無作為化比較試験(JCOG0602)結果がASCO2018で報告 進行卵巣がんにおける化学療法先行治療の非劣性認められず
多くの固形がんを根治に導くには、手術が必要だ。昨今では、早期がんであれば、後遺症を考慮して、機能温存のための縮小手術も行われる。しかし、卵巣がんは、大部分が他臓器にも転移を有する進行がんで、周囲の臓器を含め、徹底的に切除することが推奨されている。そんな卵巣がん治療において、注目される臨床試験結果が、米国臨床腫瘍学会2018年年次集会(ASCO2018)で報告された。研究事務局の北里大学医学部産婦人科主任教授の恩田貴志さんにその概要をうかがった。
初回手術でいかに完全切除できるかが根治のカギ
卵巣は腹腔内で子宮の両側に存在する臓器だ。女性ホルモンの分泌や、成熟した卵子を周期的に放出する排卵を行う、女性にとっての重要な臓器だ。
その卵巣にできるがんが卵巣がんだ。(厳密ではないが)卵管がんや腹膜がんを総称してそう呼ぶこともある。卵巣がんは自覚症状に乏しいがんであり、進行してから発見されることが多い。
年間罹患数は9,804人(国立がん研究センターがん統計2016年データ)に対し、年間死亡数は4,758人(同2013年データ)と比率的に多いことでもわかるとおり、難治性のがんだ。
「進行卵巣がんの治療は、周囲の臓器やリンパ節に転移してしまった腫瘍を、初回の腫瘍縮小手術(debulking surgery)でいかに取り切れるかが、根治を望むカギであり、良好な予後を期待するためには重要です。しかしながら、なかなか腫瘍縮小手術も困難で、満足な治療成績は得られていません。進行がんに対する治療の選択肢をさらに増やし、予後を良好にするためにはどうすればよいか、婦人がんの専門家たちはずっと模索してきました」
そう話すのは、北里大学医学部産婦人科主任教授の恩田貴志さんだ。
手術先行か化学療法先行か
恩田さんは、『Ⅲ期/Ⅳ期卵巣癌、卵管癌、腹膜癌に対する手術先行治療vs.化学療法先行治療のランダム化比較試験』(通称JCOG0602試験)を主導し、この試験の最新の解析結果をASCO2018で発表した。
「JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)の婦人科がんのグループでは、進行した卵巣がんに対して、最初に手術(PDS)を行ない術後補助化学療法という従来の治療法がよいのか、術前に化学療法を行った上で手術(IDS)を行い、さらに術後補助化学療法を行うという治療法がよいのかを比較する試験を実施し、その結果について追跡してきました」
JCOG0602試験の概要は以下のとおりである。2006年11月から2011年10月までに国内の34施設で301人の患者を登録した。標準治療である手術先行治療を行う群149人と試験治療である術前化学療法を行う群152人に、患者をランダム(無作為)に割り付けた。
登録患者はCT、MRI、腹水、胸水などの穿刺(せんし)液の細胞診の所見に基づいて診断された、Ⅲ期/Ⅳ期の卵巣がん、卵管がん、腹膜がんの患者だ。
他に腫瘍マーカーCA125、CEAの評価、既往治療の有無、全身の臓器機能を評価する血液検査の数値、日常生活の全身状態(PS)などといった要因も考慮して患者を選択した。
標準治療に対する非劣性の証明を目標
そして、標準治療に対する試験治療の非劣性を証明することを目標に試験に着手したのだ。
非劣性を証明するとは、標準治療に対して、副作用が軽いなどの明らかなメリットを持つ試験治療が、治療成績で明らかには劣っていない(ほぼ同等の)治療であるということを証明することだ。これらの指標となるのは、あらかじめ設定した試験デザインだ。
例えば、両データの解析結果を比較した時に3年生存割合で5%以上の差があることを否定できれば、非劣性を証明できたことにするといったことだ。
「この試験は、標準治療群では、手術後に21日を1クールとして、計8クールの*パクリタキセルと*カルボプラチンの2剤併用であるTC療法を行いました。初回手術の結果によっては、4クールの補助化学療法後、追加手術を行い、さらに4クールの補助化学療法を行うという方法も可としました。対照となる試験治療群では、4クールのTC療法後に手術を行い、その後、4クールの補助化学療法を行うという計8クールのTC療法を行いました」
恩田さんは、JCOG0602試験について、4年前のASCO2014でも発表した。
その時は、まだ予後を評価する前の段階で、治療の侵襲の度合い、つまり、手術に伴う合併症や出血量、手術回数、化学療法による副作用などを評価した。そして、その結果は、試験治療群のほうが侵襲度は軽いというものだった。
*パクリタキセル=商品名タキソール *カルボプラチン=商品名パラプラチン
最終解析では全生存期間での非劣性は示せず
「今回のASCO2018の発表では、最終解析による治療成績、つまり全生存期間(OS)中央値などを比較しましたが、その結果では、標準治療群に対する試験治療群の非劣性を示すことはできませんでした」
具体的な結果のデータとしては、OS中央値では、標準治療群が49.0カ月に対し、試験治療群は44.3カ月だった(図1)。
根治術(肉眼的な残存腫瘍なし)ができたケースでのOS中央値では、標準治療群については、推定不能(NE)だったのに対し、試験治療群では67.0カ月だった(図2)。
さらに、無増悪生存期間(PFS)中央値は、標準治療群が15.1カ月に対し、試験治療群は16.4カ月という結果だった(図3)。
進行卵巣がんに対する同様なアプローチでの比較試験は、JCOG0602試験に先んじて、国際試験である、EORTC55971(2010年)と、CHORUS(2015年)という2つの試験がある。これらの試験においては、両試験とも標準治療群に対する試験治療群の非劣性が認められた(図4)。
JCOG0602試験は、日本の施設だけに限られた比較試験データではあるが、この試験結果は、従来の2つの試験結果を覆す形となり注目すべき結果と言える。
「この結果の背景をどう評価すべきか、という点については、多くの議論がなされることは確かだと思います。なぜ、先行の2つの国際試験では、試験治療の非劣性が証明でき、JCOG0602試験では、非劣性が証明できなかったのかについての違いを考えた時に、手術時間や手術回数、そして手術のクオリティ(質)が関係しているのではないかという意見があります」
2つの国際試験は、平均手術時間は2~3時間であるのに対して、JCOG0602試験では4~6時間だった。また、JCOG0602試験では標準治療群でIDSを追加した症例が約1/3もある(図4)。
「卵巣がんの手術においては、2~3時間程度では十分な腫瘍縮小手術はできにくいということがありますので、2つの国際試験においても、初回手術でもっと十分な手術をしていれば、術前化学療法群の非劣性を示すことはできなかったはずだという考え方です。また、私たちの試験も含めた3つの試験では、いずれも初回の手術で、根治術だったと認められた症例は、20%以下という事実があります。
そのため、初回手術を徹底的にすれば結果は異なるのではとの意見を持つ医師や施設は、十分な腫瘍縮小手術を行った状態で治療成績を比較しようと、初回手術で50%以上の根治術を必須とする試験に着手しています。それは、中国の上海で単独に行われているSUNNY試験と、アメリカやドイツほか欧米で行われているTRUST試験という国際試験です」
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