子どもが欲しいという想い、そして持たないという選択 特別対談・洞口依子(女優) × 高橋 都(東京大学大学院講師)

構成●半沢裕子
撮影●向井 渉
発行:2009年6月
更新:2019年7月

  

大切なのは、夫婦がどこに価値を置くかということ

女性のがんと密接に関わってくる妊娠、出産、子どもという問題――。2004年に子宮頸がんを患い、今年5年目を迎えた女優・洞口依子さんと、がん患者の性問題の第1人者である東京大学大学院講師の高橋都さんとがこの問題を巡って話し合った。特別対談第2弾。「あなたはどうしたいですか? あなたのパートナーはどうしたいと思っていますか?」お2人はこう投げかける。

 

洞口依子さん


どうぐち よりこ
1965年、東京都武蔵野市生まれ。高校生でEPICソニースターメイキングコンテストに優勝。篠山紀信氏撮影の雑誌「GORO」の誌面を飾り注目を集め、85年映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」でデビュー。以後、映画「タンポポ」など、黒沢清、伊丹十三作品の常連、テレビでは「オトコの居場所」などに出演。CMでは渡辺いっけいと共演した「クロレッツ」で芸達者ぶりを発揮。97年NHKディレクターの葛西弘道氏と結婚。2004年1月、子宮頸がん。著者に『子宮会議』(小学館)

 

高橋都さん


たかはし みやこ
東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻老年社会科学分野講師。岩手医科大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。保健学博士。日本性科学学会幹事。日本サイコオンコロジー学会常任世話人。専門は、内科学、公衆衛生学、性科学、精神腫瘍学。共著に『健康とジェンダー』(明石書房)、『セルフヘルプ・グループの実際』(中央法規出版)、『がん患者の<幸せな性>』(春秋社)など

子どもをもてる可能性を治療前に説明することが大事

高橋 「子どもをもつこと」というテーマは、前回のセクシュアリティの話(2008年2月号)よりずっとむずかしいですね。セクシュアリティについては、たとえばがんの種類によって共通点もありそうですが、子どものことは状況や人によって本当に違うでしょう?

洞口 そうなんです。私のまわりにも、あらかじめ望まない友人がけっこういますけど、子どもをもうけられない理由は、病気に限らずさまざまですからね。

高橋 じつは、先日ある医師向けの教科書に、がん治療後の性と生殖について書きました。そのとき、このテーマが教科書に取り上げられることを歓迎しつつ、医師に向けて何をどこまで書けばいいんだろうと迷う気持ちもありました。
ひとつ明らかなのは、治療の選択について医師が患者さんと話をする際、その治療が生殖機能にどんな影響を与えるのか、きちんと説明するべきだということ。「こういう抗がん剤治療を受けると、生殖機能にはこんな問題が生じます」というようにね。
また、最近はがん治療を受けても生殖機能が残るようにする工夫も増えてきました。精子や受精卵の凍結保存などです。臨床試験レベルですが、未受精卵の凍結保存も試みられています。一部の施設では卵巣に放射線がかからないように放射線防護シールドを使ったり、手術で一時的に卵巣の位置を変えたりしています。でも多くの施設では、担当医自身の考え方によって、患者さんに伝えられる情報の量や質が大きく違うのが現実です。忙しい臨床現場では難しい側面もあると思いますが、がん治療と生殖機能との関連についてどの人にも十分な情報が伝えられるべきだと思いますね。

洞口 そういえば、私も手術の前に、「お子さんのことはどうお考えですか。病期から考えて、卵巣温存は可能ですよ」といわれました。でも、続けて先生は「あまりいい結果は出ていない」と。それを私は、治療成績がよくないという意味に受け取り、出産のことを意味しているとは思いませんでした。

高橋 なるほどねえ。たしかに、病気のことをいっているのか、子どもを授かる成功率のことをいっているのか、わかりにくいですね。日本語は微妙ですねえ。

洞口 でしょう? 子どもを望むことは可能と教えてはいただきましたが、どうも腫瘍の状態のほうをメインに話してくださっている感じがしました。

高橋 それでも、子どものことはセクシュアリティに比べて、医療の俎上に載せられるテーマではあるんです。不妊治療の専門医もいるし、医学の一部として医師が身近に感じやすいテーマではあります。
この小冊子『化学療法を受ける大切なあなたへ、そしてあなたの大切な人へ』(8頁参照)は、東京慈恵会医科大学講師の看護師、渡邊知映さんたちが作ったもので、抗がん剤治療と生殖機能との関連をまとめたものです。

洞口 えーっ。こんなものがあったなんて、知らない!!

高橋 去年(2008年)出ました。化学療法は、何歳で、どれくらいの量の抗がん剤を、どういう組み合わせで受けるかによって、生殖機能への影響が大きく異なります。こういうことは医師に言葉で説明されてもすぐ理解することは難しいでしょうが、くりかえし読める小冊子は、とても役立ちますよね。

洞口 (感心して)はーっ。

高橋 抗がん剤治療後に生殖機能が戻る方もいますが、たとえば造血幹細胞移植に向けて大量抗がん剤の投与や全身放射線照射をうけると、男女とも高い頻度で生殖機能は失われます。でも、命にかかわる治療を受けるときに、生殖機能の優先順位は低いと医師は考えるかもしれません。あるいは、白血病の診断がついたばかりで治療が一刻を争うような場合、つい医師は説明を省いたとしても不思議ではない。患者さんもご家族もそれどころじゃないでしょう、とね。

洞口 生きるか死ぬかというときですから、患者もそこまで気が回りませんしね。

高橋 でも治療後に生殖機能が失われたと知ったとき、「私はこれで助かったから、いいんだ」と思う人もいれば、「もし知っていたら、もっとよく考えたのに」と思う人もやっぱりいるんです。

洞口 つまり、これは医師のガイドラインでもあるわけですね。


『乳がん患者さんとパートナーの幸せな性へのアドバイス』

「化学療法を受ける大切なあなたへ そしてあなたの大切な人へ」

神田善伸・渡邊知映編 無料配布
抗がん剤治療を受ける患者さんとパートナーのための性生活、不妊などについての情報冊子。化学療法の精巣・卵巣への影響、化学療法後の性生活、経験者からのメッセージなどが掲載されています。お申し込みは下記に

【申込先】郵便番号・住所・氏名・希望部数を明記し、90円切手を同封して下記へ郵送
〒182-8570 東京都調布市国領町8-3-1
東京慈恵会医科大学医学部看護学科 渡邊知映氏宛て

子どもをもつ、もたないは医師が決めることではない

高橋 治療と生殖機能の関連情報は十分伝えられるべきだと思いますが、その一方で、私には「子どもをもつ、もたないは、医師が口を出すことなのかなあ」という思いもあります。「子どもなんていっている場合じゃないでしょう」とか、若くしてがんになった方に「無理に子どもをもって、お子さんが生まれたあと再発したら」とか、医師が患者さんにいうこともあると聞きます。
でも、子どもを授かったあとに再発したり、あまり長く生きられないことがわかったとしても、子どもをどう育てるかを考えるのは、医学ではなく家族の問題だと思うんです。

洞口 私は担当の先生に、「今後子どもをもつこともできますよ」というようなことをいってもらい、すごく励みになりました。けれども、手術を選択すると、その手術は広汎子宮全摘手術()になるから、結局は産めなくなってしまう。代理母出産とかを考えなくちゃなりません。それはおっしゃるように、私や夫、家族が考えることですよね。事実、さんざん悩みました。今まで、子どもをもつことについて、悩んだことなんてほとんどなかったのに……。

:広汎子宮全摘手術:子宮、卵巣と一緒に、関係リンパ節や周辺臓器もとる大規模な手術

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