仕事をしながら療養する

傷病手当金の活用と会社の理解に職場復帰を誓う

取材・文●菊池憲一(社会保険労務士)
発行:2013年9月
更新:2013年12月

  

北澤誠康さん
元プロスキーヤーの北澤誠康さん(54歳)は、52歳のとき横行結腸がんを告知された。6時間におよぶ手術と半年間の抗がん薬治療を乗り越え、術後1年弱で職場復帰。しかし、3カ月半後に右肺転移。手術後、さらに右肺に再発が発覚。抗がん薬治療を受ける。現在、健康保険の傷病手当金と、会社の理解に支えられて、社会復帰を目指している。

突然の嘔吐

北澤さんは、38歳までプロスキーヤーとして活躍。1997年、飲食店やインターネットカフェ、CD販売などの店舗を運営する会社に就職。長野市内のホテル1階にあるレストランの店長となった。スタッフ15名を束ね、家賃交渉から仕入れなどすべてをまかされた。人気もあり運営は順調だった。スキーで鍛えた体は頑健で、ほぼ毎朝10キロを走り、地元で毎年行われるマラソン大会にも出場。会社の健康診断も良好だった。

2011年6月17日の朝、突然、1時間おきに4回吐いた。即入院となり、CT、MRIなどの検査を受けた。担当医から「横行結腸がんの疑いがある。肝臓に3カ所転移があり、ステージⅣです」と説明され、切除手術を勧められた。52歳だった。会社に相談した結果、業務を離れた。

6時間におよぶ手術で横行結腸と肝臓の3カ所、リンパ節を切除。翌月14日に退院。抗がん薬治療に備え、8月5日にはポート手術をした。9日からFOLFOX療法を開始。2週間に1回のリズムで、半年間続けた。副作用がきつく、吐き気、だるさ、手足のしびれに苦しんだ。体重は18キロも減った。

休業中の最初の約1カ月間は、有給休暇扱い。その後は、傷病手当金が支給された。「1年弱の傷病手当金支給は、大きな支えになりました」と北澤さん。

また、生命保険と養老保険に加入中で、前者からは入院1日5千円、告知と手術で100万円、合計165万円の支払いがあった。後者は入院と手術で49万円。民間保険も大きな励みになった。

ポート=皮膚の下に埋め込む薬液注入装置。鎖骨下静脈などにカテーテルを設置してポートにつなぎ、持続的に抗がん薬を投与する

再発・転移と強い不安感

手術から1年弱後、2012年6月1日に職場復帰をした。「就労可能」という医師からの診断書も会社に提出した。会社側の配慮で、インターネットカフェのサポーターとして働き始めた。

給料は店長手当4万円分が減ったが、社長から「体調と相談して、時間にしばられることなく、無理せずに働いてほしい」と言われた。しかし、職場に戻れば病気のことなど気にしていられない。性分か、ほかのスタッフと同じように働いた。復帰当初から8時間勤務だった。

3カ月半後、異変が起きた。PET検査などで、右肺の転移がわかり、胸腔鏡手術を勧められた。社長に伝えたところ、自宅待機を命じられた。11月2日に入院。5日に胸腔鏡手術で肺の一部を切除し、12日に退院。

退院と同時に、職場復帰を申し出た。入院期間中の給与は休業扱いで減額されたが、それ以外は満額支給さていた。給料が振り込まれるたびに、会社の経理課に「掃除でも構いません。会社に行きたい」と申し出た。経理スタッフは「社長が色々と考えています。今は甘えたら……」と言ってくれた。

試練は続く。2013年1月、切除手術をした右肺に再発が見つかった。腫瘍は小さかったため、2カ月に1度の血液検査、CT、超音波などの経過観察となった。 2月下旬、息苦しさを感じ病院へ行った。肺に3リットルの水がたまっていたため、即入院となった。医師から「完治はありません。これからは延命のために、抗がん薬治療を始めます。一生続きます」と言われた。

それからは2週間に1回、外来でのFOLFIRI療法が始まった。肺の腫瘍はほとんどなくなった。ただ、またも副作用に苦しめられる。1週間は吐き気とだるさに襲われる。足のしびれもあり、1日中横になってすごす。すると、強い不安に襲われる。うつ状態に陥り、寝たきりの日々が続く。それでも、「心身が副作用に負けて、『もう抗がん薬はやめたい』と思うようになるのが一番怖い」と負ける気などない。2週間のうち最後の4~5日は体調がよくなる。飲酒も楽しんでいるそうだ。

焦りと会社の理解

右肺の再発が見つかったとき、「職場復帰をしても入院になるかも知れません。迷惑をかけるので休業扱いにしてほしい」と社長に手紙を書いた。傷病手当金が支払われれば、会社の負担がなくなると思った。

しかし、右肺再発による休業に、傷病手当金は支給されなかった。支給期間の1年半がすぎていたからだ。会社は、北澤さんに仕事をさせたら心身の負担が大きく、前回と同様、再発を招くのではないかと恐れた。そのため、職場復帰には慎重になった。それでも、退職を迫るようなことはまったくなかった。

北澤さんには退職できない事情があった。「退職は命を切るのと同じ。住宅ローンに子ども3人の教育費もあります。それに医療費もかかります。収入が途絶えたらやっていけません。今は、会長と社長の温情にすがるしかありません」

抗がん薬治療は、お金がかかる。FOLFOX療法は、窓口支払いが1回1万5千円で月2回。FOLFIRI療法は、窓口支払いが1回8万円で月2回とかなり高い。高額療養費制度を利用して乗り切る。

現在の北澤さんは、働きたいが働けない状態にある。それでも、「最後の瞬間まで、悔いのない人生を送りたい。がん体験者としてスピーチできる機会があればトライしたい。長年プロスキーヤーとして、大勢の前でデモンストレーターをしてきた経験を活かしたい。社会復帰、職場復帰をして、会社に恩返しをしたい」と前向きだ。

キーワード 傷病手当金

健康保険の加入者本人が、①病気やケガで療養中であること②仕事に就けないこと③継続して4日以上、会社を休んでいること④給料を受けられないこと―― という4条件を満たしたときに支給されます。支給期間は1年半。ただし、病気やケガがいったん治癒したあと再び悪化した場合には、別の病気やケガとして1年半支給されます。また、医学的には治癒していない場合でも、軽快と再度の悪化との間に「社会的治癒」に相当する期間が認められる場合も、別の病気やケガとして1年半支給されます

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