ようこそ!!がん哲学カフェへ 11
「顔を変えれば、世界が変わる」❶

病人扱いされると気が滅入る

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授
取材・文●常蔭純一
発行:2014年9月
更新:2019年7月

  

1年ほど前に会社の定期健診で肺がんの疑いがあるため「要精査」の診断を受けました。喫煙習慣も自覚症状もないので、何かの間違いと思って、ある病院で検査を受けると、じっさいにがんが見つかり、そのまま入院治療を余儀なくされました。幸い、がんはまだ初期段階で、治療には負担の小さい胸腔鏡が用いられ、入院期間も1週間ほどで済みました。

しかし、そのときの医師や看護師の対応に不満が残っています。自分では「大したことはない、すぐに元に戻れる」と、いい聞かせ、以前の暮らしに戻ることを励みにしていました。にもかかわらず、「お大事に」「無理はしないで」と、完全に病人扱いされていたのです。

今は職場復帰し、月に1度ずつ同じ病院で検査を受けていますが、そこでも「無理をせず、休養すれば?」といわれます。よけいなお世話もいいところ。自分は元気で、また以前と同じようにバリバリ仕事をしたいと思っているし、その自信もあります。

しかし、そんなふうに病人扱いされると、逆に気持ちが萎え、落ち込んでしまうのです。そのために病院に行くことがうっとおしくて仕方ありません。

(T・Yさん、会社員54歳)

気遣いの言葉に「ありがとう」のひと言を

病気になっても 病人にならない

ひの おきお 1954年島根県生まれ。順天堂大医学部病理学教授、医学博士。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部部長を経て現職。2008年より「がん哲学外来」を開設し、全国に「がん哲学カフェ」を広めている。現在32カ所の「がん哲学カフェ」での対話をはじめ、全国で講演活動を行っている

少し前までは、医師や看護師などの医療スタッフや患者さんとの間のコミュニケーション・ギャップが問題になることがよくありました。質問にあるように、自分は元気でいるつもりなのに、病人扱いされることに不快感を覚える患者さんも少なからずいたようです。

これは結局のところ、医師や看護師が「病気と病人」の違いを理解していなかったことにも起因しています。

当たり前のことですが、人は誰でも病いを得ます。でも病気になったからといって、その人自身までが病んでしまうわけではありません。多くの患者さんは体は病んでも、最後までベストを尽くそうと、健やかな気持ちを保ち続けているものです。そのことを理解していないために、ちょっとした言葉の行き違いが、医療スタッフと患者さんとの間での相互不信に発展することもあったわけです。

もちろん、そのなかには医療側の過剰な気遣いが、逆に患者さんの神経を逆なでするようなこともありました。がんの場合は、少し前まで「治らない病気」と考えられており、その傾向は他の病気よりも強かったかもしれません。

もっとも現在では、事情は大きく変わりつつあります。

かつてとは違い、医師や看護師さんの大半は患者さんの立場でものごとを考え、円滑に意思疎通ができるようになっています。

とくにがんの場合は、2人に1人が罹患する時代性に加え、胃がんや乳がんなど、治るがんも増えており、医療者の間でも、患者さんの間でも、がんを特別視する傾向は薄らいでいます。そのために医療者と患者さんとの間のコミュニケーションも快適でスムーズなものになっているのです。

気遣いを素直に受け止める

もっとも、だからといってまったく問題が起こっていないというわけではありません。私が主宰するがん哲学外来にも、ときとして、そうした悩みを抱えてやって来られる人もいます。

たとえば最近では、病気で休養するため、会社に提出する診断書をもらいに病院に行ったところ、担当の看護師さんから嫌味をいわれてショックを受けたという人がいました。

詳しく話を聞くと何のことはない。診断書を手渡す際に、その看護師さんは「ゆっくり休養なさってくださいね」と、言っただけでした。

ところがその人は、その言葉を「重い病気なのだから、ゆっくり休まないと治りませんよ」と、脅かされたように感じたというのです。

これは率直にいって、患者さんの側に問題があるように思います。その患者さんは、まだしっかりと自らの病気に向かい合っていない。そのためにうまく病気と折り合えず、その結果、看護師さんが親切心から投げかけた言葉が、その人の心に痛烈に突き刺さってしまっているのです。

質問を見ると、T・Yさんのケースも、状況は酷似しているように思います。

T・Yさんは自分では、病気になったことは仕方ないと割り切っていると思っています。しかし本当にそうでしょうか。私はそうではないように思います。

心の奥底では、「煙草も吸わず、何の自覚症状もない自分が、なぜ、がんと診断されなくてはいけないのか」――そんな気持ちがまだ、心のどこかでわだかまっているのではないでしょうか。そのわだかまりが何気ない言葉への過敏な反応につながっているように思えてなりません。

そうした状況から脱出するために、今一度、病気と真摯に向かい合うことが大切でしょう。そして医師や看護師といい関係を築くために、自分の態度を変えてみる。

方法は簡単そのものです。気遣いの言葉に「ありがとう」とひとこといえばいい。そうすれば彼らはきっと、T・Yさんの心に響く笑顔を見せてくれることでしょう。

自分が変われば、相手の対応も違って見える。そしてその結果、その人との関係も快適で円滑に変わっていく。そんな幸福な関係を築くために今一度、病気としっかりと向き合っていただきたいものです。

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