がん患者のQOLを高める「食楽」療法

取材・文:菊池憲一
発行:2005年9月
更新:2014年11月

  
江頭文江さん 地域栄養ケアPEACH厚木代表の
江頭文江さん

「最後まで口から食べたい」と希望している在宅のがん患者は多い。介護を支える家族も「最後まで口から食べさせたい。食べる楽しみを続けさせたい」と願っている。

最近、訪問栄養ケアなどのサポートによって、一部の地域では在宅がん患者の「食べる喜び」を維持できるようになりつつある。在宅がん患者は、自分の口から食べることで喜びを感じ、満足した表情を見せる。その笑顔が介護する家族にも満足感をもたらす。スプーン一杯のわずかな量でも、口から食べる喜びは大きい。

訪問栄養ケアによって在宅がん患者のQOL(生活の質)は確実に向上する。「食べる権利を守る」をモットーに、いつまでもおいしく口から食べるための食事支援を実践している「地域栄養ケアPEACH厚木」(神奈川県厚木市)の活動をご紹介しよう。

スプーン一杯でも好きな物を食べさせてあげたい

イラスト

10数年前、Aさん(80歳代半ば。男性)は大腸がんで手術を受け、お腹にストーマ(人工肛門)をつくった。退院後は、自宅で家族の介護を受けながら穏やかな生活を送ってきた。幸い、食べ物を噛んで飲み込むことはできたため、1日3回の食事は少量ずつだが自分の口から食べ続けた。Aさん本人はもちろん家族も口から食べることに喜びを感じてきた。ところが、少しずつ食べることが難しくなってきた。

そんなとき、かかりつけ医からは「お腹に胃ろう(PEG)と呼ばれる小さな穴を作って、その穴から栄養剤を直接流し込む栄養法もあります。胃ろうから栄養を取り入れながら、口から食べることもできますよ」とのアドバイスを受けた。しかし、家族は高齢の父親のお腹に穴を開けることに抵抗感があったようだ。胃ろうを取り付けることに賛成しなかった。そのうち、Aさんは、水分も十分にとれなくなり、脱水症状に見舞われて、入院生活を余儀なくされた。

入院中は中心静脈栄養法による栄養を受けた。鎖骨下静脈にポートと呼ばれるカテーテルを埋め込み、静脈中に点滴をして栄養を送り込む栄養法だ。「誤嚥などの危険がある」との理由で、入院中は口から食べることはできなかった。

Aさんは約3週間後に退院。退院後は、家族の介護を受けながら、かかりつけ医の訪問診療、訪問看護ステーションからの訪問看護などのサポートを得ながら中心静脈栄養による栄養補給を続けた。家族は「もう一度、口から好きな物を食べさせたい」と思い続けた。しかし、なかなか口から食べてもらうことに踏み切れなかった。入院中に医療スタッフから「口から食べることで、誤嚥などの危険があります」と注意されてきたからだ。Aさん自身も「口から食べてはいけない」と思い込んだのか、口から食べようとしなくなった。

Aさんの介護を支える家族は「スプーン一杯分でもいいから、何とか口から好きな物を食べさせてあげたい」と強く希望するようになった。そこで、かかりつけ医と訪問看護師は「地域栄養ケアPEACH厚木」(代表・江頭文江さん。摂食・嚥下アドバイサー、管理栄養士)に「口から食べられるようにサポートしてほしい」と栄養ケアを依頼した。

中心静脈栄養法を受けつつ、口からも食べる喜びを

江頭さんは、すぐにAさん宅を訪問した。最初にAさん本人が「口から食べたい」と願い、介護をする家族が「口から食べさせたい」と思っているのかどうかの確認をした。

「私たちがサポートできるのは、ご本人が『口から食べたい』と思っていて、介護を支えるご家族の方も『口から食べさせたい』と願っているときだけです。どんなに周りで口から食べられんじゃないかと思っても、ご本人たちが希望しなければそれは医療者からの自己満足のケアになってしまいます。誤嚥などの苦しかった経験がある人は時として経口摂取を拒否される方もいらっしゃいます。ご本人やご家族の思いや願いは変わることがあり、常に確認しながらサポートします。このことは、とても大切なことです」と江頭さん。

Aさんは、退院後1年近く口から食べていなかったため、口があまり開かなかった。また、入院中に「口から食べると危ない」と指導された影響で、「口から食べてはいけない」と思い込んでいる様子だった。江頭さんは、噛んだり、飲み込んだりする力を観察した。その結果、か噛む力や唾液を飲み込む力はある程度残っているとわかった。そこで、まずは口腔ケアや口腔リハビリ(顔面や頬の舌のマッサージやストレッチなど。図1参照)を行い、様子を観察。その中で、食べる機能を維持し、食欲を引き出していくようにした。

[図1:口周辺のマッサージ法(一部)]
図1

長い間口から食事を摂取しないでいると、口周辺の筋肉がこわばり、上手く燕下・咀嚼ができなくなる。そこで、マッサージによる刺激で、咀嚼・燕下機能が改善する

また、家族からAさんの好きな食べ物を聞き出して、できるだけ好きなものを工夫して少しでも口から食べてもらうように努めた。歯科医師、歯科衛生士による専門的な歯科口腔ケアも必要と感じ、連携・協力して取り組むことにした。

江頭さんのサポートは2週に1回ペースで、1回1時間ほど。介護保険を利用することができる。1回の自己負担は530円ほどで1カ月間に2回が上限だ。それ以上の訪問は全額自己負担となる。

3回目の訪問のとき、江頭さんはコーヒーを綿棒にひた浸して、Aさんの口の中にそっと入れた。Aさんは、綿棒から流れるコーヒーを口に含んで、「ごっくん」と飲み込んで、満足そうな笑みを浮かべた。

「わずか一口でしたが大好きなコーヒーを飲んでくれました。ご満足そうなご本人の表情を見ながら、ご家族にも大変喜んでいただけました。コーヒーに限らず、少量ずつならりんごなどの果汁も味わってもらえるのではないかと考えています」と江頭さん。

中心静脈栄養法で栄養補給を行いながら、口から食べる喜びを味わってもらうために、江頭さんはAさんの訪問栄養ケアのサポートを続けている。

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