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赤星たみこの「がんの授業」
【第七時限目】外科手術 手術万能から、手術を含めた集学的治療へ
赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト
1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。
がんの治療といえば、だれもがまず思い浮かべるのが「手術」ではないでしょうか。
手術室のライトが点灯し、手術着に身を包んだ外科医が厳かに「メス!」と宣言。そして額に汗をにじませながら、がん細胞というエイリアンに立ち向かう……そんなシーンが目に浮かびます。
外科手術が、がんの有効な治療法のひとつであることはまぎれもない事実です。しかし今では、抗がん剤治療やホルモン療法、放射線治療など、さまざまな選択肢が出てきています。がんの進行状態や部位、患者さんの年齢や病状などを慎重に考慮しながら、最適な治療法を選んで組み合わせる。これは*集学的治療と呼ばれ、がん治療の最新の流れです。
では、外科的な手術のメリット、デメリットとは何でしょうか。手術はどのような判断基準によって行われているのでしょうか。今回は、この「手術」について考えてみたいと思います。
*集学的治療=手術や放射線治療、抗がん剤治療など、さまざまな治療法を組み合わせて治療すること
医療技術の進歩が可能にした安全な手術
最初に、がんの外科治療の歴史についておさらいしておきましょう。
がんの手術が本格的に行われるようになったのは、19世紀に入ってからのこと。アメリカの医師エフライム・マクダウェルが、女性患者の卵巣腫瘍を切除する手術を行ったのが最初だそうです。しかもナント! この手術は「麻酔なし」で行われたというのだから驚きです。幸い手術が功を奏して、この女性のがんは完治したというのですが、肉体的にも精神的にも苦痛を感じたことでしょう。また、当時は手術をすると、傷口にウジがわき、そこから腐ってしまうことも少なくなかったとか。現代医療の恩恵に浴する私たちは、つくづく幸せだと思います。
下って19世紀半ばには、全身麻酔や消毒法、滅菌法の確立で、手術を安全に行うことができるようになりました。最近は手術器具やテクニックの発達もあって、手術の安全性や精度は飛躍的に高まっています。
その一例が、切除した部分を縫合する「自動吻合器」の登場です。この器具を使うことで、外科医は短時間で安全に手術を終えることができるようになりました。また、顕微鏡下で微細な血管をつなぐ「マイクロサージェリー」の発達により、がんを切り取ってポッカリ空いた穴に、体の他の場所から血管付きで組織をとってきて移植することも可能になったのです。たとえば、下顎のがんの手術で下顎骨を大きく切除し、顔が半分なくなってしまうほどの深刻なケースでも、今では骨を遊離移植して元の顔の形に復元できるそうです。古の患者が耐え忍ばなければならなかった苦痛を思えば、私たちは本当にラッキーですよね。医学の進歩に感謝です。
あらかじめ知っておくことの重要性
とはいうものの、手術には常に一定の危険がともなうのも事実です。人の体にメスを入れるということは、心身に想像以上のダメージを与えてしまうんですね。手術でがんと周辺の組織を大きく切除すればするほど、合併症や後遺症も深刻になる。したがって、患者さんの体がどれだけ手術や後遺症に耐えられるかを判断して、慎重に手術が行われることになります。
私が子宮頸がんの手術をすることになったときも、最初は不安で一杯でした。がんそのものへの不安より、体をメスで切るという行為が怖かったのです。
それでも安心して手術が受けられたのは、主治医の先生の丁寧な説明と、夫がいろいろなことを調べてくれたおかげです。手術のやりかた、後遺症の有無などは先生が説明してくれましたが、縫合のときに何号の糸を使うか、痛みが出たらどの痛み止めを使ってくれるのか、などは夫が医学生が読む本を買ってきて調べてくれました。おかげで、手術後に痛みが出たりさまざまな後遺症に見舞われても、たじろぐことはありませんでした。その意味でも、手術前には主治医と徹底的に話し合うこと、自分で調べられることは調べること。これが大切だと思います。
私が経験した排尿障害
では、手術後にはどんな後遺症が残るのでしょうか。私自身の経験を少しだけご紹介しましょう。私は子宮頸がんの治療で、子宮と周囲のリンパ節まで広範囲に切除する広汎子宮全摘手術を受けました。その後遺症の代表選手が「排尿障害」です。手術のときに、執刀医が子宮の周りに転移や異常が無いか確認するために、膀胱や尿管を持ち上げて、中をよく観察します。そのとき、どうしても膀胱と尿管に麻痺が残ってしまうのです。この麻痺がある間は自力で排尿するのが困難になります。これが排尿障害です。
術後は、3、4日から1週間程度は尿道に管を入れて、膀胱にたまった尿を袋に受けていきます。この時期は、尿意を感じなくても管から自然に排泄できているわけですが、管を取ったあとも、尿意を感じられなかったり、自力で排尿ができない場合があるのです。
尿意を感じないというのは実はとても怖いことで、排出されずに膀胱にたまった尿が腎臓まで逆流し、腎う炎などを併発してしまうこともあります。それだけに、手術を受けるときは後遺症や合併症の可能性に対しても、十分に心構えをしておく必要がありそうです。
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