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症状改善、さらには化学療法につながる可能性も

婦人科がんの難治性腹水に対する積極的症状緩和医療 腹水を抜き、必要な成分だけ戻す「CART」に期待

監修●石谷 健 北里大学北里研究所病院婦人科医長
取材・文●伊波達也
(2017年6月)

「腹水に対してCARTを行うことで、症状改善はもちろん、化学療法が行える体力を取り戻すことができます」と語る石谷 健さん

婦人科がん、とくに卵巣がんでは病気の進行とともに、腹水を来すケースが多い。腹水が溜まっていくと臓器が圧迫され、患者のQOL(生活の質)は著しく低下する。こうしたがん性腹水に対して、今注目されている治療法がCART(腹水濾過<ろか>濃縮再静注法)だ。CARTを行うことによって、QOLの改善はもちろんのこと、化学療法などその後のがん治療にもつなげられると期待されている。

〝積極的症状緩和医療〟のすすめ

腹腔内(ふくくうない)にある臓器のがんが進行して、がん細胞が臓器の外にこぼれると、腹腔内にがんが散らばる腹膜播種(ふくまくはしゅ)が起こる。すると、腹腔内に散らばったがん細胞が炎症を引き起こし、その影響で血管からたんぱく質を含む体液が腹腔内に滲み出して、腹水が溜まってしまう状態となる。腹水が溜まり続けると、臓器を圧迫して、食欲不振や呼吸困難を来すこともあるため、患者にとっては非常につらい状態だ。とくに婦人科がんの中でも、卵巣がんでは進行すると、腹膜播種が起こりやすく、腹水が溜まり、QOL(生活の質)が著しく低下する。

「ただ、卵巣がんの場合、たとえ腹水が溜まったとしても、手術をして化学療法を行うことで、良くなるケースも多いです。ですので、腹水に対する積極的な治療を行い、症状を緩和することは非常に重要です。それによって、全身状態PS)が良くなり、場合によっては化学療法など、その後の積極的ながん治療につなげることができるからです」

そう語るのは、北里大学北里研究所病院婦人科医長の石谷健さんだ。石谷さんは、自ら〝積極的症状緩和医療〟を唱え、CART(Cell-free and Concentrated Ascites Reinfusion Therapy: 腹水濾過濃縮再静注法)と呼ばれる方法で、腹水に対する治療を行っている。

がん性腹水に対するCART治療とは

現在、腹水に対する治療としては、利尿薬の投与が一般的だが、効果としては、はかばかしくないケースがほとんど。物理的に腹水を抜くのが最も効果的だが、「腹腔・静脈シャント造設術」といって、腹水が溜まっている腹腔内と、鎖骨付近の静脈をカテーテル(細い管)でつなぎ、溜まっている腹水を血管内に流入させる方法もあるが、侵襲性(しんしゅうせい)も高く、患者への負担が大きいのが現状だという。

そこで注目されているのが、石谷さんらが積極的に行っているCARTによる治療法だ。

腹水は抜いてもすぐに溜まってしまうことが多いが、抜き続けていると患者の体力は低下し、衰弱してしまう。これは、腹水の中にはがん細胞のみならず、体に必要な様々なたんぱく成分なども存在しているからだ。

CARTでは、がん性腹水からがん細胞や細菌、電解質、水分を取り除き、アルブミンやグロブリンなど体に必要なたんぱく成分だけを濾過、濃縮して、点滴により患者の体内へ戻すという治療法だ(図1)。

CARTはまず、局所麻酔により臓器を傷つけないようエコー(超音波検査)画像下で、腹部の上から針を刺してカテーテルを挿入し、1時間に約1L(リットル)のペースでゆっくりと腹水を抜いていく。次に、抜いた腹水を濾過して、10分の1ほどに濃縮した栄養分のみの腹水にして、点滴で患者の体内へ戻す方法となる(図2)。

これにより、腹水を単に抜くだけではなく、体に必要な成分を体内に戻すことによって、患者のQOLは改善し、全身状態も良くなるという。

図1 CART(腹水濾過濃縮再静注法)の原理
図2 濾過濃縮の実際

1度は廃れた治療法

図3 大量の腹水貯留で緊急搬送された症例
前医では利尿薬だけで経過観察されていて、呼吸不全・酸血症で緊急搬送された症例。石谷さんらは、CARTなど積極的な症状緩和治療を行った所、症状は改善。その後、歩いて通院が可能になった

石谷さんは、前任地の東京女子医科大学病院勤務のときからCARTを積極的に手がけてきた。ところが、日本全国を見渡すと、まだまだ実施する施設は極めて少ないのが実情だという。

「CARTはもともと1970年代から実施され、81年には保険適用となっている治療法です。腹水が溜まりやすい肝硬変やがんに対して行われていました。しかし、今と違って当時は、濾過膜の性能が悪く、がん細胞をきちんと取り除くことができず、うまくいかずにがん性腹水に対しては、ほとんど行われなくなっていったのです」

今でこそ、ナノテクノロジーの進歩により、濾過膜の性能は格段に進歩したが、治療に使えるほどのクオリティではない過去のイメージが、現在も払拭できていない状況が続いているという。

がん性腹水に対してCARTが行われない理由は他にもある。

「医師の間でも、腹水を抜いて、アルブミン製剤を補充すれば良いのでは、という考え方が根強くあります。ただ、アルブミン製剤は、輸入製剤が40%以上を占めていて、過去の非加熱製剤の問題などもあり、それなりにリスクがあります。日本の医療を考えた場合、アルブミン製剤に頼るという方策は、国としても看過できない状況にあり、厚生労働省が出した『血液製剤の使用指針』でも、がん性腹水はその適応となっていません。

そもそも腹水にはアルブミンだけでなく、グロブリンなど他にも体に有用なたんぱく成分が含まれています。ですので、アルブミン成分だけを体内に戻しても、たんぱくの分画が変わって、悪液質(あくえきしつ)が進行して全身状態がかえって悪化することもあります」

他にも、腹水を抜くことによって起こり得る医療過誤をできるだけ回避したいという医療者側の考えも、根底にはあるという。

「CARTは、針を刺す穿刺(せんし)自体はエコーガイド下に行えば易しい手技です。しかし、腹水ドレナージ(排液・排出)を行うという性格上、血圧が低下するなど循環動態の急変を誘発する危険性があるということで、医療者側が二の足を踏んでしまい、実施しない場合が多いのです」

ただし、石谷さんも参加したCARTの多施設市販後調査結果(後述)によると、入院下できちんと脱水補正をしたうえで行えば、そういったリスクも避けられることがわかっている。またこの結果は、海外英文誌にも掲載が決まっており、この日本初のテクノロジーが、海外でも今後認知されて普及することが予想されている。

「CART自体、直接がんをやっつける治療ではありません。あくまでも支持療法の1つです。ただ、CARTを行うことによって全身状態が良くなり、QOLが改善し、化学療法など、他の積極的な治療につながると考えています」

2010年前後から、がん性腹水に対してCARTによる治療が再び行われ始め、認知度もここ数年で上がってはきてはいるが、未だに腹水で苦しんでいる患者が放置されている現状があると、石谷さんは指摘する(図3)。

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