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日本からは、全身状態が悪くなった肺がん患者さんに朗報も
抗がん剤の効果と副作用で明らかになった人種差・民族差の大きさ

監修:酒井洋 埼玉県立がんセンター呼吸器科部長
取材・文:町口充
発行:2008年8月
更新:2013年4月

  
酒井洋さん
埼玉県立がんセンター
呼吸器科部長の
酒井洋さん

2008年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)では、肺がん領域においてもいくつかの注目すべき発表があった。なかでも日本の患者さんにとって関心が高いと思われるのは、全身状態不良の非小細胞肺がんでも、EGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異があればイレッサ(一般名ゲフィチニブ)がファーストライン(1次治療)で有効という日本の研究グループの報告である。また、化学療法時の吐き気・嘔吐に効果が大きい新規制吐剤についての報告もあった。

治療方針を決める際の患者さんと医師との共通の指針

肺がん領域のトピックスの1つは、非小細胞肺がんのファーストライン(1次治療)において、シスプラチン(商品名ブリプラチンもしくはランダ)+ナベルビン(一般名ビノレルビン)療法との併用で、分子標的薬のアービタックス(一般名セツキシマブ)の上乗せ効果が、欧米人で初めて証明されたことだ。

「進行非小細胞肺がんに対するシスプラチンベースの2剤併用療法へのアービタックス上乗せ効果を、世界で初めて証明した臨床試験の結果です」

と語るのは埼玉県立がんセンター呼吸器科部長の酒井洋さん。

アービタックスはがん細胞が増殖するのに必要なシグナル(信号)を受けとるEGFR(上皮成長因子受容体)を阻害する抗体の一種。アービタックスがEGFRと結合すると、がん細胞の表面に顔を出してアンテナの役割をしているEGFRは働けなくなり、その結果、シグナル伝達が遮断され、がん細胞は増殖できなくなってしまう。

EGFRは、非小細胞肺がんを含む多くのがん細胞で発現が認められており、EGFRからがん細胞への増殖シグナルを阻害することは臨床的に有意義と考えられている。そこで登場したのがイレッサ(細胞内でシグナル伝達を阻害)であり、アービタックスだ。 今回の試験は、EGFRを発現している3B期~4期の進行非小細胞肺がん患者1125例が対象で、シスプラチン+ナベルビンのみを投与する群と、それにさらにアービタックスを追加して投与する群に分けて行われた。

その結果、全生存期間中央値(全患者が生存した期間の真ん中の値のこと)はアービタックス併用群が11.3カ月、2剤のみの群が10.1カ月、1年生存率は47パーセント対42パーセント、奏効率(がんの大きさが半分以下に縮小し、それが4週間以上継続した人の割合)は36パーセント対29パーセントだった。無増悪(がんが悪化しない)生存期間は両群とも4.8カ月で有意差はなかったが、全生存期間中央値は有意に延長が認められ、奏効率も優れていた。

「ただし、延長された全生存期間中央値は1.2カ月です。6週間の生存期間の延長がコスト(18週投与したとして6万2千ドルの薬剤費がかかる)に見合うのかという声も出されていました。また、白人とアジア人についての解析が行われ、白人のほうに上乗せ効果があるとの結果でしたが、この試験で対象とされたのは欧米に住んでいるアジア人であり、日本人は対象となっていません」

[アービタックスの上乗せ効果(全生存期間)]
図:アービタックスの上乗せ効果(全生存期間)

Robert Pirker : ASCO 2008CT:シスプラチン+ナベルビン

イリノテカンをめぐる人種差の問題

こう語る酒井さんによると、近年、抗がん剤のなかには、効果の面で人種差が大きいものが少なくないことが次第にわかってきた。副作用の出方も人種によって違いがある。また、同じアジア人でも効果に差が出る場合があり、たとえばイレッサは、日本人と韓国人は同じような効果を示すのに対して、日本人とタイ人では違いがみられるという。

このような人種や民族による効果の違いを示唆する別の発表もあった。それは、未治療の進展型小細胞肺がんに対して、トポテシンやカンプト(一般名イリノテカン)+シスプラチンのIP療法と、ベプシドやラステット(一般名エトポシド)+シスプラチンのEP療法とでは、どちらが治療成績がよいかについての欧米人を対象とした試験の結果だ。

日本で行われ、02年に明らかにされた「JCOG9511」(JCOG:日本臨床腫瘍研究グループ)と呼ばれる臨床試験結果では、日本人の場合、全生存期間中央値がEP療法よりもIP療法のほうが、生存期間の延長効果が高い(3.4カ月)ことが示された。

[日本臨床腫瘍研究グループの臨床試験結果(2002)]
図:日本臨床腫瘍研究グループの臨床試験結果(2002)

95%信頼区間

しかし、その後の欧米の追試により、「IP療法とEP療法の治療成績は同程度だった」という結果が2008年のASCOで発表され、IP療法の有用性が証明されなかったのだ。

今回の発表では、日本の試験とまったく同じ用量、同じスケジュールで、欧米人での再現性が調べられた。

しかし、奏効率(IP群60パーセント対EP群57パーセント)、無増悪生存期間中央値(5.7カ月対5.2カ月)、全生存期間中央値(9.9カ月対9.1カ月)とIP療法もEP療法もほぼ同等であり、有意差はなかった。

「イリノテカンは日本で開発されたメイド・イン・ジャパンの薬です。日本で行われた試験は日本人が対象で、それまで世界の標準治療として行われていたEP療法を凌駕する成績が得られ、日本ではIP療法が標準治療になっています。日本人を治療するのであれば日本のエビデンス(科学的根拠)をもとに治療するのは当然のことです。有意差はないという今回の発表は、決して劣っているというのではなく同等ということ。毒性は、下痢を除いてIP療法のほうが少なく、効果が同じなら副作用が軽いほうが使いやすいといえます」

たしかに、重篤な有害事象(副作用、グレード3もしくは4)では、下痢はEP群よりもIP群(3パーセント対19パーセント)のほうが高頻度だったが、好中球減少、血小板減少、貧血と、血液毒性ではいずれもEP群のほうが高かった。下痢で命を落とすことはないが、血液毒性は場合によっては生命にかかわることもある。なお、治療関連死はほぼ同等だった。

今回の結果が日本の試験結果と異なった理由として、ASCOでは「イリノテカンは体内での化学反応に人種間の違いがあるのではないか」との見解も出されている。

[IP療法とEP療法の比較(全生存期間)]
図:IP療法とEP療法の比較(全生存期間)

Ronald B. Natable: ASCO 2008
IP群とEP群において全生存期間はほぼ同等でほとんど差がない


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