婦人科がん手術後の排尿トラブル
賢いセルフケア

監修・アドバイス:宇津木久仁子さん 癌研有明病院婦人科医師
梶原敦子さん 日本コンチネンス協会理事
文:池内加寿子
発行:2005年5月
更新:2013年8月

  

宇津木久仁子さん 癌研有明病院婦人科医師の
宇津木久仁子さん
梶原敦子さん 日本コンチネンス協会理事の
梶原敦子さん

患者さんへのアンケートより
広汎子宮全摘術では、半数以上が排尿障害に

子宮頸がんの手術を受けた工藤敏子さん(仮名・43歳)は、退院して3年たった今でも、なかなか尿が出ない、いきんでも出しにくいという状態が続いていると言います。「主治医に相談したのですが、よくあることだよ、心配なら泌尿器科に行きなさい、とのこと。泌尿器科では、自分で管を入れておしっこを出す自己導尿という方法を教えてもらいましたが、外出先ではうまくできないので、結局やめてしまいました」

このような婦人科がん手術後の排尿トラブルは、どのような場合に起こるものでしょうか。婦人科がんの手術や治療にあたる傍ら、手術後の後遺症についても研究を重ねている癌研有明病院婦人科医師の宇津木久仁子さんは、こう話します。

「患者さんからは、尿意を感じない、笑ったときなどにもれやすい、尿意を感じたらトイレまでがまんできない、パッドを使用しなくてはならない、などの排尿の悩みがときおり聞かれますが、排泄や性に関する問題はなかなか言い出せないようです。そこで、フォローアップ外来に訪れた患者さん558人に排泄や性に関するアンケートを実施し、術式と後遺症の関係を調べたところ、子宮のまわりの組織を含めて広く切除する広汎子宮全摘術の場合に後遺症が起こりやすく、排尿のトラブルも多いことがわかりました」(宇津木さん以下同)

下のグラフがその結果(抜粋)です。回答者534人中、広汎子宮全摘術を受けた人は220人で、平均年齢は47.4歳、術後の経過期間の平均値は約4年半。そのうち、尿がたまった感覚がわからず、時間を決めて排尿する人が3割強。強くいきんだり、下腹部を圧迫したりしないと尿が出ない人、尿がもれる人がそれぞれ5割強。これに対して、子宮だけを摘出する単純子宮全摘術ではほとんどの人が自然に排尿でき、たまに尿がもれる人が2割程度。広汎子宮全摘術の場合は、手術後かなりの年数がたっても、半数以上の人に程度や症状の差はあれ、なんらかの排尿障害が残っていることがうかがえます。

アンケートの対象=癌研究会付属病院婦人科で婦人科がんの手術を受け、2001年9月から12月にフォローアップ外来を受診した患者さん558人。回答者534人を術式により、5群に分け、ここでは広汎群(広汎子宮全摘術+骨盤リンパ節郭清術)の排尿についてのみ掲載。

[広汎子宮全摘術+骨盤リンパ節郭清術をした患者(202人)の術後の排尿について]
図:広汎子宮全摘術+骨盤リンパ節郭清術をした患者(202人)の術後の排尿について

婦人科がん手術後の後遺症アンケートより(宇津木久仁子さんが実施)

排尿障害の原因は?
子宮のまわりの膀胱につながる神経の損傷によって起こる

[排尿をコントロールする神経が傷つくのはなぜ?]
図:排尿をコントロールする神経が傷つくのはなぜ?

広汎子宮全摘術は、子宮頸がん1b期以上、子宮体がん2b期に適用。子宮は膀胱のすぐ裏側にあり、周囲に骨盤神経が張り巡らされている。矢印の様に子宮頸部の周りの基靱帯を切るときに、膀胱につながる神経が傷つくと、排尿障害が起こる。(イラスト/藤枝かおり)

広汎子宮全摘術では、なぜ排尿障害が起こりやすいのでしょうか。

「子宮のまわりの組織まで広く切除するため、排尿に関係する神経が傷つきやすいのです(右図参照)。子宮頸がんは子宮頸部(入り口)から腟へと縦方向に(ステージ2a期、3a期)に、または腟のまわりへ横方向に(2b期、3b期)進展していくため、がんを取り残さないように、子宮や腟と隣接する膀胱をはがし、子宮頸部の周りの基靭帯を切除します。一般に基靱帯を切るときに骨盤神経が傷つきやすく、枝分かれしている膀胱枝が損傷を受けると排尿障害につながります」

近年、婦人科医師の間では、神経温存法が研究・実践され、一昔前よりは重度の排尿障害は起こりにくくなっているそうです。

「とはいえ、広汎子宮全摘術は婦人科ではもっとも難しく、高度なテクニックが必要で、病院や医師の技量が問われる手術です。神経というのも、太いものが1本あるわけではなく、髪の毛より細い神経が四方に枝分かれしながら他の繊維組織と混じりあっているので、残すことにも限界があり、がんを取り残さないためにはやむを得ない面もあるのです」

一度損傷を受けた神経は、時間がたっても再生しませんが、枝分かれしている他の部分が肩代わりすることはあるかもしれません。

排尿障害は、治るのか?
手術後約1年間は回復する可能性があるが、その後は症状が固定しやすい

術式による後遺症の違いは、手術直後から現れます。手術後3日目まではバルーンという管で自動的に尿を排出していますが、単純子宮全摘術の場合は、管を抜くと自然にトイレで排尿できるようになるそうです。一方、広汎子宮全摘術では、管を抜いてもポタポタ程度しか排尿できないため、看護師さんが尿道に管を入れて残った尿を出す“導尿”を1日5回からスタート。「1日3回、1回と徐々に減らしていきますが、自力で排尿できる“完全自尿”までに、平均17日かかります。自分で管を入れて排尿する“自己導尿”で退院する人も2~3パーセントありますが、半年後には自力で排尿できたという人もいます」

排尿障害が起こった場合、自然に治ることもあるのでしょうか。

「手術後1年くらいまでは、自然に回復する可能性がありますが、一般に1年を過ぎると、症状が固定してくることが多いもの。ある患者さんは、排尿障害がいつ治るかとずっと待っていたけれど、元のようにはならない。あるとき、ふと、あー、こういうものなんだ、と気づいたら、すっと気持ちが楽になったそうです。婦人科がんの手術後は排尿のトラブルが起こっても特別異常ではないということを知って、その状態を受け入れ、それに合わせた生活を工夫する。そんな発想の転換をすれば、少し楽な気持ちで過ごしていただけるのではないでしょうか」

排尿トラブルにどう対処する?
専門科の指導を受け、尿の出し方のトレーニングを

排尿・排便など排泄に関して、「すべての人が気持ちよく排泄できる社会」をめざして活動しているボランティア組織・日本コンチネンス協会理事の梶原敦子さんに、セルフケアのコツを聞いてみました。

「婦人科がんの患者さんからの相談で多いのは、尿意を感じにくい、いきまないと出ない、いきんでも出ない、尿がためられなくてもれる、トイレが近いなどのトラブルです。これらは、排尿をコントロールしている神経にトラブルがあって、脳からの畜尿・排尿の命令が伝わりにくくなったり、膀胱の伸展や収縮がうまくいかなくなったりするもので、“神経因性膀胱”と呼ばれています。また、放射線治療後に、一種のやけど状態で膀胱が硬くなってしまったときにも、排尿障害が現れます。このようなケースでは、膀胱の状態を元に戻して改善することは難しいので、医師や看護師さんに排尿トレーニングの指導を受けながら、症状に応じてセルフケアをすることが大切ですね」(梶原さん・以下同)

入院中から、看護師さんに相談して排尿の仕方を練習しておけばベスト。退院後なら、婦人科がん手術後の排尿障害に詳しい婦人科、泌尿器科、または両方をつなぐ科(ウロギネ)の医師や看護師さんに相談するとよいそうです。

泌尿器科と一口に言っても、男性の排尿障害を得意として、女性の排尿障害に十分対応がしにくいところもありますので、電話などで事前に確認してから受診したほうがよいかもしれません。

「相談するときは、尿が出なく困っているんです、と言うだけではダメ。よくあることですよ、で終わってしまうので、どういう症状で、日常生活の何にどのように困っているか、どうなりたいかをしっかり伝えることが大切です。医師は治療で手一杯なこともありますから、ケアに詳しい看護師さんに相談するのも一案です」

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