がん患者、もう1つの闘い。お金が続かなければ……

取材・文:半沢裕子
発行:2010年8月
更新:2013年8月

  

患者さんにとっては、命綱の薬。だけど、服用を中止する患者さんが続出
高額な治療費が招く“静かな自殺”にストップを!!

グリベックは慢性骨髄性白血病患者さんにとって、なくてはならない薬。しかしあまりにも高価なため、続けたくても続けられず、自ら薬をやめる決断、いわば“静かな自殺”を引き起こすケースも出ているという。

乳がんの母親が白血病の長女を刺殺

田村英人さん

慢性骨髄性白血病患者・家族の会「いずみの会」代表の田村英人さん

09年10月、乳がんの母(77歳)が慢性骨髄性白血病の娘(53歳)を刺殺するという事件が起きた。

話を聞いたがん患者さんの中には、「もしやきっかけはグリベック!?」と考えた人が少なからずいたという。

今日、長期にわたって高価な治療薬を必要とするがん患者さんは増える一方だが、グリベックはその象徴のような薬だ。

グリベック(一般名イマチニブ)は、慢性骨髄性白血病の標準治療の第1選択薬として使われる。効果が高く、副作用が少なめで、錠剤を飲むだけで過ごせるため、通院回数も少なくてすむ。そのため、「グリベックが登場して、慢性骨髄性白血病の治療は根本から変わった」ともいわれるほどだ。

日本では01年12月に健康保険で使えるようになったが、薬価()は1錠3128円。薬価の見直し改定によって、今年4月から1錠2749円に値下げされたが、多くの患者さんは1日に4錠服用する。つまり、健康保険の3割負担でも、4週間分で9万2000円、1年間で110万円もの支払いとなる。慢性骨髄性白血病患者・家族の会「いずみの会」の代表、田村英人さんは語る。

「私自身、最初に薬局で精算するとき、10万円以上(当時)の請求書を見て腰を抜かしました。持ち合わせがなく、あとで払いに来るからと、薬局に借金して帰りましたね」

その後、高額療養費制度のことを知り、これを最大限に利用することにした。

薬価=国によって決定される医療用医薬品の公定価格のこと

必死で働いたお金もすべて医療費に……

年齢、収入などにより差はあるが、一般的に1カ月に自己負担分を超える高額な医療費が年に4回以上かかると、4回目から自己負担金が8万100円から4万4400円に減額される。つまり、1度に3カ月分を処方してもらって、年に4回、4万4400円を負担する方法にすると、自己負担金の総額は最も安くなる(4万4400円×4回=17万7600円)。

「医師によっては健康保険組合に配慮して、処方をいやがる方もいます。でも、多くの医師はお願いすれば3カ月まとめて処方してくれますよ」

高額療養費制度について知らないと、前述したように3割負担で年に110万円も払わなければならない。また、高額療養費制度を利用しても、1カ月分ずつ支払っていると1カ月につき4万4400円の自己負担になるので、年64万円もかかってしまうのだ。

「グリベックは効果がある間は、一生ずっと飲み続けなければなりません。病気になった当初は、『これでがんが抑え込める』と頑張れるのですが、これが長期にわたると現実の生活がのしかかってきます。

子どもを抱え、家のローンを抱える働き盛りの患者さんは、せっかく寛解(体内のがん細胞が極限まで減った状態)になっても、高い薬代のことで家族に引け目を感じています。年金生活の人は『薬代を払うため、ほかのすべてを我慢している』と嘆きます。若くて未婚の人は、『今後結婚できないかもしれない』という不安を訴えます。病気を抱えているだけでも大きなマイナスと感じるのに、さらに高額な医療費を払い続けるなんて、とてもパートナーの理解は得られないと考えてしまいます。

まして、最近は景気が悪く、収入は減る一方。事件が起きるといった深刻な状況にならなくても、治療費の問題は患者さんに重くのしかかっています」

慢性期から移行期、急性期になると治療が厳しくなる

保険医療制度の見直しを求める要望書

10年5月には、長妻昭厚生労働大臣あてに高額療養費制度をはじめとした、保険医療制度の見直しを求める要望書を提出した

あるがん患者会関係者は、「静かな自殺を選ぶ人が増えている」と語る。というのも、グリベックをやめると移行期、急性期に移ってしまうことが心配される。だから、やめられないはずなのだが、経済事情でやめてしまう人がいるというのだ。それは一種の自殺といってもいい。田村さんもいう。

「私自身はグリベックをやめた人の話をほとんど聞きませんが、少なからずいると思います。そう決断される方は患者会に参加されることが少ないため、表面に出ないのだと思います」

田村さんが数人の仲間と「いずみの会」を立ち上げたのは07年。もともと、血液疾患の患者を支える『NPO法人血液情報広場・つばさ』のイベントに参加していたが、「慢性骨髄性白血病の患者会を作って」と頼んだら、「ぜひあなたが」といわれて創設。代表に就任した。

正直、病気を抱えて充実して生きることを考える会にしたかった。だから、お金のことにはふれたくなかった。

しかし、「本当に困っている」という声がどんどん大きくなり、09年12月、「いずみの会」と「つばさ」ほか全4団体で「高額医療費削減連絡会」を結成。厚生労働省に要望書を提出したり、患者向けフォーラムを開催するなどの活動を行ってきた。

今回、薬価が下がったのはその1つの成果。しかし、田村さんはいう。

「下がったといってもほんの少し。また、グリベックの薬価さえ下がればいいという考え方ではだめだと思います。分子標的薬が次々開発され、長く生きられる患者さんが増えている今日、高額医療費の問題は国民だれにも起こりうる問題です。そして、現行の高額療養費制度は、手術や入院など一時的な窮状を救うのが目的。高価な薬を飲んで長く生きることは想定されていないので、ある意味機能しない。ですから、ほかの病気の患者さんとも協力し、制度そのものを変える必要があると思います」

現在、グリベックが効かなくなった場合に効果が得られるタシグナ(一般名ニロチニブ)、スプリセル(一般名ダサチニブ)も承認されている。しかしこれらの薬剤にも“お金”の問題はつきまとっている。

「第2世代薬は効果が高い分、薬価はさらに高い。これらの薬も4月から下がりましたが、それでもタシグナが1錠4608円(1日2~4錠)、スプリセル50ミリグラムが9217円(1日100ミリグラム)です。

幸い、活動の甲斐があって、この4月には厚労省保険局が今後の組織目標を発表し、『高額療養費のあり方の検討』という項目を入れていただきました。まだ実働していませんが、『平成23年度予算案に必要な反映を行う』と明記されていますので、関心をもって見守っていきたいと思います」


慢性骨髄性白血病患者・家族の会「いずみの会」
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