ルテチウムPSMA療法が第Ⅱ相試験で転移性去勢抵抗性前立腺がんに高い効果 新しいLu-PSMA標的放射線治療の可能性
ホルモン療法が効かなくなった(去勢抵抗性になった)と聞くと、今後の治療法が限られたようで焦りを感じる前立腺がんの患者は少なくないだろう。しかし、実際には去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)の治療は、ここ5年ほどで驚くほど使用できる薬剤が増えている。
そして、2018年の米国臨床腫瘍学会(ASCO2018)で、全身に転移した病巣にも効果が期待できる新しいルテチウムPSMA療法(Lu-PSMA)の第Ⅱ相試験の好成績が報告され、第Ⅲ相試験へと進んでいる。Lu-PSMAはどのような治療法なのか、また今後の治療における位置付けについて、三井記念病院泌尿器科部長の榎本裕さんに伺った。
アンドロゲンの影響を受けないがん細胞も混在
男性ホルモン(アンドロゲン)の刺激で増殖するとされる前立腺がんには、アンドロゲンの作用を抑制するホルモン療法が有効だ。そのため、治療には手術や放射線療法との併用も含め、ホルモン療法は全ての患者にとって有効な治療だ。
ところが、ホルモン療法が10年以上有効な患者もいる一方、早い患者では半年以内に効果が悪くなることがある。それは、多くの人に信じられているように「薬剤に耐性ができるため」ではなく、前立腺がん細胞の多様性のためと考えられている。
前立腺がんには様々なタイプのがん細胞が混在していて、必ずしもすべてがアンドロゲンの刺激で増殖する(アンドロゲン依存性)わけではなく、中にはアンドロゲン非依存性のがん細胞も含まれている。そして、ホルモン療法によりアンドロゲン依存性のがん細胞が死滅しても、非依存性のがん細胞が生き延び、増殖することで、ホルモン療法の効果が得られにくくなるのだ。
このように、ホルモン療法が効きにくくなった前立腺がんを去勢抵抗性前立腺がんと呼ぶ。「去勢=男性ホルモンの影響を断つこと」に抵抗性を示すという意味だ。
「かつては、去勢抵抗性前立腺がんには有効な治療があまりなく、ホルモン療法の効果をいかに長く引き延ばすかが治療の大きなポイントでした。薬を替えてもなかなか効果は続かず、去勢抵抗性になったら予後(よご)は1年くらいと考えられていました。しかし、現在は、去勢抵抗性前立腺がんには新しい薬剤が次々登場し、さら研究・開発も進められています。第Ⅱ相試験で転移のある去勢抵抗性前立腺がん(mCRPC)に大きな効果が得られたという報告が、ASCO2018であったルテチウムPSMAも、有望な1つと言えるでしょう」と、三井記念病院泌尿器科部長の榎本裕さんは述べる(図1)。
全身の転移病巣に効果が期待できる放射線療法
Lu-PSMAは「Lu-177 PSMA617」の略。ルテチウムは原子番号71の元素で、Luが元素記号。ルテチウム-177とはβ(ベータ)線を発生する放射性同位元素で、半減期は約6.7日。PSMA(前立腺特異的膜抗原)は、前立腺がんの細胞表面に多く発現するタンパク質である。PSMA617はPSMAに結合する低分子で、それにルテチウム-177を付けることで、正常臓器には影響を与えずに治療できる。
静脈注射により体内に送り込まれたLu-PSMAは血流に乗って全身を巡り、体内にある前立腺がんの細胞表面に付着する。そこでルテチウムが放射線を放出し、がん細胞を死滅させる(図2、図3)。
前立腺がんは、がん組織を物理的に切除する手術と放射線療法が同等の効果を持つがん種として知られている。実際、体の外からがんに放射線を照射する外照射療法、小さな棒状の容器に放射線源を密封し、前立腺の中に挿入する密封小線源療法、陽子線や重粒子線など、様々な放射線治療が行われている。
しかし、これらの放射線療法は基本、放射線を照射した部位にのみ効果のある局所療法。今は製造中止になっているが、放射性同位元素ストロンチウムを注射する内用療法も、あくまでストロンチウムが骨に集積する性質を利用した治療法で、骨転移の痛みを和らげる効果しか期待できなかった。ところが、Lu-PSMAは理論的には、前立腺がんが全身のどの臓器に転移していても、そのがん細胞めがけて放射性物質を届けることができるのだ。
「まったく新しい機軸の放射線治療ですね。薬剤が直接がんの増殖を止める効果を持つわけではないですが、PSMAという分子をターゲット(標的)にしているので、広い意味で分子標的薬の仲間と言えると思います。PSMAは前立腺がんに特異的な分子で、去勢抵抗性前立腺がんでも発現していることが知られています。その量は前立腺の正常な細胞の100倍とも1,000倍とも言われています。そこで、これをターゲットにすれば、がん細胞を選択的に叩けるのではないかというので出てきた治療です」
PSA値が半分になり、副作用も少なめ
Lu-PSMAはPSMAを発現している転移性去勢抵抗性前立腺がんの患者を対象とする単一群の第Ⅱ相試験の薬剤で、この試験はメルボルン大学(オーストラリア)のピーター・マッカラムがんセンターのマイケル・ホフマン准教授らのグループが実施している。登録された50~87歳の患者50人は、登録前にPSA値が3カ月弱で2倍に急増していたとのこと。PSAとはご存知のように前立腺特異抗原のことで、前立腺がんではこの数値が高くなるので、前立腺がんの腫瘍マーカーともなっている。
ほとんどの患者が抗がん薬タキソテール(一般名ドセタキセル)の治療歴か、ホルモン療法薬のザイティガ(同アビラテロン)、イクスタンジ(同エンザルタミド)の両方または一方の治療歴があり、48%がさらに抗がん薬ジェブタナ(同カバジタキセル)の投与を受けていた。患者は6週間ごとに4サイクル、Lu-PSMAの静脈注射を外来で受け、結果をPSA値とCTや骨シンチグラム、PETスキャンなどにより画像追跡した。
生存期間(OS)中央値は治療後13.3カ月で、同じ病期の患者の平均(9カ月)より延長した。また、50人中32人にPSA値の50%以上の減少が見られ、うち22人ではPSA値が80%以上減少したという。初回治療後、多くの患者で骨の痛みの改善を含むQOL(生活の質)の改善も見られた。
その一方、グレード3以上の血液毒性(貧血や血小板減少)が約10%に見られたものの、重篤な副作用は比較的少なかった。PSMAという分子は唾液腺や涙腺の細胞にも発現しているため、口の渇き、悪心(おしん)、疲労感などが見られたという。
ちなみに、ルテチウムはβ線を放出し、飛ぶ距離が長くて体の外に少し出るため、PETなどにより追跡することができる。つまり、検査にも使えるので、今回の試験でも事前に投与してPET検査を行い、高い取り込み率を示した患者だけを対象としたという。
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