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仕事をしながら療養する 60
外来通院の診療・治療費はすべて労災保険でまかなわれる
野内豊伸さん(35歳)は、通信制高校卒業後、1月号で紹介した本田真吾さんと同じ印刷会社に就職。7年間、校正印刷室でオフセット印刷の仕事をした。インキの洗浄に使う有機溶剤が原因で、2012年に胆管がんを発症。手術を受けた。13年5月に労災認定され、労災保険の療養補償給付、休業補償給付などを利用。現在、抗がん薬治療を受けながら、再就職先で仕事に励む。
地下校正印刷室でインキ清浄作業に従事
野内さんは1997年、大阪市の印刷会社SANYO-CYPに就職した。入社当初から地下1階の校正印刷室で働いた。7台のオフセット印刷機がフル稼働していた。社員は20~30代が中心で、若さと活気に満ちていた。
印刷機のインキを洗う洗浄剤として、有機溶剤の*1,2-ジクロロプロパン、*ジクロロメタンを用いた。「会社から、この有機溶剤が危険なものだという説明はなかった。取り扱い上の注意もなかった」と野内さん。
勤務時間は、昼間9時~18時までと、夜間18時~6時までの2交替制。夜勤は深夜の割増手当がつく。働いた分だけ給料に反映されるから、やりがいを感じたという。
入社して6年目の03年、上司から主任昇格の打診があった。給料を固定給にして、残業分はボーナス払いと言われた。迷ったが断った。主任になっても、若手スタッフを引っ張っていけないと思ったからだ。昼夜2交替の勤務の影響で、社員は疲れ切っていた。会社の待遇に悩んでいたとき、母親が手術で入院することになった。それをきっかけに、会社を辞めた。印刷会社には97年から03年までの7年間在籍した。
*1,2-ジクロロプロパン=有機塩素化合物。可燃性のある無色の液体で、クロロホルムのような臭いを放つ。2013年に特定化学物質に指定 *ジクロロメタン(塩化メチレン)=有機溶媒の一種。常温では無色で、強く甘い芳香をもつ液体。難燃性の有機化合物のため、広範囲で溶媒や溶剤として利用されている。環境負荷と人への毒性の懸念から、PRTR法(特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律)により利用と廃棄が監視される物質
退職後同僚の悲報相次ぐ
03年に退職した野内さんは、雇用保険の基本手当の支給を受けながら再就職先探しと、入院中の母親を見舞う日々を送った。母親は、手術の結果、婦人科系のがんとわかり、入院期間は10カ月間になった。
04年4月、ハローワークを通して、大阪の段ボール紙製造会社に再就職した。野内さんがその会社を選んだ理由は、労働組合があったからだという。合併で大会社に組み込まれ、社員2,000人規模になった。勤務時間は朝8時~夕方17時と、夕方17時から朝9時までの2交替制。夜勤は基本給に深夜割増がつき、交代手当1500円もつく。
前職の印刷会社のことを忘れかけた頃、同僚の悲報が相次いだ。05年、校正印刷室で一緒に働いてきた同僚Aさんが肝疾患で在職中に死亡。27歳だった。06年、もう1人、校正印刷室で働いた同僚Bさんが同じく肝疾患で、在職中に亡くなった。37歳だった。Aさん、Bさんは、野内さんが操作していた印刷機の両隣の印刷機で働いていた。偶然だと思った。
12年夏、テレビ報道などで、7年間勤務した印刷会社で、2種類の有機溶剤の
テレビ報道後、厚生労働省から書類が送られてきた。有機溶剤と胆管がんに関する調査だった。ほぼ同時に、関西労働者安全センターから電話がかかってきた。労災保険、労災請求に関することだった。
「両隣の印刷機の担当者2人は、有機溶剤が原因で亡くなった。2人の真ん中で働いていた俺に何もないわけがない。俺だけ生き残れるわけがない……」と不安が募った。
数年前に転勤した徳島県内の病院で検査を受けた。「不明瞭なところがあります。6カ月後に、再検査しましょう」と医師から言われた。「やっぱり……」と、気分が落ち込んだ。
12年8月、大阪市立大学医学部附属病院に「胆管がん特別外来」が開設された。野内さんも、同年10月、特別外来を受診した。診察した医師は「あんた、手術したほうがいい」と言い切った。
仕事と調整し、手術は13年1月23日になった。手術時間は9時間。手術後、切除された肝内胆管がんを見た。ホルマリン漬けの肝内胆管がんは300グラム、10センチほど。肝内に大きな腫瘍があり、肝内の胆管が大きくなっていた。
入院期間は2カ月半。13年4月に退院。以後は、外来通院しながら、飲み薬の抗がん薬である*TS-1を朝夕3錠ずつ服用中。「下痢、吐き気が多く。消化器系へのダメージが大きい」という。
*TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム
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入院中、再就職先の手厚いサポート受ける
入院中、再就職先の会社は、手厚いサポートをしてくれた。同社には、法律で決められた法定の年次有給休暇のほかに、保存休暇の制度があった。2年の時効で消えた法定年次有給を、病気などのときに利用できる会社独自の制度だ。野内さんは、入院期間の2カ月半を、保存休暇と法定の年次有給休暇でカバーした。
会社は、13年1月の入院時から同年9月末まで休職。休職中の13年5月、野内さんへの労災認定が決まった。SANYO-CYP関連では17人目の労災認定だ。そのため、3月末から9月末までの休職期間中は、労災保険の休業補償給付の支給を受けた。
13年10月に職場復帰。働き方は、入院前とほとんど変わらない。外来通院で、診察を受けて、抗がん薬を服用して働き続ける。
「胆管がんでの検査代や治療費などは、すべて労災保険から支払われます。自己負担ゼロです。精神的に楽です」と野内さん。
労災申請などで被害者の支援活動に取り組む関西労働者安全センターの片岡明彦事務局長はこう言う。「SANYO-CYPは、法律で定められた安全対策をほとんどやっていません。通常の安全対策をしていれば、労災認定者17名という大事件にはならなかったはずです」
厚労省によると、印刷業での胆管がんという「新たな職業病」の労災請求件数(13年11月19日時点)は、全国で77件。そのうち、遺族による労災請求は50件に上る。
「今、私にできることは、医師に協力して、患者記録をきちんと残すことです。私の患者記録を再発防止に役立ててほしい」と野内さん。