川本敏郎の教えて!がん医療のABC 3

きちんと疑問点をはっきりさせてから相談を受けることが大切夜の酒場でセカンドオピニオン ~わたしの場合~

監修●幡多政治 横浜市立大学大学院医学研究科放射線医学准教授
文●川本敏郎
イラスト●佐藤竹右衛門
発行:2010年3月
更新:2013年7月

  

前回に引き続き、セカンドオピニオンの話です。第2回目では、都立駒込病院院長の佐々木常雄さんに、情報収集をして、疑問点をメモしてから受けることが大切と指摘された川本さんですが、実際に受けたセカンドオピニオンは、かなり様子が違っていたようです――。


川本敏郎かわもと としろう

1948年生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。家庭実用ムック、料理誌、男性誌、ビジネス誌、書籍等の編集に携わる。2003年退社してフリーに。著書に『簡単便利の現代史』(現代書館)、『中高年からはじめる男の料理術』(平凡社新書)、『こころみ学園奇蹟のワイン』(NHK出版)など。2009年に下咽頭がん、大腸がんが発覚。治療をしながら、現在も執筆活動を行う

夜の酒場での気軽な相談のつもりが……

S医科大学病院の耳鼻咽喉科で検査入院したわたしは、下咽頭がんと診断され、化学療法と放射線治療という方針を告げられると同時に、セカンドオピニオンをすすめられました。セカンドオピニオン先としていくつか候補を上げられましたが、担当医のすすめもあり、癌研有明病院に紹介状を書いてもらうようにお願いしました。その医師の説明では、セカンドオピニオンには自費で2、3万円かかること、しかもS医科大学病院での治療方針が適切か否かを相談するのであって転院して治療するのは別だそうです。つまり、〝第2の意見〟を聞いて納得してもらうことが主目的で、最終的に治療はS医科大学病院でやるという話です。何か出来レースのような感じを受けました。

そこで、わたしはかねてよりの知己、新宿の飲み屋で知り合って以来10数年〝ちゃん〟づけでつき合っているK医師を思い浮かべました。下咽頭がんが発覚する2週間ほど前、飲み屋の仲間10人ほどと一緒にスキーに行ったばかりのK医師は、T医科大学病院で放射線科の講師をやっていて、自分では腕はいいと言っています。面倒見のよい好人物で、スキーの日程や宿の手配などすべて彼がやってくれます。ですから、彼に話せば相談にのってくれるだろうと安易に考えたわけです。わたしは検査結果を聞いた日、飲み屋のマスターに電話をして明日行くので、K医師に「S医大病院の放射線科の評判はどうか」聞いてもらうよう、頼みました。

そのときのわたしは、K医師にセカンドオピニオンをといった大仰なものではなく、軽い相談といった気分でした。それが、がんの恐ろしさを認識させられるはめになり、自分がこれから何年生きられるのかと思い煩うことになるとは、そのときは露ほども思っていませんでした。

セカンドオピニオン=「第2の意見」として病状や治療法について、担当医以外の意見を聞いて参考にすること

5年生存率?えっ、50パーセント?

退院した翌日の金曜日、行きつけの飲み屋に女房共々、出かけました。酒が1滴も飲めない女房を誘ったのは、よほど忙しくない限り、K医師が来るだろうという予感めいたものがあったからです。飲み屋に着いたのは8時頃、常連に病態を報告しながら飲んでいました。すると、10時過ぎに他の飲み会の席からK医師が、わざわざ駆けつけてきてくれました。

彼はわたしを見るなり、頸部のリンパ節の腫れを触診し、「気がつかなかった」と言いながらS医科大学病院の検査結果を聞きました。

K医師は酒が入っているせいか、身内同士で話すようなざっくばらんなもの言いで、「手術の場合、5年生存率は50パーセント」と告げました。病院の仲間内では使い慣れた用語なのでしょう。しかし、わたしは突然の聞き慣れない用語に戸惑いました。

5年生存率の意味って?

5年生存率……? 50パーセント……? 5年後に生きている確率が半分しかないというのだから一大事です。大体、何で5年後の生存の確率を出さなければならないんだと思いました。これは後で知ったことですが、5年生存率というのは治療効果の判定のために使われる言葉で、治療によってがんが消失してから5年経過して再発がない場合を治癒と見なすからだそうで、統計上の話だそうです。

前回ご登場いただいた都立駒込病院院長の佐々木常雄さんは、生存率についてこう教えてくれました。

「5年生存率、50パーセントというのは、100人の同じ患者さんがいた場合、5年経って生きている人が50人ということです。つまり半分の50人は治りますということです。しかし、当の患者さんがいいほうに入るか悪いほうに入るかは誰もわかりません。医学では確率で言い表すしかなく、また、患者さんにすべて隠さず話す時代です。しかし、これはあくまで過去のデータで、これから治療する方に当てはまるかは、わかりません。今の治療を始めていて、来年はもっといい治療法が出るかもしれません。そうするとその確率は変わってきます。患者さんの心の奥をおもんぱかりながら、かみ砕いて説明しなければなりません」

佐々木さんの「時間をおいて冷静になって、疑問をはっきりさせて、出来るならある程度情報を集めてからセカンドオピニオンを聞くように」というアドバイス を知らなかったわたしは、気軽にK医師に相談を持ちかけ、K医師はそれを仲間内で話すような用語を気易く使って答えてくれたわけで、それがわたしを困惑さ せたのです。

疑心暗鬼にかられているわたしに、K医師は「うちの耳鼻咽喉科のY教授は腕はいいよ。紹介状を書いて、来週の水曜日に外来を受けられるように手配してあげる」と言います。

上 咽頭にも疑いがあると告げると、「それは聞いていないぞ」とK医師は言い、じゃあ化学療法と放射線治療になって5年生存率はさらに低い数字になると言い、 咽頭に放射線を当てると唾液腺を損傷するため、ものが食べにくくなり口内が乾燥して、水が手放せなくなると言いました。そのときは「ふーん」そういうもの かとあまり気にもしませんでしたが、それが如何につらいことなのか、後になって思い知らされます。

すっかり自分の仕事の領分と思いこんだK医師は、「よし、勝負してやろうじゃないか」とすっかり治療する気になっています。その迫力に圧倒されて横で女房は「お願いしましょう」と言い、わたしもそれにつられて「お願いします」と頭を下げてしまいました。

その日は、「オレはあと何年生きられるのだろうか」と自問しながら、暗い気分で家路につきました。

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