川本敏郎の教えて!がん医療のABC 6

体調は徐々に回復するも、術後の痛みに悩まされる大腸がんの手術は無事に成功

監修●幡多政治 横浜市立大学大学院医学研究科放射線医学准教授
文●川本敏郎
イラスト●佐藤竹右衛門
発行:2010年7月
更新:2013年7月

  

とうとう迎えた大腸がんの手術当日。川本さんは平静にその日を迎えます。手術は無事成功。転移も見られませんでした。体調は徐々に回復していきますが、想像以上の術後の痛みに川本さんは悩まされることになります。


川本敏郎かわもと としろう

1948年生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。家庭実用ムック、料理誌、男性誌、ビジネス誌、書籍等の編集に携わる。2003年退社してフリーに。著書に『簡単便利の現代史』(現代書館)、『中高年からはじめる男の料理術』(平凡社新書)、『こころみ学園奇蹟のワイン』(NHK出版)など。2009年に下咽頭がん、大腸がんが発覚。治療をしながら、現在も執筆活動を行う

2009年3月24日、ついに手術の日がやってきた

大した不安も緊張もなく、私はいつも通り平静に当日を迎えました。8時半に家族と顔を合わせた後、手術着に着替え、ふくらはぎを締め付ける膝までのストッキングをはきました。これは手術中・後、じっとしているため血栓ができやすいのを予防する処置だそうですが、何日もふくらはぎを締め付けられて、結構つらい思いをしました。

手術室までは歩いて行きました。手術室は全部で9つあるそうで、混んでいて患者を取り違えないように、何度も名前を確認させられました。手術室に入ったら寝かされ、心電図のシールと血圧計、体の酸素を測るクリップを体につけられます。

麻酔は、硬膜外麻酔と全身麻酔の併用で、手術前日、担当麻酔医が病床までやってきて説明してくれました。硬膜外麻酔というのは、脊髄の側にある硬膜外腔に細いチューブを通し、鎮痛剤や局所麻酔剤を持続的に流し、術中や術後の鎮痛を行う方法です。チューブが入ったまま歩けるので、痛みを緩和して早期離床も可能になるそうです。全身麻酔は術中に意識を全くなくす麻酔で、手術中ずっと麻酔薬を投与し続けます。

手術はみぞおちの下から恥骨までメスを入れ、S状結腸のがん細胞を中心に、周囲10センチ前後の血管とリンパ節を切除します。

獨協医科大学越谷病院第1外科主任教授の大矢雅敏さんは、こう説明してくれました。

「リンパ節郭清といい、再発・転移を起こしやすいリンパ節を取り除きます。がん細胞に血を供給している血管を根元で切ってからリンパ節を除きます」

同時に、周囲に転移していないかを調べ、腸を水で洗浄したそうです。まだ便は少し残っていたのでしょうが、毎日続けた洗浄のお陰で少なくなっていたため、人工肛門を造営しなくても大丈夫でした。

目が覚めると同時に襲う猛烈な寒気

手術が終わったのは午後2時半。名前を呼ばれて麻酔から覚めました。ベッドに移され病室に戻った途端、歯がカチカチ鳴って噛み合わないほど猛烈な寒気におそわれました。次に高熱、そして痛みが襲って来ました。

先の大矢さんは、「手術中は低体温になりますから、術後は悪寒を伴います。熱は反応性のものです」と説明してくれました。

寒さで震えている間、恐らく解熱剤や痛み止めを点滴してくれたのでしょう。足元には湯たんぽが置いてありました。

女房と子供が顔を見せたのは、術後1時間ほど経ってからで「手術は成功で、がん細胞はきれいに取り除いたと先生が言っていた」と告げられました。

痛みは腹全体に広がりましたが、中でもみぞおちのあたりと恥骨の上あたりが激しく痛みました。手術に対して覚悟が足りず、痛みに対しても弱いほうだとつくづく感じさせられました。

夜になって眠ろうとしましたが、隣の患者がベッドの手すり部分を上げ下げして音を鳴らし、それがうるさくて眠れません。明け方までガ

シャン、ガシャンという音が響き、看護師にうるさいので静かにして欲しい旨、頼みましたが、一向に止みません。痛みと音は明け方まで続きました。

硬膜外麻酔の針を抜かれる

午前5時に採血、9時にレントゲンを撮影しに、移動X線撮影機器がやってきました。体の下にレントゲン板を入れて撮影するのですが、背中の下に差し込むとき、硬膜外麻酔の管が曲がったのか痛みます。20分後にY医師が回診に来たので、背中が痛む旨を伝えると、「もったいないけど抜きましょう」とあっさり抜いてしまいました。これが良かったのか悪かったのか、今でもわかりません。というのは、その時点で痛みの限界がわからず、後に痛みは手術創全体に強く広がっていったからです。咳をしたときなど、火花が散るほどの激痛が走ったのですが、硬膜外麻酔の針を抜かなければ、ここまでひどくはなかったのではと後悔しました。その後、麻酔医がやってきて経緯を話したら、不審な表情をしました。

大矢さんは、この処置に対して、こう説明してくれました。

「硬膜外麻酔は、手術中に腸管が拡張して手術の妨げになることが少なく、最も強い手術翌日の痛みを緩和するなどのメリットはありますが、吐き気などの症状の原因にもなります。血栓症の予防の薬を使い始めると血が止まりにくくなるため、チューブを抜けなくなることもあります。そのため、3分の1の患者さんでは手術の翌朝には抜くことになります。鎮痛の方法は他にもありますからね」

Y医師は、硬膜外麻酔の針だけでなく鼻に入っていた管も抜き、酸素マスクから鼻の酸素吸入器に替えました。スパゲッティ症候群状態から管が1本減ったわけ ですが、まだ尿道にもカテーテルが入っています。また、手術創の上から管が出て、小さな箱に繋がっていますし、左下腹にドレーンが突き出ています。

午後に看護師が、歩いてみますかと言いましたが、痛みで立ち上がる気など起こりません。

午後4時に主治医のS医師がやって来て、「手術は成功しました。人工肛門は付けなくてすみました」と、にこやかに話してくれました。しかし、私は痛みと格闘の真っ最中、その晴れ晴れとした表情に、恨みがましく感じたものです。

痛みは相変わらず続いて、体がまるで「魚の開き」のように平べったくなってベッドにピタッとくっついたように感じられました。夜中になり静寂が周囲を支配しても、痛みで眠ることができません。これほど時が過ぎるのを遅く感じたことはありませんでした。

明け方になって1時間ほど眠ったら、体が「魚の開き状態」からキューンと閉じて自分の体に戻った感じがしました。

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