新たに保険収載されたハイドロゲルスペーサー 前立腺がん放射線治療の副作用低減が可能に
治療の選択肢が豊富で、適切に治療を行えば予後も良好な前立腺がん。
その放射線治療において、直腸の副作の軽減に大きく貢献することが期待できるハイドロゲルスペーサー(SpaceOARシステム)が新たに保険収載となった。
ハイドロゲルスペーサーをアメリカから導入し、自ら臨床試験に取り組みながら、今後の普及に期待をかける、東京大学医学部附属病院放射線科の扇田真美さんに、その概要と期待できる効果についてうかがった。
前立腺がん根治治療の標準治療は、手術療法か放射線治療
男性特有のがんである前立腺がんは、前立腺に限局したがんであれば、治療の選択肢は豊富であり、適切な治療を行えばその予後も良好と言われる。
手術では従来の開腹手術に加え、ロボット支援下の腹腔鏡手術〝ダヴィンチ〟が前立腺がんに対して最初に保険承認され、普及してきている。一方で、限局性前立腺がんでは、放射線治療も手術と同等の治療成績で、標準治療の第一選択の1つとなっている。放射線治療は身体への負担が少なく、手術が難しい全身状態(PS)や併存症をもつ患者でも治療が可能である。
近年、体外から病変部に放射線をあてる外照射は、放射線治療の進歩により高精度化し、隣接する正常臓器への放射線量をできるだけ減らし、病変部に線量を集中させる照射が可能となっている。
また、前立腺内へ放射線を出す小線源を挿入して内側から照射する「密封小線源療法」もポピュラーな治療として選択されている。
手術と放射線治療、双方とも、それぞれの治療の特徴に応じたメリット、デメリットの両方を理解したうえで、どの治療を選択するかは、病状や年齢、全身状態と患者自身の希望を総合的に検討し、1人ひとりの患者に最良の治療法が選択される。
画期的なハイドロゲルスペーサーを用いた放射線治療
そんな中、前立腺がんの放射線治療に使用するための、画期的なデバイスであるハイドロゲルスペーサーが、2018年5月、保険収載された。
「ハイドロゲルスペーサーとは、前立腺がんの放射線治療における直腸の副作用を減らすために、前立腺と直腸の間にスペースを作るゲル状の物質です。通常前立腺がん放射線治療では、前立腺全体を照射することになるのですが、前立腺と直腸は近接しているため、どうしても直腸の前壁に前立腺と同じだけの高線量の放射線が当たってしまうのです。その高線量域を極力減らすようにできるのがハイドロゲルスペーサーです」(図1)
そう話すのは、東京大学医学部附属病院放射線科助教の扇田真美さんだ。扇田さんは、ハイドロゲルスペーサーをアメリカから導入し、現在、「前立腺癌に対するハイドロゲルスペーサー併用定位放射線治療の第II相臨床試験」という臨床研究を実施している。
2017年3月に患者の登録を開始し、目標症例数は40人。取材時までに36人の患者に対して治療を行った。ハイドロゲルスペーサーの有効性について検証するのが目的である。
「ハイドロゲルスペーサーを併用した定位放射線治療を行うことにより、問題となる直腸の副作用を減らすことができるかどうかを検証します」
扇田さんたちは、まず直腸にあたる放射線の量を減らすことができるのか、また治療後3カ月以内の急性期と、3カ月以降の晩期の副作用についての評価を行う予定だ。
試験の対象患者は、20歳以上80歳以下で、リンパ節や他の臓器に転移のない限局性前立腺がん患者である。
医薬品や化粧品の材料にも用いられている無毒物質
ハイドロゲルスペーサーの材質はポリエチレングリコールという物質が主成分である。ポリエチレングリコールは医薬品や化粧品の材料にも用いられている無毒な物質だ。ハイドロゲルスペーサーは、脳、脊髄、眼の手術にも用いられており、その安全性は担保されている。製品はキット化されていて、手技を容易に行うことができるようになっている(製品写真:図2)。
取材時点で、扇田さんは、わが国で唯一、ハイドロゲルスペーサーの挿入手技を単独で行うことのできる医師だ。
ハイドロゲルスペーサーの挿入を行うためには、ハイドロゲルスペーサー製造販売会社の技術指導員から技術指導を受講し、ライセンスを取得する必要がある。今回の臨床研究を行うにあたり、扇田さんは日本で初めて、単独での挿入が可能となるライセンスを取得した。
「今回、保険収載となり日本でも販売が開始されましたので、今後は全国の多くの病院で実施されることを期待しています」
会陰部から針を刺入し、ゲルを挿入
次に、ハイドロゲルスペーサーの挿入の仕方について説明する。
ハイドロゲルスペーサーは、経直腸超音波ガイド下で、陰嚢(いんのう)と肛門の間に位置する会陰部(えいんぶ)から針を刺し、直腸と前立腺の間の脂肪層に針先を常に確認しながら慎重に進めていく。目的の位置まで針が到達したら、生理食塩水を注入しスペースが問題なく開くことを確認しゲルを挿入する。ゲル注入時は注入の手を止めてしまうと途中でゲルが固まってしまうため、細心の注意が必要だ。挿入する量は約10ccだという。エコー画像で挿入位置を確認し、手技が終了となる(図3)。
挿入に要する時間は通常15分程度で、前後の準備などを含めて約45分程度で終了する。局所麻酔で行うことができるため、外来でゲル挿入が可能である。
前立腺炎などの炎症がある患者の場合では、組織の線維化や癒着などによりゲルを入れるスペースが開かないことがあり、ゲルの挿入ができないことがある。また直腸浸潤や直腸側の被膜外浸潤がある患者も、ゲル挿入の適応外となる。
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