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鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談
がんの治療中はセックスをしてはいけないんですか? ノンフィクションライター・長谷川まり子 × 鎌田 實
気鋭の女性ノンフィクションライターがパートナーの闘病中に直面した切実な問題
いま書店の店頭に『がん患者のセックス』という本が並んでいる。ノンフィクションライターの長谷川まり子さんが、ステージ3の悪性リンパ腫で入院したパートナーのがん治療に付き合った体験を通して、がんとセックスという微妙な問題に真正面から迫った注目の書である。タイトルはいささか固いが、自らの体験も赤裸々に綴っているだけに、がん患者さんや家族には参考になる。基本的に患者さんにはやりたいことはやらせる、と言う「がんばらない」&「あきらめない」の医師・鎌田實さんが切り込んだ。
はせがわ まりこ
1965年、岐阜県生まれ。ノンフィクションライター。世界の社会問題を取材中に、インド・ネパールの越境人身売買問題を知り、ライフワークとしてさまざまなメディアでレポートする。1997年に同問題の被害者支援のための無償ボランティア団体「ラリグラス・ジャパン」を立ち上げ、代表として活動している。2008年、『少女売買~インドに売られたネパールの少女たち』(光文社)が、「第7回新潮ドキュメント賞」を受賞。2010年、『がん患者とセックス』(光文社)を刊行した
かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数
パートナーのがんを機にがんとセックスを取材
鎌田 長谷川さんの『がん患者のセックス』(光文社)、読ませていただきました。存在する意味のある、大事な本だと思いました。
長谷川 ありがとうございます。
鎌田 がん患者さんがその悩みをかかえていても、なかなか誰にも言えないというテーマですし、私たち医師もそこまで手が回らないというのが現実ですからね。
長谷川 患者さんの側も、病院側はとても忙しいということが膚で感じられますから、変なことを相談してわずらわせては申し訳ないとか、これは病気には直接関係ないことだから言えないといった気持ちがあるんですね。また、セックスに関するお話は、かなりデリケートな問題で、プライバシーも絡みますから、恥ずかしいという気持ちが先行します。
ですから、パートナーが悪性リンパ腫になり、がんとセックスの問題の体験者である私が取材に行っても、患者さんも最初はなかなかお話ししてくださらないことが多かったですね。でも、お話しするうちに「実は」ということが結構出てきたんです。とくに、性機能障害に直結しやすい婦人科系のがんの方とか、化学療法を行っている方とか……。本の中にも、化学療法を行っている悪性リンパ腫の男性の精液に血が混じっていたという例を紹介しましたが、性機能に直接関係のない部位のがんでも、治療している間にセックスの問題をかかえるケースが結構あるのではないかと思います。
鎌田 その男性の場合は、がんになって化学療法を行っていて、しばらくセックスをしていなかった。ある日、マスターベーションをしたら、今までに見たこともない色のついた精液が出て、血液が混じっていることに気づかれたんですね。
長谷川 その方の場合は、主治医が「抗がん剤は関係ない」とおっしゃったようです。その方は、射精後ものすごく動悸がすることと、疲労感が尋常ではないことを、とても心配していらっしゃいました。
鎌田 手術をして、抗がん剤治療をしている人には、貧血気味の人が少なくありません。ふだん血色素が15~16(グラム/デシリットル)ぐらいの元気だった人が、12ぐらいの貧血ぎりぎりの数値になると、山登りをしても疲れ方が違ってきます。セックスをしても元気なときと比べて疲労感が大きい。それはセックスをしてはいけないのではなく、体力が少し落ちているということです。がんの治療中だからセックスをしてはいけないというのは、単なる思いこみで、セックスができる程度まで回復してきたら、セックスをしたほうが元気が出てくるんじゃないかと思います。
長谷川 私も何となくそんな気がします。
鎌田 長谷川さんの本の中で、血液1マイクロリットル中に白血球数がいくつあればいいか、ある医師は3,000ぐらいと言い、ある医師は2,500~3,000ぐらいと答えていることに関して、長谷川さんは「のりしろが多すぎるのではないか」と疑問を呈していますよね。一般の人はきちんと数値を示してほしいと思うでしょうが、医師は大きな流れは見ていますが、あまり細かいラインは引かないんです。がんの専門医になればなるほど、そんなことに構ってはいられない。白血球数2,000のがん患者さんがセックスをしたらどうなるかということなど、調べたがん専門医はいないと思います。だから、セックスの問題に答えられるがん専門医は、ほとんどいない(笑)。
お互いにマスクをして病室でキスをしました
長谷川 そうでしょうね。私は医療についてはまだまだド素人で、インド・ネパールの少女たちの人身売買に絡んで、HIVいわゆるエイズの問題を取り上げたときも、医療について一生懸命勉強したわけですが、パートナーががんになり、自分が患者側に立ったとき、がんについて幼稚園児ぐらい何も知らないことに気づきました。
鎌田 パートナーと病室でキスをするとき、マスクをした(笑)。
長谷川 はい。小さなポンプ式の除菌液で、お互いの顔を拭き合ったこともありました(笑)。冷静ではなかったということもありますが、自分の何でもない行為が相手にとんでもない影響を与えたらどうしようと、怖くて怖くて仕方がなかったんです。転ばぬ先の杖みたいな感じで、異常に周りを掃除をしたりとか。そうすることで自分の気持ちも収まると言いますか……。「キスは大丈夫ですよ」と誰かに言ってもらえれば良かったんですが(笑)。
鎌田 後に取材を進める中で、神戸のがん化学療法看護認定看護師さんから、やっと「キスは大丈夫」と言ってもらったわけね(笑)。
長谷川 そうです。がんの闘病中は気持ちがいっぱいいっぱいで、セックスのことまで考える人は少ないかもしれませんが、キスやハグぐらいはしたいという人は、たくさんいらっしゃると思います。しかし、病院側から「免疫力が低下しているので、感染症には注意してください」などと言われると、キスやハグは大丈夫なんだろうかと思ってしまう。素人ですから、塩梅がよくわからないんです。
鎌田 私は患者さんにやりたいことは何でもやらせてあげるタイプの医者だから、白血球数が1000でも、やりたければやっていいと思います。白血球数の正常値といっても、もともとのりしろがあるものですから、大きな流れだけしっかり見ていればいい。MDS(骨髄異形成症候群)という骨髄をつくるのが抑制される病気の人の中には、白血球数が1000ぐらいでも、元気に世界を飛び回っている人がいます。だから私は、白血球数が1000のがん患者さんでもセックスはできると思っています。
長谷川 鎌田先生のような先生が主治医で、「先生、私の場合はどうですか」と、気軽に訊けたらいいと思いますね。
病状が厳しいときでもキスやハグをしたい
鎌田 さて、長谷川さんのパートナーはスチールカメラマンで、悪性リンパ腫のステージ3だった。
長谷川 いま3年目です。定期検診の中では問題はなく、夏にCTと内視鏡の検査をやりましたが、大丈夫でした。本人はがんだったことを忘れているぐらいで、海外に仕事に行っているほど元気です。
鎌田 セックスはともかくとして、キスしたい、ハグしたいという気持ちは、病状がかなり厳しいときにもありましたか。
長谷川 ありました。幸いなことに、彼は抗がん剤の副作用が比較的軽く、吐き気があっても、起き上がるのがつらいというようなことはありませんでした。彼は学生時代、ラグビーをしていましたから、もともと痛みやしんどさには強いようです。
鎌田 それはいい性格だね(笑)。
長谷川 彼が闘病中、どれほどしんどかったのか、よくわからないのですが、1度、ちょっと貧血気味だったのか、体重計に乗るときに段差に足をとられて尻餅をついてしまったんです。それがすごいショックだったようです。当時、胃の病変がひどく、1カ月ほど絶食していました。食事はカテーテルを入れて輸液で摂っていました。ですから、身体が紙のようにペラペラに痩せて、思うように歩けず尻餅をついたんです。
鎌田 リンパ腺が腫れてステージ3に広がっていただけではなく、胃に肉腫ができていたわけですね。
長谷川 医師のお話では、そのころは抗がん剤が効いてリンパ腫がぽろぽろとれている状態でしたが、浸潤がひどく胃の外側まで達していたので、もしかすると胃に穴があくかもしれないと言われていました。実は、最初の病院では手術したほうがいいと言われたんですが、彼がセカンドオピニオンを求めて、2番目の病院で抗がん剤治療を選んだのです。胃に穴があいたときは手術をすることになっていました。抗がん剤治療中は食べないほうがいいと言われて、絶食していましたが、痩せっぷりが半端ではなく、多分そのときはすごくしんどかったんだと思います。ただ、本人は「食べなくてもウンチは出るんだ」と、結構喜んだりしていました(笑)。
鎌田 やっぱり、いい性格だ(笑)。
日本の病院には少ないキスやハグができる場所
長谷川 そのころは、面会時間中はずっといるようにしました。私が帰るとき、彼がガラガラと点滴を押して玄関まで送ってくるのです。別れるとき、お互いに手を挙げて、がんを告げられてからふたりの合言葉にしていた「がんばろう! おー!」という挨拶をするのですが、手が上がらない様子でした。そのとき本当に悲しそうな顔をしている彼を見て、ギュッとハグしてほしいんだろうなと思いました。
鎌田 日本の病院って、ギュッとできる場所が少ないんだよね。
長谷川 そのときは、ベッドの下に隠れても、トイレに隠れても、一緒にいてあげたいと思いました。完全看護はとてもありがたいのですが、「帰れ」と言われてしまうと、心配で心配で、何かしてあげたいと思うんです。
鎌田 帰るときにギュッとすることができ、踏ん切りがつけば、あなたも彼もある程度納得して、「また明日ね」って別れることができるけれども、日本の病院にはそういう場所がない。
長谷川 その病院では、「胃が破れたときは、ウチには緊急対応できる医師がいませんから、覚悟しておいてください」と言われていたから、「胃はもう破れません」と言われるまでは、もう怖くて……。そのころがいちばん一緒にいたいと思いました。
それに、6人部屋に入っていましたから、再発の人とか、骨髄腫の悪化した人とかが同室で、部屋の雰囲気が本当に暗いんです。他の人が苦しむと、こちらも苦しくなりますし、こちらがちょっと良くなっても、こちらだけ喜ぶわけにもいきません。そして、病室に太陽は入ってこないし、談話室は窓がない地下にあるし、仕事復帰に備えて筋肉を鍛えるために、覚束ない足で歩く練習をしていると霊安室にたどり着くし(笑)、病気がよけいに悪くなる感じでした(笑)。
鎌田 まるで刑務所みたいだね。
長谷川 病室には1人っきりの人もいらっしゃいましたから、私たちがあまり仲良くしているわけにもいきません。その人の立場になったら、絶望的な気持ちになるでしょうから。
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