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渡辺亨チームが医療サポートする:前立腺がん編

取材・文:林義人
発行:2004年11月
更新:2013年6月

  


サポート医師・赤倉功一郎

サポート医師・赤倉功一郎
東京厚生年金病院
泌尿器科 部長

あかくら こういちろう
1959年生まれ。
84年千葉大学医学部卒業、同大学泌尿器科入局。
90年千葉大学大学院修了、医学博士。
90~93年カナダ・ブリティシュコロンビアがんセンターがん内分泌学科・ポストドクトラルフェロー。
千葉大学助手、講師、助教授を経て、2002年より現職。
前立腺がんの臨床的基礎的研究に従事

PSAに振り回されてはいけない。がんの確定は生検で

 山田博史さん(67)の経過
2002年
10月25日
定期検査でPSAが急上昇。
11月1日 初期の前立腺がんと診断され、手術を勧められるが、術前ホルモン療法を選択。
11月8日 術前ホルモン療法開始。

近所のクリニックで定期的に受けていた定期検査で、あるとき急にPSA値が上昇した山田博史さん(67歳)。

クリニックで泌尿器科の専門医を紹介してもらい、精密検査を受けた。生検の結果は「前立腺がん。ステージはTb2」。

こういうがんに対して、一体どんな治療法を受けたらいいのだろうか。

PSA値の異常はがんとは限らない

2002年10月、さいたま市に住む67歳の山田博史さんは、妻と2人だけで年金生活を送っていた。2年前に建設会社を定年退職しており、2人の息子はそれぞれ自立し、家庭を持っている。

身長165センチ、体重70キロと、ちょっと肥満気味だが、山田さんは健康には十分気を配っている。40代に禁煙したのをきっかけに、毎朝5時に起きることを習慣にし、2時間くらいかけて散歩する。40代くらいまでは肉が好きなほうだった食べ物の好みも、年とともに魚や野菜のほうが口に合うようになった。

唯一健康上気がかりなのは、会社勤めの頃から近所のMクリニックで受けている定期の血液検査で、「PSA*1)の数値が高め」と言われていることだった。PSAは前立腺特異抗原と呼ばれるたんぱく質分解酵素の一つで、数値は前立腺の異常を示す。

じつは山田さんより2歳年上で、子どもの頃からとても仲が良かった従弟が63歳のとき前立腺がんで亡くなっている。日本人の前立腺がんが増えているという話を聞くたび、「自分は大丈夫だろうか?」という思いが強くなっていた。

10月25日、山田さんは前の週に受けた定期検査の結果を聞くために、Mクリニックを訪れる。この日、M院長はちょっと難しい顔をして見せ、こう話した。

「腫瘍マーカーがここ1年の検査で、5.3、5.4、5.7ナノグラム/ミリリットルと微増してきました。前立腺がんが疑われる状態になっています」

山田さんは、ドキっとする。

「ああ、とうとう来るべきときが来ましたか。従兄も前立腺がんで死んでいますから、体質もあるんでしょうね。で、私のような状態だと平均であとどのくらい生きられますか?」

今度はM院長が慌てた。

「いえ、血液検査だけでがんと決めつけるわけにはいきません。それに万一クロだとしても、前立腺がんはすぐに命にかかわるようながんではありませんから(*2前立腺がんと予後)。まず泌尿器科へ行って確定診断を受けてください。紹介状を書きます」

こう言うとデスクに向かい、F総合病院の泌尿器科宛の紹介状を書いてくれた。

帰宅すると、山田さんは開口一番、妻の渚さんにこう話した。

「M先生がとうとう、がんの疑いがあるってよ」

「えーっ」

渚さんは驚きの声を上げる。

「いや、まだはっきりがんと決まったわけじゃないし、すぐに死ぬってわけでもないらしい。病院で精密検査を受けろって」

3段階で行う前立腺がん検査

2002年11月1日、山田さんはM医師の紹介状を持って、F総合病院の泌尿器科を午前9時に訪れた。10時頃になって名前が呼ばれる。

担当のS医師が診察室で待っていた。

「今現在、とくに具合の悪いところはないのですね?」

紹介状に目を通しながら、S医師が確認する。

「ありません。ご飯もおいしく食べられています」

この返事を確認してから、S医師は前立腺がんの検査について説明を始めた。

「検査は大きく分けて、3つの段階で行います。まず本日は触診、PSA、超音波の検査をして、がんかどうかを見極めます(*3前立腺がん検査のプロセス)。ここで、がんの疑いが出れば、改めてご来院いただき、次に生検を受けていただきます。生検は体に負担があり、出血を伴う検査なので、当院では1泊2日の入院をしていただいて行うこともできます。生検の結果、ようやく本当にがんかどうかについてお話しできます。がんの確定診断がついたら、CTやMRI検査、骨シンチグラフィなどで、がんがどこまで拡がっているかを調べる検査を行い、病期の診断をします」

こう話したあと、M医師は手にビニール手袋をはめ、「診療台に上って壁のほうに向いてお尻を出してください」と山田さんを促す。

「口をあけて大きく息を吸ってください」

そのとき、山田さんは肛門に指が入ってくるのを感じた。指は何かを探るように動いているが、苦痛はない。

「あ、腫瘤があるようですね。でも、ごく小さい」

温和な声でM医師は言う。「触診は医師の腕次第」と前もって聞いていた山田さんは、「腕のよさそうな先生だな」と、ほっとした気持ちを覚える。

転移はない。ステージTb2のがん

2002年12月8日の午後、山田さんは1泊2日で生検を受けるため、F総合病院に入院した(*4前立腺がんの生検)。初診時の検査でPSAは6.8ナノグラム/ミリリットルになっていたほか、触診、超音波の検査のいずれも、前立腺がんの疑いを示す結果が出ている。

病室から手術室へ向かいながら、山田さんは前立腺がんで亡くなった従兄が、「生検はけっこう痛いぞ」と言っていたのを思い出した。「今でもそうなのかなあ」と、少し恐くなってくる。手術室には、M医師のほか、麻酔医も待っていた。

「少し痛いですよ」

手術台に上がると、麻酔医が背中から腰椎麻酔薬を注入する。注射はけっこう痛かったが、そのあと下半身の感覚がじょじょに薄れていく。

部分麻酔なので、M医師が処置をしている様子は、だいたい山田さんにもわかる。超音波画像で前立腺の位置を確認しながら、会陰部から針を指して組織を吸引している。もちろん麻酔で痛みはまったく感じない。「従兄の生検のときは、もしかすると麻酔があまり効いていなかったのかも」などと考えているうちに、組織採取の処置が終わった。

まだ下半身には麻酔が効いているので、病室へはストレッチャーに乗せられて戻る。時計を見ると、約1時間が過ぎていた。

1週間後の12月15日、山田さんは生検の結果を聞きに、M医師のもとを訪れた。ディスプレイの上でカルテを見ながらM医師ががんを告知する。

[グリソンスコア別生存率]
    10年
生存率
15年
生存率






2~3 95% 93%
4~6 90% 82%
7~10 82% 71%

「陽性でした。がん細胞の悪性度*5)は、グレード3に一部グレード4があり、グリソンスコアという評価法で7という数値で、中分化型です。本日はCTとMRI、明日骨シンチの検査を行い、転移がないかどうかを調べます」

十分予想していた結果なのに、山田さんは背筋にぞくっとしたものを感じた。

ほぼ1時間くらいの検査のあと、再びM医師のもとに戻った。

「遠隔転移はなかったので、ステージはTb2という段階です(*6前立腺がんのステージ分類)。がんが急に進行することはまず考えられません(*7前立腺がんの予後)。今後の治療方針ですが、前立腺がんにはいろいろな治療法があるので、ご希望に沿って進めていきたいと思います」


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