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科学的視点を持ち、それに基づいて治療することが患者の利益につながる
肺がんの分子標的薬の現在

監修:滝口裕一 千葉大学医学部付属病院呼吸器内科講師
取材・文:水田吉彦 日本メディカルライター協会(JMCA)
発行:2007年7月
更新:2013年4月

  
滝口裕一さん
千葉大学医学部付属病院
呼吸器内科講師の
滝口裕一さん

多くの分子標的薬が登場し、あるものは実際の治療で効果をあげ、あるものは期待されたほどの効果をあげずにいる。
分子標的薬というだけで、全てが有効性の高い新薬とは限らない。ただし、有望な分子標的薬が存在することも、また事実である。
その薬剤をどの患者さんに使えば良いのか。どのように使ったら良いのだろうか。
色々な研究から、その答えを導かねばならないと千葉大学医学部付属病院の滝口裕一さんは語る。
科学の言葉で語られた滝口さんの思いを、わかりやすく伝える。

EBMの実践が大切

一時の加熱したマスコミ報道がなりを潜め、やっとのことで、分子標的薬が持つ本来の姿が見えてきた。“正しく使えば良い薬”。分子標的薬に限らず、全ての治療薬の本質である。

従来の抗がん剤(以下、化学療法薬)と分子標的薬とを区別して、優劣を決め付けるのは軽率である。双方ともが抗がん剤。がんと戦う武器であり、武器は多いほど色々な戦略が立てやすい。科学的な根拠に基づいて、化学療法薬と分子標的薬の組み合わせを考える。または、使う順番を決める。どのような患者さんにそれが向いているのかを、突き詰めていく学問が大切だ。その学問無くしては、分子標的薬であろうとなかろうと、患者さんの役には立ちえない。

分子標的薬には期待したい。そして、正しい期待を持つべきだ。医師でさえ一部に誤解があり、おそらくは不適切な使い方がなされたことも影響して、イレッサ(一般名ゲフィチニブ)による重篤な肺障害が社会問題化した。それ以来、分子標的薬の持つイメージに翻弄されることなく、EBM(エビデンス・ベースト・メディスン・科学的根拠に基づく医療)を忠実に実践すべきだと、学会などでは繰り返し説かれている。

分子標的薬の作用メカニズム

[図1 細胞]
図1 細胞
[図2 作用メカニズム]
図2 作用メカニズム

過去にマスコミによって、分子標的薬は副作用のない夢の薬ともてはやされたこともあったが、今はそれを声高に主張する腫瘍内科医はそう多くない。大切なことが見えてきたのである。副作用が軽微なことは、むろん有益だが、肝心なのは使い方が十分に研究されているかどうかである。効果に優れていることも重要だが、よしんば2番目、3番目の効果であってさえ、病気に立ち向かう立派な武器となるだろう。“正しく使えば良い薬”。それが、分子標的薬に求められている役割である。

分子標的薬と化学療法薬との大きな違いのひとつは作用メカニズムの違いであろう。滝口さんが、細胞の中身で説明した(図1・2)。

(1) 細胞の外からの刺激
(2) 刺激を受け取るアンテナ(受容体)
(3) DNAへの信号伝達
(4) タンパク質を作れと命令しているDNA
(5) タンパク質を合成する場所

「化学療法薬は、タンパク質合成の司令塔であるDNA(4)や、タンパク質の合成工場(5)を直接攻撃する。すると、がん細胞だけでなく、体中の全ての細胞の機能全体が傷害されてしまう。一方、分子標的薬は(2)や(3)の過程のうち、がん細胞に特有の部分だけをピンポイントで爆撃するために、がん細胞だけを傷害する。こうした機序の相違が、効果や副作用の違いとなって現れる」(滝口さん)

肺がんの分子標的薬“イレッサ”

臨床的には肺がんの分子標的薬は、イレッサで幕を開けた。世界に先駆けて、日本で最初に承認されたことでも話題を呼んだイレッサは、副作用が軽いとの前評判も高く、発売と同時に急速な使用拡大へとつながった。そうした影響から、不適切な治療が一部で行われた可能性もある。そして、急性肺障害などが発生し、死亡例も報告されるなどの社会的問題となってしまった。

その後の研究によって、イレッサで重い副作用が起こりやすい患者さんの特徴が明らかにされてきた。すなわち全身状態が悪い者、重喫煙者、投与時に間質性肺炎を合併している者などでは、急性肺障害のリスクが高い。以上のことから、現在は肺がん専門医による慎重投与が必要だと考えられている。

ただし、これはイレッサに限った話ではない。気楽に使える抗がん剤など無いのだから、専門知識を有する医師が治療にあたるのは当然である。副作用が軽微だからという理由だけで、無造作に投与しても良い抗がん剤など存在しないのだ。

なお、条件の合う患者さんを選んでイレッサを投与すれば、優れた効果が得られることもあり、日本ではイレッサによる治療を今でも支障なく受けられる。

効果が期待できる患者とは…

イレッサは、誰にでも効く薬剤ではない。使うべき患者さんの見極めと、使い方とが重要なのだ。結論から言えば、非小細胞肺がんのなかでも、特に腺がんと呼ばれる種類で、女性、非喫煙者、日本人(東洋人)といった条件に合致すれば、効果を期待できる確率が相当高くなる。さらに、遺伝子解析を行うことで、イレッサが効きやすい状況なのかどうかが、判断できるようにもなってきた。現時点では、あくまで目安としての意味合いだが、特定の遺伝子変異が見つかったら、そのがんにはイレッサが効きやすいと考えられる。

「保険が適用されていない検査なので、個人の全額負担となるけれど、3万円を越えない範囲で収まるでしょう。患者さんからの検査要望を受け入れている医師も多いので、相談してみる価値はある」(滝口さん)


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