赤星たみこの「がんの授業」

【第十時限目】ホルモン療法 副作用が軽微な治療法、ホルモン療法ってどんなもの?

構成●吉田燿子
発行:2004年8月
更新:2019年7月

  

赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト

1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。

この連載で取り上げてきた化学療法剤の中でも異色の存在といえるのが、ホルモンに依存するがん治療のエキスパート、「ホルモン剤」です。

ホルモン剤が効果を発揮するのは、乳がんや子宮体がん、前立腺がんなど、ホルモンが関係する一部のがんに対してだけですから、該当するがんではない人にとってはあまりピンと来ないかもしれません。

最近は新薬の登場によって、副作用が少なく効き目の高いホルモン療法が受けられるようになっています。

今回は化学療法の「番外編」、ホルモン療法について考えてみたいと思います。

ホルモンはがんにとっての栄養ドリンク

まず、ホルモン療法とは何か。これは読んで字のごとく、人間が内分泌するホルモンの働きを利用した治療法のことです。

乳がんや子宮体がん、前立腺がんなどのホルモン依存性がんは、脳下垂体や甲状腺、副腎、精巣や卵巣で作られるホルモンの影響を強く受けています。こうしたがんにとって、ある種のホルモンは、いわゆる“ドリンク剤”。ホルモンを補給して元気ハツラツ、活発に成長していくのだから困ったものです。

だとすれば、それを利用しない手はない。がん細胞の成長に必要なホルモンを与えないようにすれば、がん細胞は飢えて死んでしまいます。ならば、「ホルモンをコントロールすることでがんの成長を止めよう」というのが、ホルモン療法の基本原理です。

では、どうすればがん細胞を兵糧攻めにできるのか。これにはいくつかの方法があります。

一つは、精巣や卵巣を手術で切り取って、ホルモンを作り出せなくする方法です。

もう一つは、がんを成長させるホルモンとは逆の働きをするホルモンを投与したり、ホルモンの産生を妨害することで、ホルモンの働きを妨害する方法です。

たとえば、乳がんや子宮体がん、卵巣がんといった女性特有のがんでは、一般にエストロゲンという女性ホルモンが、栄養剤の役割を果たしています。この場合はしばしば、ノルバデックス(一般名タモキシフェン)などの薬剤が使われたり、男性ホルモンが投与されたりします。これらを投与することで、エストロゲンの働きを邪魔し、がんが栄養補給できないようにするわけです。

では、男性特有のがんである前立腺がんの場合はどうか。前立腺がんでは、男性ホルモンのテストステロンががん細胞を活性化します。そこで、女性ホルモンのエストロゲンを投与することで、テストステロンが働くのを妨害します。

これって、なんだか示唆的だと思いませんか?

ホルモンのバランスからいえば、女性が女っぽくなりすぎるのも、男性がマッチョになりすぎるのも、体にはよくないのです。女性がエストロゲン過剰になり、男性がテストステロン過剰になればなるほど、がん細胞も勢いづいてしまう。何ごとも、ほどほどが肝心! ということでしょうか。

心理学の世界では、よく「精神的に健康でいるためには、男性性と女性性のバランスを保つことが大切」と言われますよね。ホルモン療法の話を聞くと、「本当にそうなんだなあ」と実感できます。心身ともに健康でいるためには、男性も自分の中の女性的な部分を否定しないほうがいいし、女性にも男性的な部分がほどほどに必要なのかもしれません。

がん細胞がだまされる!?

話が少々脱線してしまいましたね。
では、ホルモン剤はがん細胞に対してどんなふうに働くのでしょうか。

一般にホルモンは、がん細胞の核内にあるホルモン・レセプター(受容体)と結びついて、がん細胞の増殖をうながします。その性質を逆手にとって、ホルモンによく似たホルモン剤を投与すると、がん細胞はすっかりだまされ、“偽物”をつかまされてしまいます。すると、ホルモンから「増殖せよ」という信号を受け取ることができず、がん細胞はあえなく日干しになってしまうのです。

前回、がん細胞の分子を狙い撃ちする分子標的薬のことをご紹介しましたが、ホルモン剤はいわば、その先駆的な存在。がん細胞のホルモン・レセプターだけに狙いを定めて入り込むので、他の細胞にはあまり害を及ぼさないのですね。これが、ホルモン療法の持つ最大のメリットです。

ただしホルモン剤は、だれにでも効くというわけではありません。

ホルモン依存性のがんにも個性があって、すべてのがんが、ホルモンの影響を受けて増殖するというわけではないのです。乳がんの場合、ホルモン・レセプターを持つ「陽性」の患者さんは、全体の6割といわれ、そのうちの6割の人に効果があるといわれています。

では、ホルモン・レセプターを持たない「陰性」の人にはまったくホルモン剤が効かないかといえば、そうともいえないのですね。陰性でも1割程度の人には効き目があるといわれています。

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