子宮をなくしたが、「女であること」を自分の中でもっと開花させたい 特別対談・洞口依子(女優) × 高橋 都(東京大学大学院講師)

構成●半沢裕子
撮影●向井 渉
発行:2008年2月
更新:2019年7月

  

性のことをうまく話し合えない状況に風穴をあける

「タンポポ」などの映画で知られる女優、洞口依子さんは、子宮頸がん、8時間に及ぶ手術、術後の後遺症という幾多の試練をくぐり抜け、仕事に復帰した。が、彼女の身体には、実は大きな穴があいていた。性という名の喪失感だ。しかし、なかなか大っぴらにはしゃべれない。こんなときに知ったのが、がん患者の性問題の第一人者として知られる東京大学大学院講師の高橋都さんだ。2人は話し出すや、尽きることがないほどに……。

 

洞口依子さん


どうぐち よりこ
1965年、東京都武蔵野市生まれ。高校生でEPICソニースターメイキングコンテストに優勝。篠山紀信氏撮影の雑誌「GORO」のグラビアを飾るなどして注目を集め、85年映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」でデビュー。以後、映画「タンポポ」など、黒沢清、伊丹十三作品の常連、テレビでは「オトコの居場所」などに出演。CMでは渡辺いっけいと共演した「クロレッツ」で芸達者ぶりを発揮。97年NHKディレクターの葛西弘道氏と結婚。2004年1月、子宮頸がん。著書に『子宮会議』(小学館刊)

 

高橋都さん


たかはし みやこ
東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻老年社会科学分野講師。岩手医科大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。保健学博士。日本性科学学会幹事。日本サイコオンコロジー学会常任世話人。専門は、内科学、公衆衛生学、性科学、精神腫瘍学。共著に『健康とジェンダー』(明石書房)、『セルフヘルプ・グループの実際』(中央法規出版)、『がん患者の<幸せな性>』(春秋社)など

ふれても何も感じない……。「封鎖された炭鉱」になって

洞口 私ががんになる前の私たち夫婦は、安定して性生活があったわけではなく、子どもを望んで営みをするという夫婦でもなかったと思います。淡白でしたが、それで不足も不満もありませんでした。
けれども、私が子宮頸がんになって、広汎子宮全摘術という大きな手術を受けてから、自分のここ(女性器)に穴があいてしまったように感じたんです。まるで封鎖された炭鉱みたい。ふれてもいけない、誰かにさわられてもいけない。本当にそうなの? と思って、自分でさわってみましたが、濡れもしないし感じもしないんです。
私は女ですらなくなったのかと、寒気がしました。何ともいえない喪失感、ショックがドーンと来て、それからセックスを避けるようになってしまったんです。

高橋 相手との性的な結びつきがどのくらい重要かというのは、すごく個人差がありますね。私自身、乳がん手術を受けた方々にお話を聞いたとき、驚きました。20代で淡白な方もいれば、50代でも日常的に性的な結びつきをとても大事にしている方もいる。
でも、セックスのことが普通に大っぴらに語られることは少ないので、ほかの人はどうなのか、わからないんですね。
それにしても、「何も感じなくなってしまった」という件は、私もご本の中で最も印象的でした。セックスって体のことだけでも、心のことだけでもなくて――。

洞口 ええ、ええ、そう思います。

高橋 ただ、卵巣は女性ホルモンだけではなく、じつは少量ですが男性ホルモンも分泌しています。
そして、体の内から湧き起こるような性欲をつかさどっているのは、この男性ホルモンだといわれています。ですから、卵巣をすべて取ると、自発的な強い性欲はやっぱり減退するようです。

洞口 はじめて知りました。

高橋 だから、両卵巣の手術を受けたあと、性欲が一気に落ちてしまったり、あるいはそれまで楽しめていたマスターベーションが心地よくなくなる、ということはありますね。

挿入しないと萎縮するという道具のような性には抵抗感

洞口 私自身は理解できない世界に落ちてしまったようで、すごくショックでした。以来、性的なものを遠ざけていたんですが、昨年、本を書いた頃(2007年6月)から、「それってどうなの」と思うようになりました。
私はまだ若いし、これから恋をするかもしれない。女優ですから、表現のためにも性的なことが必要でしょう。とくに、私は人のいろいろな欲にまつわるところを表現したいと思っています。なのに、そういう部分が全然ないのはどうなの、と思ったんです。

高橋 ご主人は治療の間、ずっと寄り添っていてくれたのでしたね。その一方、2人の性生活に関してご主人に「『今後もそういうことはないものと思うし、もしあったらちゃんと言うよ』とも言った。『でも、恐らくもうないなあ』とも」と言われたとご本に書いておられますね。それは、とてもショックだっただろうなあと思います。
でも、そういうケースは少なくないんですよ。患者さんご自身は治療もつらいし、合併症もある。苦しむ患者さんを見て、ご主人や恋人は「セックスを求めたらかわいそう」という気持ちになったり、性欲が落ちてしまったりすることもあります。パートナーがED(勃起不全)になることもありますし。

洞口 うちもそういう傾向があるかもしれません。反対に、「腟に放射線もかけたりしているから、セックスしないと萎縮してどんどんできなくなる、って言ったでしょ。ぼくがもしあなたのパートナーなら、こわがっていないで少しずつやってみよう、っていうけどな」といった友人もいました。

高橋 確かにそういう側面もある。でも、「腟が萎縮しないように、挿入をして腟をきちんと保ちましょう」という道具のようなセックスに、抵抗感を抱くカップルもいるかもしれませんね。

洞口 そうですよね。そう考えると、男の人と交わる自分がいやになってしまう。だったら、もう閉鎖してもいいという気分になるんです。

語られなかった「病後の性」本当は知りたいことだらけ

洞口 「ここまで元気になったんだから、もっと楽しいことを考えて生きていけばいいじゃない」といわれることもあります。病気や手術のことを話したら、普通の人は「無理しなくていいんじゃない?」で終わってしまいますしね。

高橋 私が病後の性について仕事を始めるきっかけになったのは、10年くらい前、乳がんで乳房を全摘された患者さんに相談を受けたことでした。当時、人間ドックの乳がん検診を担当していて、その方の乳房も触診し、「大丈夫。これからも乳腺外科の先生に経過を見てもらってください」とお話ししました。
ところが、その方が顔を赤くし、意を決したように、「手術のあと、セックスがなくなってしまった。私はしたい気持ちがあるのだけれど、夫に話したことはない。だから、バイブレータを使っているけれど、病気に悪くありませんか」とおっしゃるんです。
そのとき、私は「悪くありませんよ。そういうことは大事です」というのが精一杯でした。けれど、そのあと思ったんです。私は「がん治療のあと、人がその人らしく生きるサポートを医療者はどうできるか」なんて偉そうな研究をしていたのに、なぜセックスのことを今まで考えなかったのかと。
当時、患者さんの術後の性のサポートを、自分の仕事と考えている医師はほとんどいませんでした。今も多くはないかもしれません。

術後の性について医師は患者に話す必要がある

洞口 私の主治医の先生も、最初はそうでした。私が質問したら、「ゆっくりやりましょう」といわれて、しばらく考えてしまいました。でも、たまたま検診のときに、セックスのことをもう1度聞いたら、「あなたのようにストレートに聞いてくれたほうが、ぼくたちもありがたい。何でもお答えしますよ」といってくれて、実際に何でも一緒に考えてくれます。

高橋 前向きな先生ですねえ。

洞口 具体的にわからないことがあるんです。たとえば、腟は何分の1かはなくなったのに、傷口がどんなかもわからないでしょう。突然ヒモが出てきて、「先生、何このヒモ!?」みたいな(笑)。

高橋 手術の糸が溶けなかった、とご本に書いてありましたね。見えないところですしねえ。

洞口 そう、見えないんですよ。

高橋 ある患者会でも、腟の先は縫い閉じられていないと思っていた患者さんがいました。その方は腟の先端がそのままお腹の中に開いていると思っていたそうです。で、「セックスをしたら、精液はどこに行くんですか」って。

洞口 すごい。

高橋 医者は「子宮と腟の一部を取れば、当然断端は縫い閉じられていると患者さんは思うだろう」と考えますが、それはあくまで医者の予想。そういう、まさかと思うような誤解もあるんですね。
本当は医師がきちんと話すべきことでしょうが、実際には苦手な医師が多い。だから、そういう医師でも黙って患者さんに差し上げられるよう、この小冊子「乳がん治療を受けるあなたとパートナーの幸せな性へのアドバイス」をつくりました。これは乳がんの治療を受ける女性向けですが、「渡すだけで情報が伝わるから助かる」という声が医師から聞かれます。

洞口 子宮がん患者のための小冊子もほしいなあ。だって必要ですよ。医学的、物理的に知りたい問題がたくさんありますから。


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