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体と心をケアする処方箋

婦人科がん手術後の排便トラブル・便秘 上手にコントロールして気持ちのよい生活を

アドバイスと監修●神山剛一 昭和大学消化器外科講師
取材・文●池内加寿子
発行:2005年8月
更新:2019年11月

  

かみやま ごういち 昭和大学医学部消化器外科講師。大腸・肛門の専門医で、排便障害の専門家。消化器外科の手術や診察のかたわら、排便障害に悩む患者さんの相談にのり、具体的な改善策を提案している。「排泄を考える会」でも活躍

婦人科がん等で子宮全摘手術を受けた後、排便トラブル、とくに便秘で悩む方が少なくありません。ある調査では、「広汎子宮全摘術後の患者さんの3分の2が便秘傾向にある」との結果が出ています。排便のしくみと、便秘の原因および対策について、昭和大学消化器外科講師で数少ない排便障害の専門家でもある神山剛一さんに伺いました。

「便秘」とは、4日以上便が出ない状態。
本人の困り具合が異常か否かの分かれ道

婦人科がんの手術を受けた患者さんから、「手術後の排便トラブルを担当医に訴えても、適切な対応をしてもらえない」との声がよくきかれます。そんな患者さんの悩みに応えて解決の道を探る試みが、現場の医療者の間でも始まっています。医療者の視野の外に置かれがちな「排泄」の問題について、泌尿器科、消化器外科、婦人科等の医師や看護師などが、各科横断的に連携する「排泄を考える会」が5年前に発足。同会のメンバーで、排便障害に詳しい昭和大学消化器外科講師の神山剛一さんは、こう話します。

「婦人科手術後の排便・排尿障害はかなり頻度が高いのですが、婦人科ではなかなか後遺症まで診ていただけません。消化器外科でも、排便障害の専門知識や経験が豊富な医師が少なく、他科手術後の排便障害にまで対応しきれないのが実情です。
各診療科の狭間で排泄の問題を抱えながら“難民状態”になっている患者さんを多方面からサポートし、診療科の垣根を越えて症例を持ち寄り、検討・研究しながら、対策を考えていこうというのが同会のねらいです」

排便障害の相談にものっている神山さんの外来診察日には、千葉、群馬など近県からの来院者も多いそうです。

「深刻に悩む患者さんには、その心理を理解し“大変だったね”と受け止めてあげることがまず大切ですね。排便には心因的な要素も影響するので、不安な気持ちで過ごしている患者さんには、今の対処法でいいよ、などと言葉をかけるだけでも気持ちが安定し、症状がやわらぐこともあります。検査や治療だけでなく、1人ひとりに合わせた対処法、改善策を考えることが患者さんのQOLアップにつながると思います」

排便は身近な問題ですが、意外なことに、そのしくみは未知の部分が多いのだとか。

「食べた物が胃、小腸、大腸(結腸、直腸)を経て、肛門から排泄されるまで、すべて自律神経の働きで調節されています。自分の意識とかかわりなく体が勝手に行っているわけで、じつは排便のしくみもまだ十分には解明されていないのです」

便秘一般について、わかっている範囲で説明していただくと――。

「臨床的には、4日以上便が出ない状態を便秘と定義していますが、異常かどうかの分かれ道は、本人の困り具合によります。毎日排便があっても腹痛などのトラブルがあればなんらかの対策が必要ですし、1週間排便がなくても、翌日すっきり排便できて本人が困っていなければ異常とはいえないのです」

便秘には「直腸性」と「非直腸性」の2種類がある。
術後の便秘には「直腸性タイプ」が多い

「以前は、便秘といえば“弛緩性の便秘”と“緊張性の便秘”などの症状による分類が一般的でしたが、最近では、便が肛門の一歩手前の直腸まで降りてきているのに排便できない“直腸性の便秘”と、直腸までなかなかたどりつかない“非直腸性の便秘”の2つのタイプに分ける考え方が主流になっています。タイプによって、対処法がまったく変わってくるのです」

“直腸性”か“非直腸性”かを自分で判断するには、便意(=肛門の近くに便がたまり、排便したい感覚)の有無が1つの目安になるとか。専門外来で問診及び検査を受ければさらに明確になります。

「3~4日間、便意をまったく感じない場合は、便がなかなか直腸に到達しない“非直腸性”の便秘であることが多いですね。原因としては自律神経の影響が考えられますが、どこにどのような異常が生じているのかまでは分からず、いわばブラックボックス状態。このタイプの場合、単なる便の停滞であれば、下剤(後述)で対処しますが、腹痛を伴う場合は、抗うつ剤などが奏効することもあります」

一方、かすかにでも便意がある場合は、直腸まで便が降りてきているのに排便できない“直腸性便秘”の可能性が大きいそうです。

「直腸には“ためる力”と“出す力”の2つの働きがありますが、直腸性の便秘の場合は、出す力、つまり(1) 直腸自身の収縮力(自律神経の関与)、(2) いきむ力(腹筋、横隔膜)、(3) 骨盤の筋肉の強さ、(4) 腸の位置や形の4要素のどこかに問題があると考えられます」(図1参照)

下痢のときはいきまなくても自然に排便されますが、これは「直腸自身の収縮力」が働いているからです。それは自律神経に支配されています。一方、便がコロコロで硬いときは、便の体積が小さいため、腹筋、横隔膜などの力を使っていきまないと排便できません。骨盤の筋肉とは、いきんだときに腹圧を受け止める骨盤底筋のこと。骨盤底筋が弱いと腹圧をかけたときに、骨盤が外側に逃げて、便を押し出しにくくなります(図5)。

[腸の位置や形の変化で起こる排便障害]

図1 便を出す力
図1

(1) 直腸自身の収縮力 (2) いきむ力 (3) 骨盤底筋 (4) 直腸の位置
図2 排便時
図2

直腸自身が縮まり(1)、また腹筋などでいきむ力は骨盤に向かって働き(2)、骨盤底と共に直腸を押しつぶすように作用する(3)
図3 S状結腸瘤
図3

いきむ力が直腸に届かず(1)と(3)、手前のS状結腸に加わってしまい、折れ曲がって、便が停滞してしまう(2)と(4)


図4 直腸瘤
図4

直腸の前壁が突出し(1)、踏んばる力が逃げてしまう(3)、いきむ力が肛門へ作用せず、突出した直腸に便が残ってしまう(1)
図5 骨盤下降
図5

骨盤底筋が弱くなると骨盤底が下がる(3)ので、踏んばっても力が直腸へ届かず(2)、直腸に便が残ってしまう(1)。さらに習慣的いきみを加えると、直腸の位置も変わってしまう(4)

婦人科がん手術後の便秘は、
自律神経への影響、腸の位置と形の変化などで起こる

[子宮と直腸の位置関係]
図:子宮と直腸の位置関係

子宮の前側に膀胱、後ろ側に直腸が位置しています。子宮が摘出されると、直腸の位置が前に倒れたり、形が変ったりすることがあり排便障害の一因になります

では、婦人科がんの手術後、便秘になりやすいのはなぜでしょうか。

「子宮全摘等の手術後に起こる便秘の多くは“直腸性タイプ”だと推測できます。手術そのものによる要因としては、直腸周辺の神経へなんらかの作用、直腸の位置や形の変化、心理的要因などが考えられます。一般に、“手術によって腸につながる神経が損傷を受けるために、排便障害が起こる”といわれていますが、実のところそう言い切れる証拠はないのです。自律神経は体の前方に伸びているため、子宮摘出やリンパ節郭清をしても腸に至る神経は理論的には温存されるはずなのですが、神経の走行には個人差があるので、神経損傷説を否定するわけにもいきません。手術が神経に影響を与えているとしたら、直腸自身の収縮力が低下する可能性があります」

一方、子宮を摘出したことで腸の位置がずれて前傾し、腸の中に直腸瘤、S状結腸瘤などのくびれができるケースがあります。この場合、腹圧をかけると便がくびれに入り込んで、いきんでも排泄しにくくなります(図3・4、下のコラム1参照)。 「排便障害、便秘の原因は、自律神経、大腸(結腸、直腸)自身の働き、骨盤の筋肉、直腸の位置などさまざまな要因が複合的にからみあっています。この症状ならこうすればよいと、単純にはいきませんが、原因を探る近道として、排便障害の検査(直腸肛門内圧測定、排便造影検査)をすると、対策をたてやすくなります」(下のコラム2参照)


コラム1
実例/子宮全摘手術後、便秘に悩まされて30年。専門外来で原因が判明!

30年ほど前に、Kがんセンターで広汎子宮全摘術を受けたA子さん(65歳)は、手術後、頑固な便秘に悩まされ、担当医に相談すると「命が助かったのに、便秘くらいでなにごとか」と怒鳴られたとか。近所の内科で下剤をもらっていましたが、1種類の標準量では効かなくなったため、種類を増やし、ついにプルゼニド(錠剤)4錠とアローゼン(粉薬)2袋まで増量。標準使用量の3~4倍の量ですが、それでも便が十分に出しきれず、違和感がある状態に。婦人科がんのサポートグループからの紹介で神山さんに受診しました。

問診及び排便障害検査の結果、子宮が摘出されたことによって結腸の位置が変わり、S状結腸にできたくびれに便がたまり、排便時に腹圧をかけてもうまく排便できない、ということが判明(図3参照)。神山さんの執刀でS状結腸瘤の手術を受けた結果、症状が改善しました。どこにも相談できずに1人で悩んでいたA子さんは、便秘が治った爽快感に加えて、排便の問題を相談できる場があることを喜び、今でも神山さんの外来に通っているそうです。

「便秘というと下剤で対応すれば済むと思われがちですが、原因によって対処法も変わり、手術で改善する例もあるのです」(神山さん)

コラム2
「排便障害に対する検査」をすれば解決の近道に

「いくつかの対処法を試しても便が出にくい場合には、排便障害の検査を受けて原因を探ると対策をたてやすくなります」と神山さん。検査には以下の方法があります。

直腸肛門内圧測定
(直腸で便をためる力、肛門の締める力を測定)
バルーンカテーテルを挿入して便意を促し、空気の注入量を測り、ためる力を判断。また、肛門から細い内圧計を入れて、肛門の締まり具合を調べる。放射線治療後の直腸の状態もわかる。

排便造影検査
(いきむ力と直腸のしぼむ力を診断)
肛門からバリウムを入れ、排便の様子をレントゲンで観察。直腸瘤、S状結腸瘤の有無、骨盤の筋肉の強さ等がわかる。

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