渡辺亨チームが医療サポートする:前立腺がん編(2)
サポート医師・赤倉功一郎
東京厚生年金病院
泌尿器科 部長
あかくら こういちろう
1959年生まれ。
84年千葉大学医学部卒業、同大学泌尿器科入局。
90年千葉大学大学院修了、医学博士。
90~93年カナダ・ブリティシュコロンビアがんセンターがん内分泌学科・ポストドクトラルフェロー。
千葉大学助手、講師、助教授を経て、2002年より現職。
前立腺がんの臨床的基礎的研究に従事
排尿障害に悩んで病院へ行ったら、実は、前立腺がんだった
岡田陽一さんの経過 | |
2004年 1月26日 | かかりつけ医で血液検査 |
1月27日 | 前立腺がんの疑い |
2月2日 | K市立病院泌尿器科で、生検 |
2月9日 | 前立腺がんを告知 |
建設資材販売会社会長の岡田陽一さん(73歳)は、排尿障害に悩み、前立腺肥大症を疑って近所のかかりつけ医を訪ねた。触診、PSA検査の結果、前立腺がんの疑いを指摘され、大病院を受診することになった。
高齢の岡田さんに待っている治療は、はたしてどんな治療だろうか。
排尿障害に悩む日々
2004年1月。東北のK市に住む73歳の岡田陽一さんは、自分が40代で創業した中堅の建設資材販売会社の会長を務めている。4人の息子と娘がいて、48歳の長男が仕事を継いで社長になっているが、昔からの得意先との付き合いも多く、なかなか現場を離れられない。「自分は生涯現役」「隠居生活より仕事」というのが口癖。それだけ体に自信があり、1日3合の日本酒は欠かさず、タバコも毎日20本は吸っている。
ただ岡田さんにも最近ちょっと困ることがあった。それはトイレに行ったとき、小便のコントロールが悪くなってきたことだ。便器の前に立って排尿しようとすると、チョボチョボとしか出ないため便器に届かず、床を濡らしてしまう。また、排尿が終わったあとも“切れ”が悪いためにチョロチョロと漏れて、パンツやズボンを濡らしてしまうこともしばしばだ。とりわけ酒を飲んだときなどによく現れる。 「これは前立腺(*1)の問題だな」と、岡田さんは考えている。
日頃、年頃が同じくらいの仲間と飲みながらの情報交換で、排尿困難や頻尿が前立腺肥大(*2)の症状であることを知っているからだ。同じようなことを訴え合い、「あんたもそうか?」と確認しあったり、「お互いに年だから仕方ないな」などとぼやきあったりしていたのである。
ところが、あるときそんな顔なじみの1人、68歳の建設会社社長である上村幸三さんの前立腺にがんが見つかり(*3前立腺がん)、全摘手術を受けたという。岡田さんは、上村さんが入院しているというK市立病院へ見舞いにかけつけた。
「どうだい上村さん、具合は?」
「あっ、岡田会長。これはわざわざどうも。ご心配おかけしまして。おかげさまでご覧の通りピンピンしております。まだちょっと小便がうまく出せないのですが……」
恐縮して見せた上村さんだが、今度は岡田さんにこんなことを聞いてきた。
「そういえば、会長も、いつも『小便が出にくくて困る』とおっしゃっていますよね?」
「うん、そうなんだ。パンツを濡らして、家内に怒られることもある」
「私も会長と似たような症状で、前立腺肥大とばかり思っていたのに、前立腺がんとわかりました。かかりつけの先生に血液検査をしてもらったら、『前立腺がんらしい』といわれたのですが、会長も1回ご近所の先生に診てもらったほうがいいですよ」
「ほう、そうなのか」
PSA検査で前立腺がんの疑い
1月26日、岡田さんは最寄りの駅前にある高橋クリニックを訪れた。すでに20年以上、何かにつけて通っているクリニックで、高橋院長とはすっかり顔なじみになっている。「今日はどうなさいましたか?」
60歳前後と思われる高橋院長が聞く。
「今日は血液検査をしてもらおうと思ってきました。友達が前立腺がんになって、見舞いに行ったら、私にも『血液検査をしてもらったほうがいい』というもので」
「ああ、PSA(*4)の検査ですね?」
「ピーエスエー?」
「はい、前立腺がんになると、血液中にそういう物質が増えるのです。現在は何か症状がありますか?」
「じつは私、小便の“切れ”が悪くて困っておるんです。前立腺肥大かもしれんと(*5前立腺がんの症状)」
高橋院長はちょっと表情を引き締めた。
「そうですか。それでは、採血をしましょう」
素早く岡田さんの左腕から採血をする。
「やはりがんの恐れもあるんでしょうか? でも、全然痛くもなんともありませんけど」
「いや、早期のがんは、自覚症状はほとんどありませんからね。次は触診をしましょう」
院長は岡田さんに診察台に上がるよううながす。
「ベルトをゆるめてズボンを下げておいてもらえますか?」
こう話す間に、院長はビニール手袋をはめて準備をしている。そして、指を肛門にあてがった。岡田さんには触診も初めての経験であり、ちょっと恥ずかしい。
「ああ、何か硬いしこりがありますねえ」
すぐに院長の指は何かを探り当てたようである。
「がんでしょうか?」
岡田さんはさすがに少し不安になってきて尋ねる。
「簡単には言えませんが、その疑いがありますね。明日の夕方PSAの検査の結果も含めてお宅へ電話しますから」
こうして岡田さんは少し不安な思いを残して、高橋クリニックをあとにする。
翌日の夜、高橋院長から岡田さんの家へ電話がかかってきた。
「血液検査の結果が出ました。PSAという酵素の値が25と高いようです(*6前立腺がんの鑑別診断)。がんの疑いが強いですね。本当にがんかどうかは生検というのをやらないとわかりませんが、うちではできないので、K市立病院の泌尿器科を受診してください」
悪性度の高くない前立腺がん
「どうやらわしはがんらしいぞ」
岡田さんは、高橋院長から電話を受けたあと、すぐに3歳年下の妻華子さんにこう話した。いつもはのんきな華子さんも、さすがにあわてた様子を見せる。
「まあ、おじいちゃん、いったいどうしたのよ?」
「いや、昨日、高橋先生のところで血液検査を受けて、今、結果を知らせてくださったんだよ。前立腺がんの疑いが強いらしいって」
入院中の上村さんの様子を知っている岡田さんは、それほど前立腺がんという病気を恐いと思っているわけではない。じつは華子さんもそうだったようだ。
「前立腺がんなら私のお友達の藤井さんのご主人なんか、10年も前に前立腺がんの手術をしているわ。手術のときは大変だったらしいけど、今はぴんぴん。前立腺がんなら、命に関わることはあまりないでしょ?」
華子さんはあっけらかんとしている。
「それにしても、俺の身内にはがんはいないのにな。どうして、俺だけがんになるのだろう? やっぱりたばこと酒かな?(*7前立腺がんの原因)」
「大丈夫よ。まだがんだと決まったわけでもないのに。今のうちからそんな心配してどうするのよ。病院には私も付いていってあげるから」
妻の激励に対して、岡田さんはそれ以上弱音を吐くわけにはいかなくなった。
2月2日、岡田さんはK市立病院泌尿器科で生検を受けるために1泊2日の入院をした。局部麻酔で直腸から針を刺して組織の採取が行われている(*8前立腺生検)。この間せいぜい10分くらいのものであった。
1週間後の2月9日、組織検査の結果を聞きにK市立病院を訪れる。そして、泌尿器科の梨田義治医長からあっさりと「前立腺がんであるとの診断が得られました。グリソンスコア(*9)というもので評価すると6という数字で、それほどタチの悪いがんではありません」と告げられた。
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