中医師・今中健二のがんを生きる知恵

第12回 「肺がん」になりにくい体質を手に入れる

話・監修●今中健二 中医師/神戸大学大学院非常勤講師
取材・文●菊池亜希子
発行:2021年12月
更新:2021年12月

  

今中健二さんプロフィール 中医師。中国江西省新余市第四医院医師。神戸大学大学院非常勤講師。1972年兵庫県生まれ。学生時代に母親をがんで亡くした経験から医療に関心を持ち、社会人経験の後、中国国立贛南医学院に留学。中医師免許を取得し、新余市第四医院で治療に従事。2006年帰国。神戸市を起点に中国伝統医学の普及に努める。西洋医学との垣根を超えた「患者の立場に立った医療技術」発展のため、医師や看護師、医学生に向けたセミナー、中医学に基づいたがん治療の講演など、全国各地で精力的に活動している。2020年中国医学協会を設立。著書に『「胃のむくみ」をとると健康になる』『医療従事者のための中医学入門』

2人に1人が一度は罹患すると言われるほど、がんはいまや日本人にとって身近な病気です。中でも、2018年の統計データによると、肺がんの罹患者数は全がん種の中で3位、さらに死亡者数は1位。近年、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など、肺がんに適応する新薬が次々登場し、治療法は日進月歩で進化しているものの、それでもなかなか厳しいのが実情といえるでしょう。

肺がんになるとき、体の中ではどのようなことが起こっているのでしょうか。そして、予防策は? 中医学の視点から「肺がん」にアプローチします。

中国には西洋医学、中国伝統医学の2種類の医師免許があり、中医師とは中国伝統医学の医師免許を持つ医師のこと。本連載では「中国伝統医学」を「中医学」と呼びます。

肺がんには2種類ある

西洋医学では、肺がんを組織型によって「小細胞肺がん」と「非小細胞肺がん」に分類します。タバコなどが主な原因とされる小細胞肺がんが、喫煙者の減少に伴ってここ20年ほどで大きく減った一方、喫煙習慣にそれほど左右されない非小細胞肺がんは増え続けていて、現在、肺がん全体の8割近くを占めています(図1)。

肺がんの成り立ちを中医学の視点で見ると、やはり2種類あると考えられます。1つは、喫煙をはじめとする汚れた空気を継続的に吸い込むことで誘発される肺がん、2つ目は、体質からくる肺がん。先の西洋医学の分類に大まかに当てはめると、前者が小細胞肺がん、後者が非小細胞肺がんと捉えられます。

がんを誘発する汚れた空気とは、タバコのヤニをはじめ、アスベスト、PM2.5などのダスト。それらを、湿気を含んだ粘着性のある空気とともに継続的に吸い込むと、肺の奥深くに入り込んで粘膜や肺胞に付着します。粘膜に付着したこれらは、例えると、湿ったまな板の上にまぶされた小麦粉。湿気をおびた小麦粉がまな板に吸着してなかなかとれない、あの状態になるのです。

さらにタバコのヤニやPM2.5といったダストが付着していると、粘膜や肺胞の水分までもダストに吸い寄せられ、粘膜や肺胞の先端の組織が変質していくことがあります。これが汚れた空気を継続的に吸うことで起こる肺がん。

とはいえ、喫煙者も減り、高度経済成長期のような強烈な大気汚染もない現在の日本では、このタイプの肺がん(小細胞肺がん)はかなり少なくなっています。

鼻、口、皮膚は肺の子分

一方で、体質からくる肺がんは増え続けています。ここからは、肺がんを誘発する体質について考えていきますが、その前に、まず体の中で肺がどのような役割を担っているかを説明します。

「肺」という漢字は、肉を意味する「ニクヅキ」に、市場(いちば)の「市」と書きます。本来、市場は物々交換をする場所。肺は、呼吸で取り入れた新しい酸素と体内の老廃物である二酸化炭素を交換する場所です。

さらに市場は昔、城内にあって物々交換だけでなく情報交換も行われていたので、殿様にとっては、城の外の様子を知ることのできる唯一の場所でもありました。住民たちが元気に暮らしているか、不満が溢れていないか、どこかで暴動が起きていないかなど。これを体の中で考えると、外の気候は暑いか寒いか、乾燥しているか湿っているか、低気圧が迫っているか、といった情報が、まず「市場」である肺に集まってくるというわけです。

肺が情報を集める主な方法は呼吸ですが、実は肺には鼻、口、皮膚という子分がいて、皮膚の感触からも、「暑い」「寒い」「乾燥している」「湿っている」といった外の様子が伝わります。そして、「外が寒くなってきた」とわかったら、皮膚をキュッと閉じて中に熱を閉じ込めて逃がさないようにし、逆に「暑い」となったら皮膚を開いて発汗し、熱を放出します。

また、肺には、外界だけではなく体内の情報も集まってきます。血液が何らかの理由で熱くなったら、その情報はまず肺に集まり、肺は籠った熱を放出するために皮膚を開いて汗をかかせ、さらに吐き出す呼吸量を増やして対応します。これらはすべて、肺が行っている「調節」なのです。

肺の調節機能がわかりやすく現れるのが、駅の階段を駆け上って電車に乗り込んだとき。階段を駆け上がっているときはゼーゼーハーハーと荒く呼吸しますが、電車に乗って扉が閉まった途端、周囲に恥ずかしいから荒い息をあえて鎮めますよね。すると、いっきに汗が噴き出します。これは、肺は籠った熱を呼吸で吐き出したいのに、口が閉じられてしまったため、代わりに皮膚から熱を出そうと、皮膚をいっきに開いたからです(図2)。

肺は調節と治療を主る

さらに、ウイルスなどの異物が体内に侵入してきたときも、肺は自分の手持ちの駒を使いながら、異物を体の中まで入れないよう対処します。喉から異物が入ってくれば咳にして出そうとしますし、鼻から入ってきたら、鼻に水分を集めて鼻水にして出してしまうこともあれば、水分が足りない場合は鼻の奥に付けたまま鼻づまりにしてしばらく待機させることもあります。

外界から来た異物は、単細胞で寿命が短いので、根をはりさえしなければ長く生きることはできません。体の中に入ってしまい、正常細胞に着床すると根をはり始めてしまいますが、粘膜上に留まっていれば、つまり鼻づまりとなって留まっているだけならば、悪さもできないまま、時間の経過とともにそこで息絶えるわけです。

咳はもちろん、鼻水も鼻づまりも、肺が行っている「治療」。ですから、安易に咳止めや鼻水止めの薬を服用することは控えたほうがいいのです。

さらにウイルス量が多いなど、鼻や喉の粘膜だけでウイルスを止め置くことができない場合は、お腹の中に入れてしまうこともあります。その場合、同時に血液を胃に集めて、胃の中にある飲食物すべてにウイルスを絡め込んで、下痢として排出させるのです。

体調が悪いとき、急な寒気とともに腹痛が起きて下痢をし、すべて出し切ったことでスッキリした経験はありませんか? それはお腹の中まで入ってしまったウイルスを、肺が、食べたものと一緒に半ば強引に排出させたからなのです。

このように、情報がいち早く集まってくる肺は、体の「調節」と「治療」を行っている臓器。これを中医学では「肺は治節(ちせつ)を主(つかさど)る」と表現します。

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