がん」と「非小細胞肺がん(NSCLC)」に分けられる。小細胞肺がんは全体の約15%、非小細胞肺がんは約85%を占めている。
非小細胞肺がんは、主に「腺がん」「扁平上皮がん」「大細胞がん」の3つからなる。現在の肺癌診療ガイドラインでは、非小細胞肺がんを「扁平上皮がん」とそれ以外の「非扁平上皮がん」に分けている。「非扁平上皮がんと診断されたら、がん細胞の遺伝子を調べる検査を行います。その結果によって、使用できる薬剤が決まるのです」
検査するのは、上皮成長因子受容体(EGFR)の遺伝子変異と未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)の遺伝子転座である。これらの遺伝子に変異や転座がある場合(陽性という)には、それに応じた治療薬が使えるからである。
非扁平上皮がんで最も頻度が高い組織型は腺がんだが、その半数あまりで上皮成長因子受容体遺伝子変異が陽性になっている(図1)。
「上皮成長因子受容体遺伝子変異の陽性率は、東洋人では高く、欧米人では低いことが知られています。変異陽性だと、タルセバや*イレッサを使った治療が行えます」
ALK遺伝子の転座に関しては、陽性だと*ザーコリという薬剤を使用することができるという。ただし対象となる患者さんは、腺がんの約4%とあまり多くはない。
*イレッサ=一般名:ゲフィチニブ *ザーコリ=一般名:クリゾチニブ
タルセバやイレッサは このようにして効く
上皮成長因子受容体遺伝子変異が陽性の場合に使われるタルセバやイレッサは、上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬(以下、EGFR-TKIとする)というタイプの薬だ。この薬は、次のようにして効果を発揮する。
肺がん細胞の表面には、上皮成長因子受容体が発現している(図2)。細胞膜を貫く形になっているのだが、細胞内のチロシンキナーゼという領域に、ATP(エネルギーを蓄えた物質)が結合すると、細胞の核に向かって、細胞増殖を促す信号が伝えられる。タルセバやイレッサのようなEGFR-TKIは、ATPが結合するのを阻害することで、増殖を促す信号が送られるのを防ぐのである。
上皮成長因子受容体の遺伝子変異が陽性の場合は、常に腫瘍増殖の信号が出ている状態になっている。このとき、ATPの結合部位の構造が変化して、EGFR-TKIはATPより優先的に結合しやすい形になっており、がんの増殖の信号が送られるのを強力にブロックするのである。
「タルセバもイレッサも、効果を発揮するメカニズムは同じです。従来は、1次治療にはイレッサしか使えませんでしたが、今年からタルセバも使えるようになり、治療の選択肢が増えています」(表3、表4)
(進行再発の非扁平上皮非小細胞肺がん)
(肺癌診療ガイドラインに準じた虎の門病院呼吸器センター内科の治療方針)
※タルセバについては、2次治療以降は上皮成長因子受容体遺伝子変異の状況にかかわらず治療可能
同じカテゴリーの最新記事
- 薬物療法は術前か、それとも術後か 切除可能な非小細胞肺がん
- Ⅳ期でも治癒の可能性が3割も! 切除不能非小細胞肺がんの最新治療
- 肺がん治療の最新トピックス 手術から分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬まで
- 遺伝子変異を調べて個別化の最先端を行く肺がん治療 非小細胞肺がんのMET遺伝子変異に新薬登場
- 分子標的薬の使う順番の検討や併用が今後の課題 さらに進化している進行非小細胞肺がんの最新化学療法
- 肺がんⅢ期の化学放射線療法後にイミフィンジが効果 放射線副作用の肺臓炎をいかに抑えるかが重要
- 体重減少・食欲改善の切り札、今年いよいよ国内承認か がん悪液質初の治療薬として期待高まるアナモレリン
- 肺がんに4つ目の免疫チェックポイント阻害薬「イミフィンジ」登場! これからの肺がん治療は免疫療法が主役になる
- ゲノム医療がこれからのがん治療の扉を開く 遺伝子検査はがん治療をどう変えるか
- 血管新生阻害薬アバスチンの位置づけと広がる可能性 アバスチンと免疫チェックポイント阻害薬の併用が未来を拓く