高額な医療費についての患者実態調査から見たがん家計の真実
つらいよ! がん患者が悲鳴を上げる高額な医療費生活

監修:児玉有子 東京大学医科学研究所特任研究員
取材・文:半沢裕子
発行:2010年8月
更新:2013年9月

  
児玉有子さん
東京大学医科学研究所
特任研究員の
児玉有子さん

高額な医療費の支払いに困窮しているがん患者さん。この不況により収入が減っているにもかかわらず、薬の開発が進み、よく効くけれど値段が高い薬が次々に登場してきている。患者さんと家族が、安心して病と闘いながら生活を営むには、現状の制度はあまりにも冷たい。

「給料日まで薬を中断」「再発したら死ぬ覚悟」

東京大学医科学研究所特任研究員の児玉有子さんは、09年初春、血液がんの患者さんたちから「グリベック(一般名イマチニブ)の薬代が高くて払い続けられない、署名運動をする」と聞いた。そこで、「署名とあわせて提出できるデータを作成しよう」とアンケート調査による協力を計画。09年5月に1200部のアンケートを配布し、約半分の有効回答を得た。

「全国の病院に調査をお願いしたら、全体の3分の1もの病院で医師が協力してくださいました。回答率とあわせ、関心の高さを感じました」(児玉さん)

アンケートによって浮き彫りになった患者さんの経済状況は、予想以上にきびしいものだった。年収は00年に比べて約3割減り、中央値()は389万円。しかし、医療費は年100万円から122万円にアップし、医療費の支払いを負担に感じている人も42パーセントから73パーセントにほぼ倍増した。

中央値=大きさの順に並べたとき、全体の中央にくる値

グリベック服用の中断は“静かな自殺”

前項にも書いたが、グリベックは「夢の薬」として登場した。それまで、慢性骨髄性白血病の患者さんの半分は5年以内に亡くなっていたが、グリベックの登場後、5年、10年の長期生存が可能に。しかも、副作用が比較的少なく、内服薬なので服用が簡単で入院も不要。唯一の問題点が、1錠3128円(10年4月から2749円)、通常1日4錠服用という、超高額な薬なのだ。

「グリベックの服用を中断することは静かな自殺」(前項)といわれながら、「副作用以外の理由で中断を考えたことがある」と答えた人は211人、37パーセントに達し、「『医療費が高い』を理由に内服を中断した人、あるいは中断した経験のある人も17人(3パーセント)いた。その17人がどんな事情をもつか、自由記述を見ると、

30代、男性。所得342万円、医療費150万円(自己負担57万円)。「仕事の収入では足りず、親からの援助をたびたび受けている。収入のほとんどが薬代に消えるので、働く意味がない。景気悪化で収入が減ったため、通院日に薬代が払えず、給料日まで薬を飲まなかったこともある」

60代、男性。所得不明、医療費50万円(自己負担37万円)。「年金生活では治療費が払い続けられない。車での外出もガソリン代がかかるので、できなくなった。このままでは夫婦ともに死を選択するしかないと毎日話している」

50代、男性。所得180万円、医療費80万円(自己負担不明)。「会社の倒産により現在無職。家族に迷惑をかけている。再発したら死ぬ覚悟」

40代、女性。所得330万円、医療費80万円。夫、夫の両親と同居。離れて住む大学生の息子、専門学校生の娘あり。

「(体調不良のため)通勤に50分かかる勤務先を近場に変え、給料が減った。子どもたちが大学でお金がかかるのに、自分にお金がかかりすぎる。今はまだ健康で仕事ができているが、移行期になったら仕事ができなくなると不安。年をとっても負担にならないよう、薬を安くしてほしい。でなかったら、私(たち)に死ね! というのと同じだと思う」

1カ月の支払い可能金額に、多くの人が「1万円」と

[高額療養費制度ってなに?]

長期にわたるがんの診療では、予想以上に医療費が高額で、経済的に悩んでしまうことがあると思います。そんなとき、経済的な負担を軽減するための高額療養費制度では、月ごとで一定の金額(自己負担限度額)を超えた分が払い戻しされます。

  • 1カ月(1日~末日)に、同じ医療機関(歯科は別計算)で支払った医療費が対象
  • 外来と入院は別計算
  • 保険適用外の医療費は高額療養費制度の対象外(食事負担や差額ベッド代などは対象外)
  • 70歳以上の方は、病院・診療所・歯科・調剤薬局の区別なく合算して計算
  • 過去12カ月以内に4回以上高額療養費に該当した場合、4回目以降から自己負担限度額が引き下げられる

グリベック服用患者の自己負担低減を求める署名運動はマスコミでも取り上げられた。また、高額療養費の自己負担分が下がるらしいとの話も出ているが、「6月の社会保障審議会医療費部会で議論する予定であり、まだ白紙。予算を編成する年末に向けて、具体的な案をまとめていく予定」(厚生労働省保険局総務課)とのことだった。しかし、児玉さんはいう。

「たしかに薬価は下がりましたが、それでも1カ月の医療費が高額療養費制度の上限額を超えるので、自己負担分4万4400円には変わりがありません。逆に、副作用などの関係で1日3錠服用の患者さんは、1カ月分が約7万4千円になり、高額療養費制度に適用されなくなってしまいました。

また、自己負担分が下がるとすれば朗報ですが、数千円下がって『要求を聞きました』で終わっては意味がないと思います。1カ月の自己負担額が、可能ならば1万円程度、悪くても現行の半分、つまり2万円程度になれば、患者さんの重圧は軽くならないのではないかと思います。そして、それは必ずしも不可能な金額ではないのではないかと思います」

児玉さんがこう語るのには理由がある。高額療養費制度の特定疾患に指定されているほかの病気や処置、たとえば一部の後天性免疫不全症候群(HIV/AIDS)や人工透析には、月額1万円もしくは2万円という自己負担額が適用されているためだ。しかも現実に、高額な医療費に悩む患者さんの多くが、「月々の支払い可能金額」を1万円と考えている。

グリベックのアンケートについて報道されると、当然、慢性骨髄性白血病以外の病気を抱える患者さんたちからも、「高額な医療費は本当につらい」といった声がたくさん届いた。これを受けて、児玉さんたちは「高額な医療費をお支払いの患者の方の実態調査」を実施した。

[高額療養費の自己負担額の上限は?]
 

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