進行前立腺がん治療のカギを握るホルモン療法
放射線と手術のどちらが優れているか、ホルモン剤は何がよいか、様々な疑問に答える
東京厚生年金病院
泌尿器科部長の
赤倉功一郎さん
進行前立腺がんまでなった場合、前立腺という局所だけを治療するだけではすまない。
局所進行がんと呼ばれるステージ3も、遠隔転移を来たしたステージ4も、全身療法であるホルモン療法が患者さんの予後を左右する。前立腺がん治療の最前線に立つ東京厚生年金病院泌尿器科部長の赤倉功一郎さんに聞く。
ホルモン療法を加えると治療成績向上
前立腺がんはステージ3とステージ4の2つを合わせて進行前立腺がんと呼ぶ。原発の前立腺への局所療法だけではなく、全身療法を考えなければならないがんだ。
ステージ3の前立腺がんは、がんが前立腺の被膜を越えたり、精嚢に侵潤している。この段階では、20~30パーセントがすでに画像では見えない微小の遠隔転移を来たしている。そのため手術や放射線治療といった局所療法だけを行っても、従来5年生存率は50パーセント程度しか期待できなかった。
一方、ステージ4の前立腺がんは、骨やリンパ節などに転移している。そもそも局所療法は転移を防ぐために行うのだから、この段階で前立腺を手術したり放射線治療を行っても意味がない。
そこで、まずステージ3の前立腺がんへの局所療法だが、これは放射線治療を行うのが一般的となっている。赤倉さんはこう説明する。
「同じステージ3の中でも、がんが前立腺から少し外へ顔を出している程度の早期の段階なら、手術をお勧めすることもあります。でも、手術が難しい本格的なステージ3の症例や、手術のダメージを受けやすい75歳以上の高齢の患者さんには、まず放射線治療をお勧めします」
放射線にホルモン療法を併用する工夫
前立腺がんは、前立腺の中でパラパラと散らばっていることが多く、がん病巣の輪郭はCTなどの画像ではつかみにくい。こうしたがんの性格から、放射線治療では前立腺全体をターゲットに放射線をより集中照射することが求められる。そのため、3次元原体照射やIMRT(強度変調放射線治療)、重粒子線(炭素線)、陽子線といった新しい照射法を取り入れる工夫がなされている(*1)。
「何かをプラスすることで治療成績を向上させようと試みているわけです。もう1つの工夫は、放射線治療にホルモン療法を組み合わせるものでした」
欧米では進行前立腺がんの治療として、放射線治療単独と放射線+ホルモン療法を無作為に比較する臨床試験がいくつか行われてきた。これらの結果から、いずれも放射線治療にホルモン療法を加えると非再発率や生存率などの成績が向上することが報告されている。
「では、ホルモン療法は放射線の前に行ったらいいのか、後に行ったらいいのか、あるいはどのくらいの期間行ったらいいのか。これについてはまだ結論が出ていません。ただ理論的にいえば、放射線の前にホルモン療法を行えばがんも前立腺そのものも小さくなるというメリットがあります」
小さくしておけば放射線の照射野を小さくできるので、副作用も減らすことができるというわけだ。一方、「放射線治療とホルモン療法は相乗効果がありそうだ」という見方も示されている。また、微小遠隔転移を来たしていると想定すれば、ホルモン療法は全身療法の役割もある。主にこれら3つの意味で、ホルモン療法は放射線治療の成績を向上させると考えられる。
「ホルモン療法をどのくらいの期間行うかについては、一般的に『リスクが高いがんほど(*2)、ホルモン剤を長く投与するのがいいだろう』という方向になってきました。例えば同じステージ3でもグリソンスコア(*3)が8~10とか、PSA(*4)が20以上の高いものは、2年とか3年の長期間ホルモン療法を行ったほうがいいと考えられます。それよりもう少し早期で、グリソンスコアが7とかPSAが10以下だったら、ホルモン療法は3カ月くらいの短期間でいいと考えられるのです。標準的なステージ3に対しては私は、放射線を始める3カ月か6カ月前にホルモン療法を始めて、放射線治療を終えた後最低2年間はホルモン療法を行うのがいいと考えています」
リスク | PSA値 | グリソンスコア | 病期(ステージ) |
---|---|---|---|
低リスク | 10以下 | 6以下 | T1c、T2a |
中リスク | 10~20 | 7 | T2b~T2c |
高リスク | 20以上 | 8以上 | T3a |
*13次元原体照射=CTで腫瘍の形に合わせて、放射線の照射方向を変えながら高線量を照射する方法
IMRT(強度変調放射線治療)=3次元照射よりさらに細かく照射の形状を設定し、照射方向と強度を変えて、がん組織のみを狙い撃ちする
重粒子線=光速に近い速さで炭素イオンを照射して治療を行う。がん病巣の深部でエネルギーをピークにできる
陽子線=光速に近い速さで陽子を照射して治療を行う。がんの病巣の深部でエネルギーをピークにできる
*2 前立腺がんのリスク=グリソンスコアやPSAなどの所見をもとにリスクを分類
*3 グリソンスコア=前立腺がんのがん細胞を顕微鏡で観察して、その「顔つき」から悪性度を2~10の数字で表したもの
*4 PSA=前立腺上皮より分泌されるタンパクの一種。血液中に含まれる腫瘍マーカー。がんの診断や治療経過の観察にも広く用いられている
「ホルモン間欠療法」の臨床試験進行中
IMRTや重粒子線などの新しい放射線治療と併用する場合も、長期のホルモン療法は必要なのだろうか? 赤倉さんは、「放射線治療の照射方法の違いと、ホルモン療法の必要性は別問題」と話す。
「重粒子線を例にとっても、やはり高リスクの前立腺がんでは、2年以上ホルモン療法を併用したほうがいいというデータが示されています。おそらくほかの放射線治療でも同じことでしょう」
内分泌療法 | |||
---|---|---|---|
手術療法 | 薬物療法 | ||
精巣摘除術 (去勢術) | LH-RH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)アゴニスト | 女性ホルモン剤 (エストロゲン剤) | 抗男性ホルモン剤 (抗アンドロゲン剤) |
男性ホルモンの分泌を抑える | 男性ホルモンの作用発現を抑える |
日本では前立腺がんのホルモン療法には、一般的にLH-RHアゴニスト(アナログ)という薬剤が使用される(*5)。前立腺を縮小させて、がんも小さくする効果が高くて、手術で去勢したのとほぼ同じ効果があり、「内科的去勢」と呼ばれる。
副腎からくる男性ホルモンの一種アンドロゲンを前立腺内にある受容体に結合するのを防ぐ抗アンドロゲン剤によるホルモン療法もあるが、日本では単独療法としてはあまり普及していない。
しかし、これらのホルモン療法を長期間続けるとやっかいな問題が出てくる。それはやがてホルモン剤が効かなくなる時期が訪れるということだ。遺伝子の変化が起きて、がんが耐性を持つらしい。そこで、最近はホルモン剤をずっと続けるのではなく、PSAの値が高くなったらホルモン療法を行い、下がったら休むという「ホルモン間欠療法」というものが検討されている。
「もし間欠療法でも、非再発率や生存率に変わりがないというデータが示されれば、放射線治療の効果を長続きさせ、副作用も軽くできる上、治療費も安くなるメリットがあり注目されています」
*5 LH-RHアゴニスト=脳の視床下部から分泌されるLH-RH(黄体ホルモン放出ホルモン)に似た薬。LH-RHの受容体をブロックして、テストステロンの分泌を抑える
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