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中医師・今中健二のがんを生きる知恵
第11回 胃がん――胃と経絡、2つの視点からアプローチ
がんを部位別に分けて中医学の視点からアプローチする第2弾、今回は「胃がん」に焦点をあてます。
がんは、どこにできようと「陽のがん」と「陰のがん」の2種類しかありません。それは胃がんも同様です。ただ、胃は気血を体内に分配する司令塔。司令塔ゆえに、胃がんは、他のがんとは違う視点を持って見ていく必要があるようです。
胃に異変が起きると、体全体にどう影響を及ぼすのか。そして、胃がんが発生するとき、胃の中では、体内では、何が起きているのか。スキルス胃がんの発生メカニズムにも触れながら対策を考えていきます。
胃が体を司っている!?
*気と血が体内をしっかり巡っていれば、人は健康でいられます。気血の通り道が*経絡(けいらく)。そして、気血を体全体に行き渡らせているのが「胃の経絡」です。臓腑としての胃の状態が同時に胃の経絡に反映されることは、これまでにお話してきた通りです(第1回 病は「胃」から始まるを参照)。
気血を作り出す胃は、体の要(かなめ)です。さらに言うと、胃と脾臓(ひぞう)はセットなので、人の体を司っているのは「胃と脾臓」と言っても過言ではないでしょう。胃が体内に取り込んだ飲食物を消化し、その消化物から作り出した気血を体のどこにどの割合で分配するかを脾臓が決めています。
例えば「肝臓に渡す栄養分はこれぐらい、腎臓にはこのくらい、そして肺、心臓にはそれぞれこれだけ割り当てよう」というように、脾臓は、体内のどこがどれだけの栄養分を必要としているかを瞬時に見極め、配分を決定しているのです。
「栄養を吸収しているのは小腸では?」との疑問も出てくるでしょうから、例を挙げてもう少し詳しく説明しておきましょう。
日本のメーカーがパソコンを作るとき、おおもとの性能や設計をメーカーが細かく決め、その設計に基づく各々の作業は各所に割り振ります。例えば、ハードディスクはタイの工場、CPUはインドネシアの工場、コード類はインドの工場で作り、それらをいったんフィリピンの工場に集めて組み立てた後、日本の会社に送られてくる、という具合です。
こうして送られてきた製品を日本のメーカーが最終チェックし、梱包して封をしました。このとき製造元はどこになるでしょうか? 答えは日本。日本のメーカー製のパソコンです。大切なのは、この製品の責任所在がどこかということなのです。
つまり、胃と脾臓が、ここで言う日本のメーカー。気血の素となる材料を胃が作り(消化)、それをどこにどのくらい割り当てるかを脾臓が決めたら、その設計に沿って、後の細かい作業は各所(小腸や大腸など)に役割を与えて任せます。ベルトコンベアに載せて流れ作業になるイメージですね。あくまでも責任者は胃と脾臓というわけです。
こうして胃と脾臓は、食べたものを消化して気と血を作り出し、さらにそれらを必要に応じて体中に分配します。その一連の作業の司令塔なのです(図1)。
*気と血:中医学では、体の中を「気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)」がスムーズに巡っていれば体は良い状態だと考える。気は目に見えないエネルギー。血は血液、津液は血液以外の水分。中でも「巡り」が重視されるのが気と血
*経絡(けいらく):気血が流れるエネルギーの通り道。経絡は全部で12本あり、頭や顔、内臓や手足を繋ぐように体中に張り巡らされている
病に繋がる生活習慣とは?
感染症や公害物質など外的要因でない限り、人が病に侵される要因の多くは生活習慣と考えられます。人は「活動、飲食、睡眠」のどれかを行っているわけですが、この中で病を誘発する生活習慣といえば、やはり「飲食」でしょう。
オーバーワークやストレスといった「活動」に付随する要因も多々あるように思えますが、実は現代社会において、病気を直接作り出すほどのストレスはさほどなく、どちらかというと、ストレスによって日常の行動が変化し、病に繋がることが多いように感じます。
例えば、職場の上司が口うるさくてストレスが溜まり、暴飲暴食するようになったり、残業する上司につき合って毎晩帰宅が遅くなり、夜遅くに夕飯をドカ食いするようになってしまったなど。結局「飲食」に関わる行動の変化が、病の引き金になっているのではないでしょうか。
胃の病を考えるときに必要な2つの視点
それを踏まえた上で、ここからは、「胃が病気になる」を2つの側面から考えていきます。
1つは、胃という「臓腑」が病に侵される側面。2つめは、「胃の経絡」に問題が起きる側面。
西洋医学では、胃はあくまでも臓器としての胃でしかなく、胃の中にがんがあるかないか、がすべてです。ところが中医学では、胃は飲食物を消化する臓腑であると同時に、気血の分配を司る司令塔。ですから、胃の状態は、気血を体内に送り届ける「胃の経絡」にダイレクトに反映されます。つまり、胃の病とは、胃だけの問題ではなく、胃(臓腑)と胃の経絡、2つの視点から考える必要があるのです。
胃の状態が陽に傾き過ぎると
まず、臓腑としての胃が炎症を起こす視点から見ていきましょう。
食べ過ぎたり、栄養過多の食品を摂取し過ぎたりして、胃で気血を作り過ぎてしまうと、気血が溢れ、胃の中に熱が発生します。これは胃が*陽に傾いた状態。このとき、さらにこの傾きを助長してしまうのが、糖質(ご飯やパンなどの穀類)、肉類、菓子類といった粘性を生む食べ物です。
これらは消化に時間がかかるので、胃は休む間もなく働き続けなくてはならず、疲れ切ってしまいます。これが胃もたれの状態。胃もたれは、さらに熱を生み、胃の中に熱が籠っていきます。そして、この状態が進むと、熱によって胃の中の水分(血液を含む)が濃縮され、膿(うみ)のようになってしまうことがあるのです。
そのような状態になると、胃壁に芯を持つ出来物(ポリープ)ができ、出血を伴うことも出てきます。始めは一過性で、できては消えていた出来物も、こうした状態が長く続くと常態化し、ときに陽のがんに移行してしまうことがあります。
*陽と陰:中医学の根本的な考え方。陰陽論では「万物は、陰陽という対立する要素を両方持ち、その割合を刻一刻と変化させながらバランスを保っている」と捉える
陰に傾いた胃は水浸し!?
一方、水分を摂り過ぎて胃の中が水浸しになり、消化が思うようにできなくなって胃もたれを起こしているのが、胃が*陰に傾いている状態です。前述の陽に傾いているときと同様、胃もたれが起きていることに変わりはありませんが、胃そのものの状態が全く違います。
陽に傾いている胃が、熱を帯びて乾燥し、固くなっているのに比べ、陰に傾いてる胃は、中に水が溜まってチャポチャポなので、ボテッとむくんでハリがなくブヨブヨした状態。飲食物が胃に入ってくると、その重みで胃壁がボヨンと下に伸びてしまいます。弾力で伸びるのではないので、胃壁が弱く破れやすいのも特徴です(図2)。
胃壁が弱い陰に傾いた胃は、水泡タイプの胃潰瘍も起こしやくなります。また、胃の中が水に浸かっている状態なので、胃壁を少しずつ傷害し、それが一線を越えると、陰の胃がんに移行することがあるのです。
胃が陰に傾く原因は、実は水分の摂り過ぎだけではありません。健康に気を遣って食べ物を厳密に選んでいる人が、結果的に水分過多になって陰に傾くことも多く見られます。意識的に白米やパンなどの糖質や肉類、菓子類を避け過ぎたために、血がサラサラになり過ぎ、水分となって胃の中に溜まったり、逆にどこにも留まらずに下に落ちて下半身がむくむなど、結果として水分過多の状態を作り出してしまうことがあるからです。
胃が陰陽どちらに傾いているかを知るもっとも簡単な方法は、舌を見ること。舌が真っ赤になっていたり、舌苔(ぜったい)が白くても黄色くても分厚く付着しているようなら、胃は陽の状態。また、舌がボテッとむくんでハリがなく、側面に歯形が付いているなら、胃は陰に傾いています(図3)。