アバスチンの併用で奏効率が高まり、病状の悪化を防ぎ、生存期間も延長した
切除不能な進行・再発非小細胞肺がんの最新薬物療法
呼吸器内科部長の
里内美弥子さん
昨年の11月から、分子標的薬の「アバスチン」が、扁平上皮がんを除く切除不能な進行・再発の非小細胞肺がんの治療に使えるようになった。
国内外で行われた臨床試験では、奏効率を高め、病状の悪化を防ぎ、生存期間も延長することが確認されている。
適切な患者さんを選択して使用することで、喀血など危険な副作用のリスクを回避できるようになってきた。
頭打ち状態になっていた非小細胞肺がんの化学療法
日本では肺がんは現在でも増加を続けている。日本人のがんによる死亡者数をがん種別に比較すると、第1位にランクされるのは、男女とも肺がんなのだ。
治療が困難で治りにくいがんだが、治療法が着実に進歩していることは間違いない。09年の11月には、分子標的薬のアバスチン(一般名ベバシズマブ)が、非小細胞肺がんの治療にも使用できるようになった。ここでは、アバスチンを加えた最新治療について、その効果を中心にまとめることにしたい。
その前に、現在に至るまでの非小細胞肺がん化学療法の流れを、ざっとまとめておこう。兵庫県立がんセンター呼吸器内科部長の里内美弥子さんによれば、現在の化学療法の基礎となる治療が登場したのは、90年代後半だったという。
「この頃、第3世代と呼ばれる新しい抗がん剤が登場してきました。タキソール(一般名パクリタキセル)やジェムザール(一般名ゲムシタビン)などです。そして、この第3世代抗がん剤と、ブリプラチン ランダ(一般名シスプラチン)やパラプラチン(一般名カルボプラチン)といったプラチナ製剤を併用するのが、非小細胞肺がんの標準治療となりました」
この2剤併用療法は、それ以前の治療に比べて優れていたが、どの組み合わせもほぼ同等の成績を示した。期待を込めて新しい組み合わせで臨床試験が行われても、横並び状態から抜け出せず、治療成績は頭打ちになっていた。
分子標的薬の登場により治療成績が向上し始めた
その状況を変えたのが分子標的薬だった。
「日本では02年のイレッサ(一般名ゲフィチニブ)からです。イレッサを実臨床で使用するとしばしば劇的効果を示す症例を経験するにも関わらず、患者選択をしない臨床試験では統計的にはっきりした効果が示されませんでした。ただ、臨床背景ではアジア人、非喫煙者、腺がんの患者さんで比較的効果が高いとされてきました。」
イレッサは、上皮増殖因子受容体(EGFR)を標的にして作用する薬である。07年に登場したタルセバ(一般名エルロチニブ)も、同じ受容体を標的とする分子標的薬だ。
09年5月には、それまで中皮腫の治療に使われていたアリムタ(一般名ペメトレキセド)が、非小細胞肺がんの治療に使えるようになった。シスプラチンにこの薬を併用することで、扁平上皮がんを除く非小細胞肺がんでは従来の標準治療のひとつであるシスプラチン、ゲムシタビン併用療法に比べて生存期間が延びることが示されている。
そして、現時点で最も新しく承認された薬が、アバスチンである。正確に書くと「扁平上皮がんを除く切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん」の治療に使えることになっている。臨床試験で素晴らしい治療成績を残しているだけに、アバスチンを加えた併用療法には、大きな期待がもたれている。
がんを“兵糧攻め”にし併用抗がん剤の効果も高める
アバスチンは、その働きから「血管新生阻害薬」と呼ばれている。血管新生を阻害する薬という意味だが、では、血管新生とはどのような現象をさすのだろうか。里内さんは次のように説明してくれた。
「がんが増殖するためには栄養が必要で、十分な血液が、血管を通してがんに送り込まれる必要があります。そのため、がんは新しく血管ができることを促す因子をたくさん放出します。この因子を、専門的には血管内皮増殖因子(VEGF)といいます。そして、この因子の働きによって、がんに向かって無秩序に血管が伸びていく現象を、血管新生と呼んでいます。がんは、この血管を通して十分な栄養を受け取り、増殖していきます」
アバスチンは、血管内皮増殖因子をつかまえることで、新たに血管が伸びていくのを防ぐ働きをする。つまり血管新生が起こらないようにする薬なのだ。
「血管新生が阻害されると、がんに十分な血液が送られなくなります。つまり、がんの食糧を断つ“兵糧攻め”によって、治療効果を発揮すると考えられるわけです」
アバスチンが作用すると、がんを無秩序に取り巻いていた腫瘍血管が退縮し、栄養不足や酸素不足にしてがんの成長が抑えられるという。
これがアバスチンの代表的な働きだが、もう1つ、併用する抗がん剤の効果を高めるという働きもある。
がんの血管網の構造を整備することで、併用する抗がん剤の効きをよくすることが期待されるのだという。
このため、アバスチンは従来の抗がん剤と併用することにより、上乗せ効果が期待できるのである(図1)。
がんが縮小した人が大幅に増えた
非小細胞肺がんに対するアバスチンの効果を調べる臨床試験は、海外でも国内でも行われている。最初にアバスチンの効果を明らかにしたのは、アメリカで行われた第3相臨床試験(ECOG4599試験)だった。
試験の対象となったのは、扁平上皮がんを除く非小細胞肺がんで、3B期と4期の患者さん878人である。扁平上皮がんが除かれているのは、第2相臨床試験を行ったとき、扁平上皮がんの人に、副作用として喀血が起きやすかったためだという。第3相臨床試験からは、安全性を高めるために扁平上皮がんが除かれることになった。
試験では878人を2群に分け、一方は従来の標準療法である「CP(カルボプラチン+パクリタキセル)」、もう一方はそれにアバスチンを加えた「CP+アバスチン」による治療を、それぞれ最大6コース行い、アバスチン併用群は抗がん剤との併用が終了後、単剤でがんの進行あるいは副作用により継続できなくなるまでアバスチンの投与を行った。
その結果、奏効率ではっきりした差が現れた。CP群の15パーセントに対し、CP+アバスチン群は35パーセントと大きな差がついたのだ。
「奏効とは、画像に写ったがんの長径が30パーセント以上、断面積だと50パーセント以上小さくなること。そうなった人が、どのくらいの割合でいるかを示すのが奏効率です。アバスチンを加えることで、ずいぶんよくなっていることがわかります」
この臨床試験で使われたカルボプラチンとパクリタキセルの併用療法は、日本では最もよく行われている治療法だという。非小細胞肺がんの化学療法では、半分ぐらいの割合でこの治療が行われている。
アバスチンの併用で生存の期間が20パーセント長くなる
この臨床試験では、全生存期間と無増悪生存期間(がんが進行するまでの期間)にも、アバスチンによる上乗せ効果が現れている。
図2は、CP群とCP+アバスチン群の全生存期間を示したグラフ。両群の生存期間中央値を比較すると、CP群が10.3カ月、CP+アバスチン群が12.3カ月だった。アバスチンを加えることで、生存期間が延びたということである。CP群に対し、CP+アバスチン群のほうが20パーセント延長したことになる。
この臨床試験を受けた878人のうち、腺がんの602人だけを対象にした解析も行われている。結果は、CP群の中央値が10.3カ月なのに対し、CP+アバスチン群は14.2カ月に延びている。
腺がんに限ると、アバスチンによる上乗せ効果が、もっとはっきりと現れる。腺がんに対しては特によく効くということになるようだ。
「非小細胞肺がんの化学療法は、第3世代抗がん剤とプラチナ製剤の併用で、頭打ち状態になっていました。このE4599試験の結果は、代表的な併用療法であるCP療法に対し、統計学的にも明らかに生存を伸ばしているということで、世界中で注目を集めました。第3世代抗がん剤とプラチナ製剤の併用療法を超えることに成功した、最初の臨床試験だったのです」
ヨーロッパでは、「GC(ゲムシタビン+シスプラチン)」を対照群とし、アバスチンの用量を変えた2群の「GC+アバスチン」と比較した臨床試験が行われている(AVAiL試験)。ゲムシタビンとシスプラチンの併用は、日本でも行われている併用療法だという。
この試験では、アバスチンを加えることで、無増悪生存期間が延長し、奏効率が向上したという結果が出ている。
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