新たな抗がん剤の登場で治療法が大きく前進
ここまで変わった! 再燃前立腺がんの最新治療
千葉大学医学部付属病院
泌尿器科診療教授の
鈴木啓悦さん
前立腺がんの治療法の1つであるホルモン療法。有力な手立ての1つではあるものの、いずれその効果は効かなくなり、再びがんが増殖し始め、再燃をきたす。最近、この再燃前立腺がんに対して新たな治療法が加わった。
2008年8月に、前立腺がんの抗がん剤としては初めての薬剤が承認されたのだ。大きく変わり始めた前立腺がんの最新治療を紹介する。
前立腺がんの再発と再燃の違い
がんの再燃とは何か? 再発とはどう違うのか? と問う人は多い。この疑問に対し、千葉大学付属病院の鈴木啓悦さんは、次のように明快に説明する。
「根治を狙った治療によって、いったん消失したと思われたがんが、再び発生する場合を再発といいます。これに対し、主にホルモン療法で体に残っているものの休眠状態にあったがんが、再び活発に増殖し始める場合を再燃といいます」
前立腺がんでホルモン療法を受けて再燃が起こるのは、大きく3つのケースに分けられるという。
(1)がんの根絶を狙う手術や放射線治療の適応にならない進行がんで、ホルモン療法によってがんとの共存を図る治療法をずっと継続しているケース
(2)早期がんではあったが、心臓や肝臓、腎臓などの重い持病があったり、高齢だったりで、負担の大きい手術や放射線治療を回避してホルモン療法を行っているケース
(3)手術や放射線治療を行ったが、思ったよりがんが広がっていて、ホルモン療法による延命治療を継続しているケース
以上の3つである。それにしてもなぜホルモン療法が体内に残っているがんを一定期間とはいえ休眠状態に止めておくことができるのか。それを理解するには、前立腺がんがどうやって増殖するかを知る必要がある。
長期的にみるとホルモン療法は効かなくなる
前立腺は精液の一部の成分を作る役目があって、その細胞は精巣(睾丸)や副腎で作られる男性ホルモン(アンドロゲン)の刺激を受けて成長する。
「前立腺に発生したがんもまったく同様です。ホルモン療法は、そこを狙って男性ホルモンのがんに対する作用を何らかの方法で抑制してしまう目的で開発されました」(鈴木さん)
1940年代に精巣を除去する手術がその始まりだが、心身の負担が若干大きいのが欠点。そこで女性ホルモン、さらに1980年代には精巣除去に匹敵する効果を持つ薬剤が開発された。精巣の男性ホルモンの産生を促す大元の指令役であるLH-RH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)を脳から放出できなくする薬だ。前立腺がん細胞の男性ホルモンの取り込みをじゃまする抗アンドロゲン(男性ホルモン)剤も開発された。
「いずれも非常に有効で全体の90数パーセントの人に効きます。がんを死滅させることはできないのですが、休眠状態に追い込むことができます。しかし早ければ数カ月、遅ければ10年くらいで効力を失ってしまいます。そのときがんは再燃するのです」(鈴木さん)
かつては前立腺がんでいったん再燃が起こると、平均余命は1年ほどだった。
「ですが、今はそれらのホルモン剤を替えたり組み合わせたり、投与法の工夫もあって、1つが効力を失っても段階的に他の治療を講じることによって、10年以上も延命するケースは珍しくなくなってきています」
ではどんな方法があるのか。
QOLや予後を考慮した新しいホルモン療法
抗アンドロゲン単独療法
前立腺がんを刺激して増殖を促す男性ホルモンは、一般に95パーセントは精巣から、残りの5パーセントは副腎から分泌されるという。
特に初回のホルモン療法として精巣を除去したり、LH-RHアゴニスト剤を使って精巣からの男性ホルモンの産生を抑制すれば、なおさら副腎由来の男性ホルモンの働きが活発になり、これが再燃をもたらす要因になるとの説が有力になってきた。
「ホルモン療法の初回治療では、まず前立腺に取り込まれる男性ホルモンの作用を直接的に抑制する抗アンドロゲン剤を単独で使うことも選択肢の1つです。作用は前立腺内だけですので、体内の男性ホルモンの低下がなく、性機能低下や骨租しょう症などの副作用がないのが大きなメリットです」
デメリットとしてはLH-RHアゴニスト剤より効果は劣る、肝障害などの副作用が出ることだ。
「この療法の対象となるのは、主に早期がんの患者さんです。早期がんではアンドロゲンを除去するようなホルモン療法が長引くことが予想されますが、そうするとどうしても骨租しょう症や性機能低下など生活を脅かす副作用の発生頻度が高まってきます。それらを防ぎ、QOL(生活の質)の高い生活が期待できます」
ACTH:副腎皮質刺激ホルモン LH:黄体形成ホルモン
間欠的ホルモン療法
わが国ではホルモン療法の70パーセントはLH-RHアゴニスト剤と抗アンドロゲン剤を併用するMAB療法が行われている。MAB療法を行っているとがんの再燃の兆候である血中物質PSA(前立腺特異抗原)の値が上昇してくる場合がある。前立腺がんの発生や再発、再燃などを調べる腫瘍マーカーだ。
「そこで3~9カ月間ごとにMAB療法の投薬と中止を繰り返していくという方法があります。これを間欠的ホルモン療法といいます。ホルモン療法が効かなくなるまでの期間を延長できるのではないかと期待されています」
確実なメリットしては他のホルモン療法では高頻度に発生する性機能障害や骨粗鬆症が起こりにくいといったことがある。 デメリットとしては、まだ長期的な効果がはっきりと確認されておらず、どのような周期でこの療法を行うかなど方法論が完全には確立されていないことだ。
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