赤星たみこの「がんの授業」

【第十一時限目】放射線治療Ⅰ 大きな誤解や偏見を取り、放射線治療の正しい知識を身につけよう

構成●吉田燿子
発行:2004年9月
更新:2019年7月

  

赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト

1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。

イタズラに怖がって敬遠するのは患者の損

数あるがんの治療法の中でも、いまだに大きな誤解と偏見にさらされている治療法、それが「放射線治療」でしょう。なにしろ、日本は世界で唯一の被爆国。原爆や原発事故の記憶が生々しいせいか、“放射線アレルギー”には相当なものがあります。

放射線といえば、まず思い浮かぶのはヒロシマ・ナガサキ、そして、東海村やチェルノブイリで多数の死者を出した原発事故……。“殺人光線”のイメージがすっかり刷り込まれてしまったおかげで、「放射線治療」と聞いただけで、恐怖にすくんでしまう人もいるかもしれません。

また、これまで日本では、外科では手の施しようがない患者さんが放射線科に回されるのがほとんどでした。病状がかなり進行した患者さんや、難しい症例ばかりを引き受けてきたのです。そんな事情もあって、「放射線治療=治療のかいなく死に至る治療法」というイメージが定着してしまったのですね。

かくいう私も長いこと、そんな誤解をしていた一人でした。

放射線治療とは末期がんの患者さんが受けるもので、いわば“最後の手段”だと思い込んでいたのです。初期の子宮頸がんで子宮と卵巣の全摘手術を受けたときも、「術後に放射線なんか当てなくてすんだのは、子宮と卵巣を全摘したおかげかも。ラッキー!」なんて思っていたぐらいです。

しかし――。

今や放射線治療は、がんの完治をめざす上で欠くことのできない治療法に進化しています。

乳がんの乳房温存療法では、手術後に放射線治療を行うことが標準治療となっていますし、がんの種類や進行具合によっては、手術よりも放射線治療のほうが効果的なケースも珍しくありません。また最近は、欧米をはじめ日本でも、放射線治療と抗がん剤を組み合わせた同時併用療法(放射線化学療法)の研究が進み、高い治療成績を上げています。

だとしたら、イタズラに恐がって敬遠するのは、まさに宝の持ち腐れというもの! そこで、放射線治療について勉強してみたいと思います。

回復力の早い正常細胞、回復力の遅いがん細胞

では、なぜ放射線は、がんの治療に役立つのでしょうか。

放射線にはアルファ線やベータ線、ガンマ線やX線などがあり、物質を突き抜ける性質を持っています。この放射線が体に当たると、体内で電離してイオン化し、細胞中の遺伝情報を持つDNAにダメージを与えます。すると、がん細胞は細胞分裂して増殖することができなくなり、死んでしまいます。

しかも、がん細胞のように活発に分裂する細胞ほど、放射線でダメージを受けやすいのです。こうした放射線の特徴を利用してがん細胞をやっつけるのが、放射線治療というわけです。


問題は、放射線で傷つけられる細胞が、がん細胞だけではすまないことです。放射線をがん細胞に当てると、がん細胞の周りの正常な細胞のDNAまで傷つけられてしまう。ここが、放射線治療の一番の泣きどころなのです。

「なんだ、やっぱり放射線って怖いじゃん。ヤーメタ!」

今、そう思ったアナタ、早まってはいけません。

ここからが肝心。実は人間の体というのは、想像以上に頑丈にできているのですね。正常な細胞は、がん細胞よりも強い回復力を持っています。ところが、がん細胞は、異常なほど高い増殖能力を持っているくせに、DNAにいったん傷が付くと自分ではなかなか治すことができない。無敵に見えたがん細胞は、意外にも「打たれ弱いタイプ」だったのです。

「がん細胞よりも正常な細胞のほうが、放射線によるダメージからの回復能力が高い」。この回復力の差を利用したのが、放射線治療というわけです。

たとえば、実際の放射線治療では、少量の放射線を何回かに分けて患部に照射します。がん細胞は自分では傷を治せないので、毎日少しずつ放射線をかけるとがん細胞の傷はどんどんたまり、最後は死に至ります。ところが正常な細胞は、3~4時間から6~7時間もあれば、自分でサッサと傷を治してしまう。

放射線をかけた翌日には、がん細胞がウンウン唸って苦しんでいるのに、正常な細胞はもうピンピンしている、というわけです。人間の健康な細胞がこんなタフガイだなんて、知らなかった! そう思うと、なんだか勇気が湧いてきます。

とはいえ、いくら回復力の強い正常な細胞でも、一定量以上の放射線を浴びると壊死してしまいます。そこで、正常な細胞へのダメージを最小限にとどめつつ、がん細胞を殺すための必要最低限の放射線量、つまり「耐容線量」を知る必要があります。

耐容線量とは、「正常な組織が耐えられる放射線の最大量」のこと。今では放射線の研究が進み、どの範囲で放射線をかければ体がそれに耐えられるかが、わかっています。耐容線量は、臓器によってさまざまです。なかでも最も耐容線量が少ないのが眼球の水晶体で、耐容線量を超えて放射線をかけると白内障になってしまいます。このため放射線治療では、放射線の影響で障害が出ないように、線量やかけ方に細心の注意を払って放射線を照射することになります。

放射線治療の中でもよく知られているものに、乳がんの乳房温存療法があります。乳房温存療法では、手術後に放射線をかけるのが標準になっています。

それはなぜかといえば、手術で病巣を摘出しても、目に見えないがん細胞がとりきれない場合がある。そこで、術後に放射線をかけて、病巣周辺の微小がんまで焼ききってしまう。こうすることで、再発のリスクを抑えることができるのです。

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