外科手術と感染症
手術前の適切な処置により術後感染症のリスクを軽減する

取材・文:月崎時央 ジャーナリスト
発行:2003年12月
更新:2013年8月

  

吉田和彦さん
医師の
吉田和彦さん

手術直後に起こりやすい肺炎

――がんの手術に限らず、外科手術には、常に感染症にかかる危険性というものがあると聞いているのですが。

吉田 そうですね。外科手術をするときに、感染症のリスクがあることは避けられないですね。

――それでは、今日はとくに、がんにおける外科手術と感染症の関係について、うかがいたいと思います。

吉田 がんと一言でいいましても、100種類ぐらいの異なる病気である、という見方ができると考えています。がんの手術に関わらず、すべての手術について共通することとしてお話します。

――手術後には、具体的にどんな感染症の危険があるのでしょう。手術後に患者さんの体がなんらかの病原体におかされたとき、まず最初に出る症状はどんなものですか。

吉田 まず必ず熱が出ます。

――この熱の原因はどんなことが考えられるのでしょう。

吉田 発熱の原因について医師がまず疑うのは肺炎、尿路感染、手術した部位の感染の三つです。

――なるほど。では、たとえば肺炎の場合には、どんな菌によって肺炎が引き起こされるのですか?

吉田 原因となる菌は特定できないことが多いのですが、一般的には大きな手術をして、手術後、ICUに入って人工呼吸器につながれる、というような状態のときに、肺炎などの感染症が起きやすいです。

――人工呼吸器を使うと、どうして肺炎が起こるのですか?

吉田 手術後に人工呼吸器につながれると、そこで人工的な換気が行われます。自力の呼吸でないので、肺が十分に膨らまないと無気肺というのを起こして、結果として肺炎になりやすい。この対策として最近は、手術後、早期に患者さんに体を起こしてもらって、肺を膨らませるようにしています。

――術後すぐに体を起こすのは大変そうですが、感染症対策としての意味があるのですね。

無気肺=手術、胸水、腫瘍に圧迫されるなどの何らかの原因で気道が閉塞し、呼吸困難などがおきる

尿路感染と手術部位の感染

あらかじめ感染症の可能性を想定し、予防対策をたてる

吉田 尿路感染も起きやすい感染症ですね。手術中に尿を強制的に体外に出すために管を膀胱まで入れるんですが、このとき、逆行性感染といって菌が反対に膀胱に入ってしまうことがあり、感染が起きやすくなります。

――管をよく消毒などしてもダメなのでしょうか。

吉田 もちろん、衛生面には十分配慮しますが、免疫力が低下しているときには、気をつけていても医療機器の装着時などにも雑菌が侵入しやすいですから。

――人工呼吸器や膀胱に管を入れたときなど、機器類の装着でも、感染症のリスクは高くなるということですね。

吉田 そして3番目は創部です。

――手術を行った部位、つまり傷口のことですね。

吉田 はい。でも傷の表面のことだけでなく、手術をして縫合した内側のことも含めて考えます。

――傷口の表面から、細菌などが入るわけでしょうか。

吉田 傷口が細菌感染によって膿んでしまうこともありますね。また手術した部位の内側が感染したことによる炎症もあります。

――すでに縫合した内側に感染症による炎症がおこる理由は、どんなことでしょう。

吉田 手術時に、創部周辺に一定以上の雑菌が残っていて、それが後日増えたことによる膿瘍の形成などの場合、あるいは消化管を吻合した部分から、腸液がお腹の中に漏出した場合に腹膜炎が起こることもあります。

――外科手術を受けた場合には、まず体の外からの雑菌などの侵入によって肺炎、尿路感染、傷口やその周辺にトラブルが起こることがわかりましたが、さらに、内側から問題が起こる可能性もあるということですか?

吉田 はい。病原体は必ずしも、体の外にあるものだけではありません。

もともと体内にある細菌が引き起こす感染

――具体的には私たちの体の中のどこに、感染症を引き起こす病原体がいるんですか?

吉田 人間は日頃から、自分の体の中にさまざまな菌を持って生きています。もちろん僕も持っています。

学問的には定義が難しいんですが、感染とは、一般に組織1グラムの中に10の5乗以上、つまり10万個以上の細菌があったときに感染が成立するとされています。もちろん空気中にも、雑菌はたくさんいます。

しかし手術の場合には、その患者さんの体の中に常駐している病原体が関係してくることも少なくありません。

――えっ。では自分自身の体内のある部分に保有している菌が、悪さをする場合もあるということですか。

吉田 ええ。もちろんです。

――なんとなくショックですが、考えてみたら、私の体の中にも、たとえば大腸には大腸菌がいるわけですね。でも平常時にはそれと共存して、何の不都合もありませんね。ということは、手術時には、自分のもともと持っている菌などによっても、状況によっては深刻な感染症になるんですね。

吉田 そうです。大腸には1グラムあたり10の10乗ぐらいの細菌がいます。多くは大腸菌と嫌気性菌です。つまり便というのは菌の固まりなんで、そういうのが一滴でも内臓の中におちると便性の腹膜炎を起こす可能性があります。

――自分の菌が自分のお腹の中で感染を引き起こすんですか……。

吉田 そういうこともあります。

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