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前立腺がんは「早期発見、早期治療」がベストとは限らない! これからの治療選択肢の1つ、フォーカルセラピーを知ろう

監修●和久本芳彰 順天堂大学医学部泌尿器科学准教授
取材・文●菊池亜希子
発行:2019年1月
更新:2019年7月

  

「1個のがん細胞がその人の命を奪うまでには40年以上の歳月を有するほど、前立腺がんの進行はゆっくりです。まずそのことを知ってほしい」と語る和久本さん

進行が極めてゆっくり、かつ、1個のがんの周りに目には見えない小さながん細胞が点在して発生するのが、前立腺がん。この2つの特性を知った上で、年齢を考慮し、自身にとって最も適した治療法を選びたい。そのとき、フォーカルセラピー(部分治療)は選択肢の1つになるかもしれない。

「早期発見、早期治療」の落とし穴

がん治療の前提は「早期発見、早期治療」。それは間違いないことだが、前立腺がんにおいては、その前提が崩れる場合がある。それを知るために、まずは前立腺がんの特性について理解しておこう。

前立腺がんの多くは、他のがんに比べて格段に、がん細胞の成長が遅い。悪性度の高いものを除けば、一説に、前立腺内にできた1個のがん細胞が、その人の命を奪うまでには40年余りの歳月を要すると言われている。そのためもあって、高齢になるほど前立腺がんが発見されるケースが多い。

日本人の場合、70代になると4人に1人、70代後半には3人に1人、80代では2人に1人が前立腺がんを持っているという。黒人、白人に至ってはさらに多く、80代の前立腺がん潜伏率は90%に及ぶとの報告もあるそうだ。

「つまり、ある程度の年齢になったら、前立腺がんになるのは至って普通のこと。80代後半以降は、男性は皆、前立腺がんを持っていると思ってもいいのです」と語るのは、順天堂大学医学部泌尿器科学准教授の和久本芳彰さん。

90歳で天寿を全うした人の体内を調べたら、実は前立腺がんが見つかった、ということは珍しくないそうだ。〝1個の前立腺がん細胞がその人の命を奪うまでの時間が40年〟という理屈からすると不思議ではない。いつからかわからないが、がん細胞が前立腺にあって、少しずつ大きくはなっていたものの前立腺内に留まり、悪さをすることもなく、90歳まで元気に過ごし天寿を全うした、ということだ。

前立腺がんが潜伏していても、他の理由で亡くなる場合と、その潜伏がんが進行し、他臓器に転移して命を奪う場合との比率は「7:3」。ということは、前立腺がんの70%は「臨床的に意義のないがん」、つまり、「積極的に治療する必要のないがん」、になるわけだ。

「前立腺がんの多くは、寿命との追いかけっこです。そして、寿命のほうが早く訪れることが多い、と言ってもいいでしょう。ですから、高齢の方に対しては、〝前立腺がんがあるかないか〟ではなく、〝その前立腺がんはそのままにして大丈夫かどうか〟という話になります」と和久本さんは言う。

こうなってくると、「がんが見つかったから即治療」という前提は、前立腺がんに関しては、「ちょっと待った!」になることが理解できると思う。そこに登場するのが、「監視療法」。前立腺がんがあることはわかっているが積極的な治療はせず、定期的に検査しながら、そのがんに変化がないかを監視する治療法である。

ちなみに、前立腺がんはなぜそこまで早い時期にがんを発見できるかというと、PSA(前立腺特異抗原)検査があるからだ。PSAとは前立腺特有のタンパク質の一種で、その値は、がんの進行度を示す。血液検査で手軽にできることから、前立腺がんをスクリーニングする方法として、広く普及してきた(図1)。

PSA検査の感度は極めて高く、目には見えない段階、つまり顕微鏡レベルのがん細胞をも感知するため、画像にはまだ影も形もない段階で、がん細胞の存在がわかることも多い。これこそが、前立腺がんを早期発見できるようになった理由であり、同時に、将来的に悪さをしない「臨床的に意義のないがん」まで見つけてきてしまう原因になっているのだ。

ただ、「早期発見自体は間違ってはいない」と和久本さんは強調する。

「PSA検査で前立腺がんを早い段階で発見できるようになったからこそ、手術や放射線治療で根治(こんち)できるようになったのです」

PSA検査によって、進行がんになる前にがん細胞を叩けるようになった。これは間違いなくPSAの福音だ。ただ……と、和久本さんは続けた。

「前立腺がん特有の〝進行の遅さ〟を考えたとき、早すぎる発見は〝必要のない治療〟、つまり過剰医療に繋がることもあるのです」

監視療法か、積極的治療かの選択

では「臨床的に意義のない前立腺がん」、つまり治療する必要のないがんを、どう見分けるか。それは、進行度を示すPSAの値、がん細胞の悪性度を表すグリソンスコアの数値、そして、がん細胞の堆積を総合的に見て判断することになる。

早期発見に寄与するPSA値が、「治療する必要のない前立腺がん」を識別する際にも指標となるわけだ。加えてグリソンスコア。これは、がん細胞に針を刺して組織を取り出し(生検)、顔つきの良いおとなしいタイプか、顔つきの悪い悪性度の高いものかを数値で表したものだ。

監視療法と積極的治療の判断の分かれ目は、「PSA値10(ng/mL)以下、グリソンスコア6以下、がん細胞の堆積0.5cc以下」だと、和久本さんは言う。ただし、基準値の考え方はさまざまで、「PSA値20以下」とする場合もあるそうだ。どちらが正解ということではなく、患者の年齢や状況に応じて、その基準値の判断も変わってくるということだ(図2)。

判断の分かれ目となる数値前後の場合、一般的にいう後期高齢者といわれる75歳以降の患者については、和久本さんは監視療法も選択肢として説明し、勧めることが多いそうだ。理由は、がん細胞の進行より、寿命が先にゴールする可能性のほうが高いからである。

さらに、治療選択には、患者本人の気持ちの問題、価値観も関わってくる。

「PSA検査で前立腺内にがんがあると予測できるものの、それは画像には全く写らない非常に小さいもので、致命的ではない可能性が高いと推察できるとき、それでも治療しますか? それともそのままにしておきますか? という選択です」と和久本さん。

それなら放っておく、という人もいれば、がんと共存すること自体に恐怖を感じて一刻も早く治療したい、と思う人もいる。日本人には、比較的、後者が多いそうだ。ただ、積極的治療を選ぶとなると、方法は手術か放射線治療。それぞれに合併症や副作用が起こり得るというデメリットがあることも考え合わせる必要があるだろう。

監視療法というと、「何もしない」と混同しそうだが、実は違う。以前は「待機療法」という言葉を使っており、これには「自然経過に任せる」という意味合いが含まれていた。しかし、現在は、待機療法とは言わないそうだ。定期的(3カ月ごとなど)にPSA検査をしながら、がん細胞の動きを監視し、何か変化が起きたらすぐ積極的治療を開始できるよう備えるのが監視療法。決して〝何もしない〟という意味ではないそうだ。

そして、監視療法を続けていく中で、PSA値の上昇など変化が出てきたとき、いよいよ治療開始となるわけだ。そのときに選択肢として登場するのが、手術、放射線療法といった根治療法と、もう1つ、今回のテーマである「フォーカルセラピー(Focal therapy:部分治療)」である。

グリソンスコア=顕微鏡でがん細胞を観察し、その形態から悪性度(1~5)を判断。異型細胞の占める割合が最も多いものの評価をプライマリーパターン、次に多いものの評価をセカンダリーパターンと呼び、両者の和をグリソンスコア[GS](2~10)と言う。通常はプライマリーパターンとセカンダリーパターンの両方を4+3のように表記するが、両者の和のみを示す場合もある。評価の数字としては6はおとなしく、7は中間、8~10は悪性度が高いと判断

フォーカルセラピーは「中継ぎ」か?

フォーカルセラピーが治療の選択肢になるのは、まず早期であること。そして、前立腺内に限局したがんであること。かつ、画像上でその存在が確認できること。

ちなみに、これらの条件を満たし、低リスクと評価された前立腺がんの場合、根治療法である手術と放射線治療後の10年以内の非再発率は均等で、両者とも90%前後。もともと非常に成績がよい。なのに、あえて根治療法ではなく、フォーカルセラピーを選ぶ理由は何か。

そもそも監視療法と積極的治療の狭間にあった微妙な状況で、前立腺全摘や放射線全照射をする必要があるのだろうか? ということである。

手術や放射線治療をすれば、前立腺がんはほぼ確実に叩けるが、それと引き換えに、排尿障害や性機能障害などを合併し、その後の生活に大きな支障が出てくる可能性もある。ならば、そうした機能障害が出ないよう、もしくは最小限に抑えるべく、前立腺全体ではなく、画像で確認できる大きながんだけを部分的に叩く、というのがフォーカルセラピー。

ただ、ここでもう1つ、知っておかなければならないことがある、と和久本さんは言う。

「実は、前立腺がんは、胃がんや大腸がんのように1個のがん細胞が徐々に大きく成長していく、というものではなく、1個あると、目には見えなくても既に前立腺内にパラパラと散らばって存在していることがほとんどです」

胃がんや大腸がんは多臓器へ転移すると厄介だが、臓器内に留まっている限局がんならば、大きさはある程度あっても、確実に摘出さえできればほぼ完治する。一方の前立腺がんは、目に見えるがんを叩いたら終わり、というわけにいかないというのだ。だからこそ、前立腺がんの場合、全摘出、もしくは放射線全照射という根治療法が標準治療なのだが、ここにきてフォーカルセラピーが注目されてきたのはなぜだろう。

「それは、前立腺がんの進行が極めて遅いという特性に関係します」と和久本さん。

「前立腺がんは1個あれば、すでに前立腺内に複数存在している確率が高いのは事実です。1個の大きながん(インデックス腫瘍)があって、その周りに小さな目に見えないがん細胞が散らばっているのです。とはいえ、もし、将来的に前立腺の外に飛んでいくとしたら、90%の確率で、このインデックス腫瘍だと言われています。ならば、まずインデックス腫瘍だけを叩けばいいのではないか、というのがフォーカルセラピーの考え方です」

インデックス腫瘍さえ叩けば、少なくとも現時点では、前立腺の外へ進行していく可能性と転移の危険性からは逃れられる。もちろん小さながん細胞は残しているわけだが、これらが第2のインデックス腫瘍に成長するには、何年もかかる。諸外国のデータによると、フォーカルセラピーの後、5年後の非再発率は95%。つまり、散らばっている小さながん細胞が第2のインデックス腫瘍になるには、少なくとも5年以上の歳月がかかると見てもいいかもしれない。

75歳でフォーカルセラピーをしたら、80歳までは95%の確率で元気に過ごせるとしよう。

もしも80歳を超えて新たに第2のインデックス腫瘍が出てきたら、そのときはまたその部分だけを叩けばいい。フォーカルセラピーなら部分的にしか触っていないから、再発時も同じように、再発部分だけを叩くことができるのも強みだ。そうやって経年的に監視して、再発が確認されたとき、その都度対処していけば、前立腺がんは寿命まで持ち越せる可能性が高くなるわけだ。

ただし、見方を変えれば「中継ぎにしかならない」とも言えるだろう。そして重要なのは、「フォーカルセラピーは再発ありきの治療」だということだ。そう聞くと、恐怖感を覚えなくもないが、言い換えれば、経年的に監視しながら、再発したら部分治療をしていくということ。部分治療は、根治療法に比べると格段にQOL(生活の質)を保てるため、通常とそれほど変わらない生活を続けることができる。加えて、部分治療をしつつ監視を続けているという意味での安心感もあるだろう。

さらに言うと、前立腺がんは、手術や放射線治療の後に再発した場合は、ホルモン療法に行きつく。フォーカルセラピーをしても、最終的にはホルモン療法をしなくてはならない時期がくるかもしれないが、少なくとも、そこまでの期間を延長することはできるそうだ。

ホルモン療法は、がん細胞の餌(えさ)となる男性ホルモンを強制的に抑える治療法。その副作用で、筋力の低下や骨粗鬆症の進行を招き、さらには認知症リスクが上がるとの研究報告もある。何より、延命策と言えるホルモン療法の開始を遅らせられれば、その分、奏効期間を延長できる。そのためにも、できるだけ先延ばしにしたい治療なのだ。

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