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治療中の筋肉量減少は、合併症リスクや生存率に影響! 「サルコペニア」が教える 食道がんの新しい治療戦略

監修●林 勉 横浜市立大学附属市民総合医療センター消化器病センター
取材・文●町口 充
発行:2014年8月
更新:2020年2月

  

「好きなものを食べて、体を動かすことが大切」と話す林 勉さん

食道がんの術前化学療法を行うと、のどが狭窄したり、抗がん薬による悪心・嘔吐などの副作用で食事量が減って栄養不足になり体重が減少することが多い。中でも進行食道がんの治療中に、筋肉量が減少する「サルコペニア」の状態になる場合は、手術後の合併症リスクを起こしやすく、生存期間も短くなる傾向のあることが明らかになってきた。

加齢でも起こるサルコペニア

ギリシア語で「サルコ(sarco)」は「筋肉」、「ペニア(penia)」は「減少」の意味があり、2つをつないだ造語がサルコペニア。比較的最近、提唱された概念という。

ヨーロッパのワーキンググループ「EWGSOP」は、「進行性および全身性の骨格筋量および骨格筋力の低下を特徴とする症候群」と定義しているが、この定義は国際的にコンセンサスが得られているわけではなく、日本では主として「筋肉量が減少している状態」をサルコペニアと呼んでいる。

サルコペニアは誰にでも起こりうるもので、加齢で筋肉量が減っていく老人性のサルコペニアがある。一方、がんなど病気によって引き起こされるサルコペニアもある。横浜市立大学附属市民総合医療センター消化器病センターの外科医、林勉さんは、がんの患者さんがなるサルコペニアは単に栄養不足による体重減少が原因ではないと、次のように語る。

「食道がんが進むと、消化管に狭窄が生じたり、嘔吐・食欲不振など抗がん薬による消化器毒性のため摂食量が減るなどして栄養状態が悪化することがあるのは確かです。しかし、それだけではサルコペニアは起こりません。がん患者さんの筋肉が減る原因は何かというと、筋肉が壊されるためです。なぜ壊されるかと言えば、タンパク質の消費が亢進してタンパク質が足りなくなり、それを補おうとするためなのです」

食事で摂ったタンパク質は胃や腸でアミノ酸に分解され、小腸から吸収されて肝臓に運ばれ、体タンパク質となって体組織の維持や傷ついた組織や細胞の修復などに使われる。ところが、何らかの理由でタンパク質が不足すると、筋肉にあるタンパク質を分解して、必要とする組織にアミノ酸やエネルギーを供給するようになる(図1)。このため筋肉はやせてしまい、筋肉量が減少するのだ。

図1 がん治療中の筋肉量減少

サルコペニアは飢餓状態とは異なる

では、なぜ体タンパク質が不足する事態が起きるのか?「サルコペニアは飢餓状態とは異なります」と林さんは言う。

「飢餓状態でエネルギーが足りなくなると、私たちの体は脂肪を燃やそうとします。しかし、タンパク質は最後まで保たれるので、飢餓状態で体重が減ってもタンパク質はなかなか減りません。ところが、サルコペニアになると、脂肪も減るがタンパク質がどんどん減っていく。栄養は足りているはずなのに筋肉は減っていく人も出てきます」

林さんによれば、エネルギー不足のときでも燃えないはずのタンパク質が燃える場合があり、それは手術とか感染症など、体に強いストレスがかかって炎症反応が起きているときだという。

「がんにかかっていること自体がストレスでもあり、炎症の原因になるので、やはり筋肉の減少につながります」

さらに、がんが進行すると、がん細胞からの分泌物質によって慢性炎症や代謝異常、免疫異常などを起こし、栄養が奪われてやせ衰えた状態になることがある。「悪液質(カヘキシー)」と呼ばれるが、サルコペニアはこの悪液質と共通するところがある。

もう1つ、サルコペニアの原因として林さんが挙げるのが、離床の遅れだ。
入院が長引いて臥床時間が長くなると、使わない筋肉は衰えるのが人間の体であり、廃用性筋萎縮となり、筋肉はやせ衰えていく。

5年生存率に大きな差が

サルコペニアを起こしやすいがんの代表が食道がん。ほかに胃がんや膵がんも起こしやすいがんという。また、食道がんは術後に肺炎、縫合不全などの合併症を起こしやすい。その因子としてサルコペニアがあることが、林さんの研究でわかった。

林さんは、2010年1月から13年4月までに食道がん(ステージⅡ~Ⅲ)で術前化学療法後に食道切除手術を受けた66例について分析。CTの腸腰筋画像から断面積を計測し、筋肉量を求めるCSA法という測定法により、治療後の筋肉量減少が顕著だったサルコペニアの人を選び出し、体重減少と、術後の感染性合併症との関連を検討した(図2)。その結果、体重減少およびサルコペニアはいずれも感染性合併症の発生リスク因子となっていたが、より強いリスク因子となっていたのはサルコペニアのほうだった(図3)。

図2 筋肉量の測定

第4腰椎と第5腰椎の間で輪切りにしたCT画像により腸腰筋の断面積を算出(CSA法)。術前化学療法前の2週間以内と、術前化学療法の2週間後に、体重、腸腰筋断面積、アルブミン値、CRP値を測定した。

図3 術後合併症との関係(体重減少率、腸腰筋減少率)

体重減少率よりも腸腰筋断面積減少率のほうが術後合併症との関連が強かった

林さんのこの研究は、2013年10月の第51回日本癌治療学会学術集会で発表され、最優秀演題に選ばれた。さらに林さんは今年(2014年)になって、食道がん(ステージⅠ~Ⅳ)で術前化学療法後に切除手術を受けた204例(男性184例、女性20例)について、サルコペニアが生存期間にどう影響するかを調べた。

筋肉量が減少したサルコペニア群とそうでない群とに分け、5年生存率を比較。全体の34%がサルコペニアだったが、サルコペニアでない群の5年生存率が66%だったのに対して、サルコペニア群は33%で、明らかな有意差が認められた(図4)。とくに大きな差が出たのはステージⅢの患者さんで、非サルコペニア群の54%に対してサルコペニア群は17%だった。

図4 食道がん術後の長期予後における筋肉減少の影響

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